Ep.3 肝心な事は目に見えない。
ーーーー次の日の朝
ガシャーン
窓ガラスの割れる音が建物内に鳴り響いた。
みんなが驚いて音の鳴った方に視線を移す。
散らばったガラスの横に犬飼聖夜がいた。
「先生、この人が窓ガラスを割りました!」
その瞬間を見ていたかのように言いだす他クラスの女子。
他のクラスの先生が犬飼聖夜に詰め寄る。
「犬飼、お前がやったのか?」
それに対して犬飼聖夜はめんどくさそうな表情をするだけで一切答えない。
「犬飼、ちょっと向こうで話を聞かせてくれ」
そう言って、その先生は犬飼聖夜を連れて行こうとした。
・・・本当に犬飼聖夜がやったのだろうか。
彼は、確かに愛想が悪く素行もいいわけではない。
しかし、ガラスを割るような無意味な行為や
注目を浴びるような行為はしない人間だと
ここ数日の彼の行動で俺は感じていた。
なんか、こういうのサン=テクジュペリの星の王子様に
似たような話あったな...
中2病真っ盛りな俺が雰囲気だけで読んだ本である。
確か王子様が言ったセリフ...なんだったけな?
あぁ、あれだ。
「かんじんなことは、目に見えないんだよ」
そこにいた人達全員が俺を見た。
しまった!! 普通に声に出して言ってしまった!
それもわりとボリュームのある声で。
「蒼君、怒ってる?」
兎丸が俺の顔を覗き込みながら聞いてきた。
そう聞かれて当然だ。
さっきの俺は、その聖書の事を考えながら
自然と声に出してしまったので、下をうつむいて
眉間にシワを寄せて考え込んでいたから
周りからみると、怒ってるようにしか見えなかっただろう。
「怒ってない、け...けど、犬飼くんが割ったって証拠もない...よな?
犬飼くん、け、怪我はない?」
もうこうなってしまった以上、貫き通すしかない。
すごいモゴモゴしながら、俺は言った。
「すみませーん そっち大丈夫ですか?」
窓の外から声が聞こえる。
外を見てみると、大学生風の男の二人組がいた。
恐る恐る近づいてくる二人
割れた窓ガラスのそばをよく見ると、野球の硬式ボールが転がっていた。
窓ガラスを割ったのは彼らで
割ってしまって逃げようとしたが罪悪感からか
様子を見がてら現場に戻ってきたと言った感じだろうか、
と俺含む全員が気づいた。
「犬飼、すまないな疑ってしまって」
「......」
やはり犬飼聖夜は無視だ。
原因がわかってすっきりしたのか、
野次馬は蜘蛛の子を散らすように去っていく。
さっき犬飼に濡れ衣を着せた他クラスの女子もいつの間にかいなくなっていた。
俺たちと犬飼聖夜が残された。
気まずい。
沈黙を破ってまさかの犬飼聖夜が喋り出した。
「おい、そこのもやし。なんで俺がやってないと思った」
「え??俺のこと?」
「お前以外いねぇだろ」
「いや、なんでって言われても...」
兎丸を、まるでいない者のようにして俺に謎の質問をしてくる犬飼聖夜
それに、どう答えれば殴られないか模範解答を探した。
「犬飼くんは、そんな事する人じゃないと思ったから」
これが、俺の出した模範解答。
「......。」
何も言わずに犬飼聖夜は、歩いて行った。
俺の、模範解答が正解だったのか、不正解だったのか全くわからずだったが
歩いていく犬飼聖夜の後ろ姿には、いつもの威圧感は感じられなかった。
そして、また挨拶の練習から始まった。
その挨拶の練習はいいが、何故か
犬飼聖夜が俺の横にいる...
「おはようございます!」
五十嵐先輩と二階堂先輩が大声で叫ぶ
「おはようございます!」
それを、マネするように俺たちも叫ぶ。
「おいおいー。蛇沼君、声ちっちゃいぞー」
二階堂先輩が近づいてきた。
「お前らがうるさいだけだろ たわし頭」
二階堂先輩と俺は驚いた。俺が注意をうけたのに
なぜか犬飼聖夜がキレている。
何が起きてるのかが、当事者の俺ですらわからない。
「こら、犬飼君!先輩に対してそんな口聞いたらいけません!
金髪ベリーショートだからたわしってちょっと面白いけど!」
二階堂先輩が、優しい口調で犬飼聖夜を諭す。
「うぜぇ、先輩面すんな。先輩ぶりてぇなら
それなりのもん見せつけてからやれ。」
犬飼聖夜の口の悪さが朝から絶好調である。
それを見ていた五十嵐先輩もやはり黙っていない。
五十嵐先輩がこちらに近づいてきた。
「おい。口の聞き方に気をつけろ。優しく言ってやってるのが
理解できないのか?そんなんじゃ社会に出て通用しないぞ」
そう言われた犬飼聖夜は、恐ろしい目つきで言い返した。
「お前らも、学生だろうが。社会に出て通用しないだと?
よく回る舌だな。その雑草引っこ抜いてやるから表でろ。人工芝」
犬飼は本気で怒っているのか威圧感を放っていた。
五十嵐先輩との身長差がさらにそれを感じさせる。
五十嵐先輩が押しつぶされそうになっている。
しかし犬飼の人工芝の例えが的確で少しだけ笑える。
五十嵐先輩のツンツンの緑髪は確かに人工芝のようである。
猫屋敷がプッと吹き出した。それを合図にして数人がクスクス笑い出す。
しかし注意されたのは俺の声が小さかったのが原因じゃ...
俺が止めないと、そう思い俺は重い口を開いた。
「犬飼くん...お...俺が声小さかったのが原因だから、喧嘩はやめよう...」
心臓が口から飛び出そうだった。
「・・・わかった」
あっさりと引き下がってくれた犬飼聖夜
意外すぎる反応に、俺はまたびっくりした。
「それで終わらすつもりかよ!それが先輩に対する態度か?」
五十嵐先輩は納得がいかないようだ。
新入生の前で恥をかかされたのだ。怒って当然だろう。
犬飼は黙って五十嵐先輩を睨みつけた。
視線だけで、とてつもない威圧感を五十嵐先輩に向ける。
この緊張感の中で猫屋敷がニヤニヤしている。
シリアスな雰囲気になると笑っちゃう人っているよね。
猫屋敷はそういうタイプなのか。意外。
犬飼の威圧感に当てられた五十嵐先輩は不服そうに元の位置に戻った。
挨拶練習が、再度開始された。
午前中は、挨拶の練習と先輩の経験談などを聞くだけだだった。
それが終わると昼休み、その後はカヌー、カヤック体験という
修学旅行みたいなイベントがある。
昼食中も、犬飼聖夜は俺の横にいる。
食が進まない...何故こうなったのか...
「ねぇ、いつから蒼太郎と仲良くなったの?」
犬飼の異常な威圧感をものともしない美孤が
俺もすごく気になる質問をしてくれた。
「黙ってろ。キチ◯イ女」
俺は凍りつく。テレビなら確実に放送禁止用語だ。
「蒼太郎と友達なら、私達とも友達だね!」
「......」
キチ◯イと言われても気にせず、
ニコニコしながら友達発言が出来る美孤が
本当にキチ◯イに見えた。
それを見ていた兎丸、あひる、栗鼠さんも寄ってきた。
「僕も、犬飼くんと話してみたかったんだよね」
「消えろ、おかま野郎」
兎丸におかまは言ってはいけないだろう!
兎丸は言葉を失った様子で立ち尽くしている。
おかまもLGBT的にNGワードだろ。そういう団体に怒られるぞ。
「ねぇ...蒼太郎。なんか私たちこの人に嫌われてない?」
あひるが、俺の耳元で聞いてきた。
「いや...そんなことはないと思うけど」
しかし一匹狼の犬飼が俺の横にいる理由がわからない。
あひるは犬飼聖夜を睨みつけた。
「あのさ! 聖夜! 蒼太郎と仲良くしたいなら、
私達とも仲良くなれなきゃダメだよ!」
「呼び捨てにすんな、殺すぞクソビッチ」
「ビッチ?!」
また想像を絶する蔑称を犬飼聖夜が発した。
まじ怖ぇ。でも犬飼って蔑称のワードセンスキレキレだな。
そう思いながらも、俺がなんとかしないといけないという使命感というより、
居づらい空気に絶えられない俺は、
犬飼聖夜をなんとかしようと恐る恐るあひるに同調する。
「犬飼くん...みんなと仲良くしてほしなぁ...なんて」
犬飼聖夜は、俺を少し見て周りのみんなを見た後に、
「わかった」
と、一言だけ言った。
俺とだけは、ちゃんと会話する犬飼聖夜。
なにもわからないまま昼休憩は終わる。
結局なんでこうなったかのかもわからないいまま、
カヌー・カヤック体験の時間を迎える。
インストラクターに軽く説明を受け、ライフジャケットを身につけた。
ライフジャケットを身につけた犬飼は、
無理やり服を着せられている大型犬みたいで面白い。
カヤックは三人乗りで、
俺達はグループ内で別れてカヤックに乗ることにした。
グループ分けは
あひる、兎丸、栗鼠さん。
俺、美孤、犬飼聖夜...
という感じにグループ分けをした。
猫屋敷は、五十嵐先輩に連れられ別行動になった。
やっぱり五十嵐先輩は猫屋敷がお気に入りなのか?
あひるグループがキャイキャイ言いながらカヌーを漕ぐ。
俺たちのグループも後を追って出発した。
「やっほぉ! 大自然! 超きもちいい!」
金メダルを取れそうなテンションで美孤が嬉しそうにカヤックを漕いでいる。
説明された漕ぎ方とはどう考えても違う。
バシャバシャと水しぶきがあがり、たまに俺たちにかかる。
犬飼がそれを見て鬱陶しそうな顔をしている。
俺は美孤のようなテンションにはなれない。
なぜなら、犬飼聖夜がいるからだ。
意味もわからずに唐突に距離を詰めてくる存在が怖くない理由がない。
「で、聖夜くんはなんで蒼太郎と仲良くなったの?」
さらっとまた同じことを犬飼聖夜に聞く美孤。
「別に・・・少し興味があるからってだけだ」
興味?! その興味という言葉に恐怖を覚える。
この類の人種が言う興味と言うものにロクな物はないと
俺の今までの経験が警報を鳴らしている。
いいおもちゃ(俺)を手に入れた、と思っているに違いない。
「ふーん、そっかぁ。じゃあ私達と一緒だね
そういう風に興味を持って相手の事を
知りたいって思う事が、友達だって思うから。
私も、聖夜くんの事知りたいな」
美孤の言う事に、俺も納得してしまった。
友達の定義ってなんだろう。思春期みたいなことを考える。
とうなれば友達で、どうなれば友達ではなくなるのか
そして、それを誰が決めるのか。
その答えは、美孤のその言葉だけで納得ができてしまう。
生まれ持ってのリア充は友達の定義なんて考えたこともない
衝動で生きる生き物だと思っていたが、
美孤みたいなリア充of theリア充も友達関係で悩んだことがあったりするのかな。
美狐の定義で考えると俺に興味を持つ犬飼聖夜は友達と言えるのではないか。
犬飼聖夜は、なにも答えないがいつもの威圧感はない。
きっと、犬飼聖夜も美孤の言葉に納得したのだろう。
俺はそう思うことにした。