Ep.0 異世界の扉とは案外身近にあるものらしい
「ーーーこれより新入生代表からの挨拶を行います。
新入生代表は、舞台袖にお越しください。」
アナウンスが講堂に鳴り響く。
綺麗だが少し気の強そうな顔立ちの女の子が壇上に上がった。
暗めの茶髪が腰に達するほどの長さで、それがとても印象的だ。
それまでザワザワしていた新入生たちが静かになった。
確かに目を引く美少女だ。さらにこんな子が新入生代表。
カリスマ性とはこんなことを指すのかな。
「新入生代表、猫屋敷 鈴です。
温かな春のおとずれとともに..」
可愛らしい声だが、落ち着いたトーンで堂々としたスピーチである。
スピーチに聴き惚れている場合ではない。
こんなはずじゃなかった。
どうして俺はここにいるのだろう・・・
「新入生代表として、この場に立てたことを光栄に思います。」
なぜこうなったのか。
「私達も、このビジュアルアート美容専門学校の仲間入りを果たし、」
こうなった理由。
その理由は、約2週間前に遡る。
ーーーーー2週間前
「マンメンミ!」
ゲームの効果音が、部屋中に鳴り響く。
俺は、蛇沼 蒼太郎。
ゲームと漫画アニメ、そしてプラモデルをこよなく愛し、
お気に入りの漫画のことを聖書と呼ぶごく普通の18歳の男
唯一の自慢は、猫の命を救った事がある。これだけだ。
高校はほぼ不登校だったが、
担任の優しさのおかげでギリギリ卒業できた。
高校一年生の時につけられたあだ名は
「さぶカル鬼太郎」
略して、さぶキタ
物知りな人と思われたかった俺は高校入学当初に、
ネットで仕入れた話をクラスメイトに披露しまくった。
その結果、「サブカルチャー」と「寒い」、
「蒼太郎」という名前、あとは前髪が長すぎる鬼太郎っぽい髪型をかけてなのか、
さぶキタというよくわからないあだ名を陰でつけられていたようだ。
うまく言っているつもりだったのだろうか。
とにかく俺は高校では浮いた存在だった。
それが理由で学校に行く気がしなくなり、徐々に不登校気味になっていった。
しかしそれだけゲームや漫画を愛していても俺の視力は両目とも1.5だ。
にも関わらずお世辞にも
お洒落とはいえない伊達メガネをかけているのは、
外界の人間と距離を取りたいという
俺の、俺による、俺のための配慮だ。
高校の卒業式(もちろん行かなかった)も終わり3月中旬、
大学受験は私立、国立前期、後期全て不合格。
センター試験も惨敗だったのでセンター利用もできなかった。
本番になると、少しばかり緊張してあがってしまう。
俺に問題があったのは、否めない。
「そうちゃん。ゲームがそんなに好きならゲームの専門学校受けてみたら?」
そう言って、部屋に勝手に入ってくる甲高い声の主は俺の母、恵美子だ。
童顔で、少し天然が入っているため年の割には若く見えると近所では評判だ。
「うーーん、なんでもいいよ。適当にコンピューター系の探して願書だしといてくれ」
俺は、正直進学なんて興味がない。
かといって、就職も嫌なので
大学で適当なキャンパスライフをおくるのも
悪くないかと、いう邪な理由で大学を受けていた。
キャンパスライフに対する情熱も浪人するほどあるわけではなかった。
大学でもどうせさぶキタ呼ばわりされるんだろうし。
「そっかぁ、じゃあそれっぽいの見つけて願書だしとくねー」
そう言い残し、母は出て行った。
この会話が、俺の人生を一気に狂わせた。
ーーーーー試験日
試験会場は、専門学校の教室だった。
学校の建物全体が、ガラス張りで
プライバシーの欠片も感じない佇まいだった。
高さは6階建くらいだろうか。
学校の建物自体が広告になりそうな変わったデザインである。
専門学校というところは金儲け主義である。
この建物はインスタ映えってやつだろうか。
キラキラな高校生が好みそうな外観で生徒を増やし金を集める。
その集めた金を建物や広告にばかり使いさらに金を集める。
それが専門学校である。
校門に学校の名前が書いてあった。
「ビジュアルアート?ありがちな名前のコンピューター専門学校だな。」
俺は、学校の内部に入った。
人形の生首が立ち並ぶ道を過ぎ、二階の端の教室に入った。
なんで、こんな人形の生首があるんだ?
コンピューター科以外にもいろんな科がきっとあるんだろうな。
俺以外にも2、3人試験を受けるようだ。
こんな時期に受けに来るやつって
大学落ちて俺みたいに仕方なく来てるに違いない。
何気なく隣の黒髪ロングの女の子に視線をやった。
俺の視線に気付いたのか、その女の子もこちらを見て微笑んでくれた。
よし、この学校も悪くない気がしてきた。
学科と実技を選べた。
実技なら結果次第で学費免除の特待生になれるらしい。
実技など何をやらされるかも知らない俺が受けるはずもなく、当然学科を受けた。
普通に考えれば生首の人形が並んでいる時点で、
ここがコンピューター専門学校ではないということはわかるはずなのに、
1月のセンター試験から続く長きにわたる試験の疲れと、
さっさと試験を終わらせて家に帰りたいという俺の気持ちが、
この異常な状態を受け入れてしまっていた。
試験は終わり、急ぎ足で、帰宅した。
家に帰り、リビングに入ると妹の凪咲がいた。
「お兄、また試験落ちちゃった?」
「今、受けてきたとこ。結果はすぐ出るだろうけど、まだ出てねーよ。」
「ふーーーん、どうでもいいんだけどね。」
凪咲は、俺のことを見下している。
兄として認めたくはないが、
俺の妹とは思えないポテンシャルの高さがあり、
容姿は可愛く、高校生のくせに茶髪のロング。さらに巻き髪のセットだ。
一言でいうとギャルである。
ただ難点もある。
後先を考えず、人と接することに恐れも知らず、
誰とでも仲良くするが、勉学のほうはからっきしダメ。
これも一言でいうとアホである。
そのポテンシャルを活かし、
高校を卒業したら美容学校に入学してカリスマ美容師になるのが夢らしい。
俺とは、本来、交わることのない人種だ。
俺と凪咲が兄妹だと知った人はみんな驚く。
それほど人種のタイプが違いすぎる。
母が俺に近寄り尋ねる。
「そうちゃん試験どうだった?」
「えらく簡単な試験だったよ。」
母は、にこっと笑みを浮かべ台所に向かった。
そして、試験結果はすぐに出た。
結果は、合格。
母親が満面の笑みで合格通知を持ってきた。
「そうちゃんおめでとう、手続きはもう済ませたから
入学式のスーツ買いに行かなきゃね」
「コンピューターの専門学校って不合格の人いるのかな。」
「きっといるわよ。そんなこと言ったら不合格の人に失礼よ。」
暫くたってから、母親から手渡された合格通知を見た俺の時が止まった。
「ビジュアルアート...美...美容専門学校......」
ビヨウ?
なにそれ? 新発見されたウイルス?
「あぁあああぁあぁぁあああ!!!!」
俺は、発狂した。
慌てて、母と妹がやってくる。
「どうしたの? そうちゃん」
「母さん!! どういうことだよ! これ! コンピューター専門じゃない!!」
「あら? 本当? パソコンで専門学校調べようとしたら、検索履歴にその学校があったからてっきり」
「てっきり? なんだよ! 俺が専門学校なんて調べるわけないだろ!」
「あ! ここ、私が行こうと思ってる専門学校だー」
犯人は、こいつ! 凪咲!
このわけのわからない奇行種が!
まだ高校2年生のくせに
いち早く進路を決め、その情報を仕入れる
凪咲の用意周到さが俺の人生を狂わそうとしていた。
「まぁ、いいや。こんな学校蹴ればいいだけだから」
俺が安心したのは、束の間。
「え?もう入学金から、教材費、その他諸々、全部支払ったよ」
その母の言葉で、周りの風景が色を失った。
「当然、これでまた不登校になるなら、全額かえしてもらうからねっ」
俺の人生は狂った。
これが、事の顛末だ。
ーーーー現在ーーーー
話は冒頭の入学式に戻る。
色を失った世界のまま入学式を終えた。
猫屋敷さんのスピーチの途中から記憶がない。
これから、俺はどうなるのか。
想像するだけで、吐き気と頭痛が治まらない。
美容学校って頭ふわふわなキラキラリア充しかいないだろ。
普通の高校で浮いていた俺が美容学校に行ったら
さぶキタよりもひどいあだ名を付けられるに違いない。
ラ◯フの作者もびっくりないじめに遭うかもしれない。
おめーの席ねーからどころか、おめーの髪ねーからとか言われて
髪の毛を毟られてしまうかもしれない。
普段からひきこもりの俺にとって
美容専門学校なぞ異世界でしかない。
ラノベで出てくる異世界よりも異世界である。
普段から漫画やアニメにばかり触れている俺は、
仮に突然、オンラインゲームに閉じ込められたり、
特殊能力を与えられ国を救うために戦ったり、
謎の小動物と契約を結んで魔法少女になったとしても
戦い抜けると自負していた。
ファンタジーな異世界の予習は完璧なのだ。
しかし現実世界のまま、
異世界よりも異世界な専門学校の扉を開く事になるとは夢にも思っていなかった。
予習していないファンタジーではない異世界には耐性がない。
白黒の帰路を抜け、白黒の自宅にたどり着いた。
誰とも話す気分になれず、
作業としての食事をとり、床に着いた。
このまま...明日がこなけりゃいいのに。
明日が来るのが怖い...
それでも明日はやってくる。
初登校日。地獄の通学。
俺の気持ちを他所に、その時間はやってきた。
あのガラス張りの建物がインペルダウンに思えた。
「地獄の始まりだ...」
インペルダウンの扉をあけ、中に入ると
新入生のクラス分けが書いてあった。
俺のクラスは、1年B組。
2階の隅の部屋。
奇しくも、試験の時に使っていた教室だ。
異世界の鍵を手にいれた教室...。
教室の扉の前で
俺は、中に入るのを躊躇っていた。
普通にはいるか。それとも、ちょっと雰囲気作ってはいるか
少なくとも、ヲタクだとバレたらその時点でゲームオーバー。
またさぶキタと馬鹿にされ不登校になり、
100万以上の学金、教材費その他諸々を支払う事になる。
それだけは、絶対に免れねばならない!
だが、身体は、この教室の扉を開けるの拒んでいる。
「ちょっと!」
どうする!体を揺らしながら、オラオラと入るか?
「ねぇ!!」
いや。違う。胸を張って慣れてますよ感を出しながら...
「ねぇって! 聞いてる?!」
その声にびっくりし、俺は後ろを振り向いた。
そこにいたのは、新入生代表で挨拶をしていた猫屋敷 鈴だ。
「教室の前で、ボーーーっと突っ立てたら入れないでしょ! さっさとはいってくれる?」
「ぁ、ごめん。ちょっと緊張してて...」
俺は目も合わさずに下を向きながら小声で言った。
俺は少し横に避け、道をあけた。
猫屋敷が扉に手をかけた。
「あのさ、インテリ美容師目指してるのか知らないけど
その格好、長すぎる前髪、後ろでちょっとくくってる後ろ髪
なんか、おっさんっぽいメガネ、それに服装。
よれよれの眩しい蛍光色の長袖Tシャツ、ドン◯に売ってそうなデニム
それに、見たことないメーカーのスニーカー。はっきり言って、変よ」
そう言い放って、教室にはいった猫屋敷
俺は、絶望した。
あ。これだめだ。
俺の一張羅を変と言われた。
もう、居場所ないわ。
落ち込みながらも、教室に入った。
そこには、本当の異世界が広がっていた。
赤、青、ピンク、銀、金!
いろんな色の頭が雁首そろえて座っていた。
なんだよ! これ! アイドルのコンサート会場かよ!
サイリウムにしか見えねえよ!!
頭の中だけで叫び、席番号を見た。
一番後ろの左から二番目の席が
俺の席みたいだ。
俺は席についた。
「ふぅ...」
もはやため息しか出ない。
「その前髪、邪魔じゃないの? 視界悪そうだよね。」
いきなり話しかけられた。
話しかけてきたのは、左隣の席に座っている
可愛らしい子。
その姿は、かなり明るい金髪で
ショートカット、前髪に二本のピンがついている
こんな可愛い子に話しかけられた!
さっきの猫屋敷さんとは違って、
俺にちゃんと興味があるようだ。
人として扱われている。
俺は、舞い上がった。
「え? これ? いや切るの忘れててさ
近いうちバッサリいこうとおもってるんだよ」
少し声色を変え、得意げな雰囲気を醸し出しながら俺は言った。
「へぇぇ、そうなんだ。僕も前髪切ろうか悩んでるんだよね。
今度、一緒に切りに行く?」
と、微笑みながら、その子は言った。
え? あれ? 僕?
あ! ボクっ娘か!
もしかしたらこっち側の子なのかも!
そんな期待を俺は寄せた。
「うん! いこう! 」
俺は、人生で一番の笑顔で答えた。
その時、右隣の女の子が
小さい声で話しかけてきた。
「あのさ、なんか勘違いしてるっぽいけどその子、男の子だよ」
男の子?
男の娘じゃなくて?
いや、それもおかしいけど。
俺は、頭の中で一人自問自答した。
「え? 女だと思ってた? 普通に男だよ!
初めまして、僕は、三島兎丸よろしくね!」
色白で体型も華奢。
目鼻立ちがはっきりしていて可愛い。女の子にしか見えない。
三島兎丸ーーー。
俺は、衝撃を受けた
異世界怖ぇぇぇ!!
また、頭の中で叫んだ。
「三島君、女装趣味あるから気をつけたほうがいいよ」
右隣の女の子がまた小さい声で話しかけてきた。
この右隣の女の子は
身長150cmないくらいだろうか?
小柄で三島君に負けず劣らず可愛い。
おとなしい雰囲気があり
可愛い声なのに
声がとにかく小さい
金髪のロングヘアー、前髪は、ぱっつん
髪を、両サイドから編み込んで、後頭部あたりで、とめていて
毛先だけが少し出ている。
なにより、胸がでかい!!
かなり、俺好みだ。
「ちょっとー! はじめて会う人にそんな事いうなよー
あ、あのね、この小さい女の子は、栗鼠 志麻(く りねずみ しま)ちゃん。
親同士が友達なんだ」
三島君が、照笑しながら言った。
「そ、そうなんだ、俺は、蛇沼 蒼太郎。三島君、栗鼠さん よろしくね」
初日、俺はいじめられるわけでもなく
いじられるわけでもなく、ただ、平和な会話をした。
世界の色が鮮やかに鮮明に戻った。
案外悪くないかも...ここ。
なんて事を、俺は思った。
程なくして、教師が教室に入ってきた。
「はい! みなさんおはよう! 私が1年B組担任
美しく可憐、立てば芍薬、座れば牡丹、美を書くと私の顔になる
そんな、私の名前は、牛込 岬みーちゃんとでもよんでね」
かなりキャラの濃い目の担任教師の自己紹介
アラサーくらいに見えるこの担任は
スレンダーで、モデルの様な体型。
6、4くらいに分けた前髪に、ほんのりと赤みのある髪色。
全体的にカーリーな髪型は色気を感じる。なんかエロい!
だが、美人ではあると思うが、飛び抜けてというほどではなく量産型だなと俺は内心思っていた。
SNSの美容垢ってこういうひとがやってそうだな。
牛込先生は、そのままつづけた。
「はい! 今日は入学式お疲れ様でした。
今日のホームルームは私とあなた達の顔合わせだけでおしまいです。
明日から普通に授業になるけど、今年の一年生は優秀で
A特待生が、なんと二人います! 前代未聞だよ
さらに! このクラスに一人、A特待生の子がいます。
だから、わからない事があったら、先生だけじゃなくて
そのA特待生に聞くのもアリだからね! ラッキークラスだね」
A特待生?
特待生にもランク付けがあるのか。
モンハンのクエストみたいだな。
「三島君、ちょっと聞きたいんだけど、A特待生って何?」
俺は三島君に小声で尋ねた。
「この学校、実技で特待生になれるのしらない?」
思い出した! そういえば、試験の時に
そんな話があった!
三島君は、続けて話した。
「特待生には、種類があってC特待生、B特待生、A特待生っていうのがあって
実技試験の結果の出来によって、その三つに分けられるんだ
Cは、入学金免除、Bは、入学権免除と教材半額
Aはね、全てが免除になるんだよ。
B特待生は、毎年6〜10人いたりするんだけど
A特待生は、一年に1人でるかどうかくらいなんだ。
だから、二人もいる、今年がすごいんだよ。」
「なるほどーーー、で、そのA特待生って誰?」
俺のこの問いに対し、三島君は、少し驚いた表情で言った
「新入生代表の猫屋敷ちゃん、それとA組の百翁 獅堂君だよ」
猫屋敷って、俺のことを、いきなり罵ってきたやつだ。
あいつって、実はすごいやつなのかな?とあまり興味がないなりに関心してみた。
「てな、わけでー、私からの挨拶はおしまい。帰っていいゾーーー」
牛込先生は教室から出て行った。
なんと適当な担任なんだろうか。
こんなんでいいのか?こんなものなのか?
俺の高校の担任はもっとちゃんとしてたぞ?
そう思いながら席を立った。
三島君に軽い挨拶をして、
俺は、教室を出た。