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気分転換は大事


 遥は迷っていた。

 人間関係に疎い遥はこういう時にどう振舞えばいいかあまり経験がなかったのだ。


 明らかにゆりの様子がおかしい。

 スタンドの席に座り、かじりつくようにスポーツ新聞を見ている。

 時折、手に持ったボールペンで何か新聞に書き込んだりしているのだが、どうも考えがまとまらないようでしきりに髪をいじっている。


 隣に座っている遥は大変に落ち着かない。

 声をかけた方がいいのか、かけないほうがいいのか。

 先ほどまでは優しいゆりと一緒に競馬場を巡って、ここはとても楽しい素敵な場所だとしか思っていなかった。

 しかし真剣な眼差しで新聞を凝視するゆりを見てここは賭場なのだと実感した。


 親しくなってほんの数日ではあるが、余裕たっぷりに生きているように見えるゆりが明らかに余裕がない。

 普段からこうなのかもしれないと思うと声をかけるのに逡巡するのだが・・・・・・。

 「たぶんこれは俗にいうドツボにはまる」ってやつだと遥は思いきることにした。


「三鷹さん、私ソフトクリームが食べたいです!」


「え?」

 何を突然にという顔をしてゆりが遥を見る。

「各階にソフトクリーム売っているから、行ってくるといいわ」

 ゆりにしては素っ気ない。

 少々、眉間に皺が寄ったままだが笑顔で言葉を返してはくれたが。


 人間関係に消極的な遥はいつもならここで折れてしまうだろう。

 だが、今日の遥は違った。


「いえ、三鷹さんと一緒にソフトクリームが食べたいです」

 そういうと、遥は強引にゆりの腕をとり座席から引きずり出す。


「ちょ、ちょっと小金井さん」

 少々困惑気味なゆりではあったが

「脳が疲れているときには甘いものですよ!」

「何階のソフトクリーム屋さんがお勧めですか!」

 と、ものすごい剣幕の遥に気圧されて

「よ、4階」

 というのが精いっぱいでそのまま観覧席から建物内へと引きずられていくのであった。


 4階に着いた遥はソフトクリームの看板のあるフードスタンドを見つけると

「あそこですか、三鷹さん」

 と尋ねた。

 ゆりがコクっとうなずくと遥は一人で一目散に店に向かっていった。


 遥がソフトクリームを二つ買い、そのうち一つをゆりに手渡す。

「三鷹さん、予想中に無理やり引っ張って来ちゃってすいませんでした」

 先ほどまでの強引な遥の姿はそこにはなくおどおどとした感じに戻っていた。


 それを見たゆりは正気を取り戻し、ニコッと微笑む。

 もう眉間に皺は寄っていない。

「ありがとう、小金井さん。これは奢りでいいのよね」


「は、はい。今日は競馬場連れてきていただいてありがとうございますというかなんというか・・・・・・」

「ふふふ。こちらこそありがとう。早くソフトクリーム食べちゃいましょう。溶けちゃうわ」

 そういうとゆりはソフトクリームを一舐めする。


 それを見て、遥もソフトクリームに口をつけた。

 そして驚く。そしてゆりの方を見た。


「美味しいでしょう。濃厚なのにさっぱりした口溶けでしょう。超お薦めなのよ。奢られている方が言うのも変だけど」

「はい。勢いで買っちゃいましたけど私、一個500円もするソフトクリームなだけはありますね」


 二人は柱に寄りかかりながらソフトクリームを舐め続ける。


「ねぇ、小金井さん。私そんなにテンパっていたように見えた?」

「テンパっていたとまでは言わないですけれど・・・・・・。そのぉ、ちょっと一生懸命すぎた感じかなぁと。あ、いえいえいえいえ」

 口を滑らしたと思った遥が逆にあわわとテンパる。


「ふふふ、正解。私ちょっとテンパってました」

 ビシッと遥を指さしゆりが言う。

「ありがとうね。いつもは馬券買うのと一緒に来るからここまで熱くならないんだけどね」

 てへへっと舌を出してゆりが言う。


「今日はかわいい後輩にいいところ見せようと思って私、我を失っていました」

「す、すいません。私のせいですいません。あとあんまり私はかわいくありません」

 遥はあたふたとしながらも律義に自分の容姿に関しての発言に修正をかける。

「えー、かわいいわよ。小金井さんが止めてくれなきゃまた負けちゃってたわ。助かったわ」

 その修正を打ち消しながらゆりが改めて礼を言う。

 

「ところで三鷹さんはいつもはその・・・・・・一緒にって、男の人と競馬場に来るんですか」

「んー」

 ゆりは一呼吸おいて答える。

「そうね、男ね。うん、男」

 そう答えるゆりに遥はこれだけ素敵な三鷹さんだから当然だよなぁと思いながらちょっと残念に思うのであった。 


 4階フロアの馬券売り場のモニターに東京10レースの模様が映し出される。

「結局、馬券買えなかったですね。すいません」

「えーいいのよ。どうせ当たらなかったわよ」

「ちなみにどの馬買うつもりでした?」

「2番人気の10番シャドウダンサーかなぁって感じだったけど買い目絞り切れていなかったわね」

「そうですか」

 そう答えつつ、遥は「10番来るな、10番来るな」と心の中で祈るであった。


 しかし府中の芝2400メートル戦のゴール板を見事10番シャドウダンサーが先頭で駆け抜けるのであった。

「すいません、すいません」

 遥がバタバタと頭を何回も下げる。

 しかしゆりはその遥の頭に優しく手を添え、激しい上下運動を止めさせるとこう言った。


「だから競馬は面白い、のよ」

 優しく満足げにゆりは微笑んだ。

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