初志貫徹
「小金井さんお待たせ」
馬券を買い終えたゆりは、遥を迎えにショップへ足を運んだ。
「あっ、三鷹さん。お帰りなさい」
別にゆりはショップに帰って来たわけでもないのだが遥が答える。
「三鷹さん、ここ凄いですね。こんなにグッズがいっぱいあるなんて」
文具好き、小物好きの遥は見本のボールペンをカチカチと鳴らしながら目をキラキラさせている。
予想以上に膨大なグッズを見て少々興奮しているようだ。
「あれ、三鷹さん何かありました?」
遥がゆりの顔を少し遠慮がち覗き込みながら問う。
「え、そんな事ないわよ」
ゆりがニッコリと優しく微笑みながら答える。
苦渋の馬券購入が顔に出ていたかと、内心ひやりとする。
「今日は競馬場を小金井さんと楽しみに来たのにイカンイカン」とゆりは反省する。
「小金井さん。レース見に行こうと思うんだけど一緒にどう?それともここにいる?」
「はい、レース見に行きたいです。なんかテンション上がってきちゃいました」
遥はパッと手を上げつつ答える。
段々、競馬場にいる事が楽しくなってきたようだ。
「じゃあ、今度はスタンドのもっと前で見てみましょうか」
気を使っている気配ではない遥の表情にゆりも思わず相好を崩す。
遥と一緒にスタンドを抜け、レース場手前を目指して移動する。
「わ、なんか凄く人増えてきましたね」
「そう?まだ空いている方よ。今日は土曜日だしね。大きなレースのある日曜日はもっと凄いのよ」
ゆりは土曜競馬が好きだ。
特に今日のように、人が少なめの重賞のない土曜日が。
混んでいる競馬場の活気も好きではあるが、どうせ行くなら土曜日と思っている。
遥と歩きながら少々ゆりは悶々としていた。
ゆりは少数頭のレースが好きだ。
愛しているといっても過言ではない。
正直18頭のフルゲートのレースなどよりも、一頭一頭の力量を把握しやすいからだ。
馬の数が少なければ、極端なレースには成りにくいし差し馬が直線で詰まることも少ない。
まぁ、それでも時々謎の進路取りをする騎手もいるのだが・・・・・・。
悶々としているのは遥の自身の本命馬への「元気なさそう」発言だ。
それでも色々と短い時間で考慮に考慮を重ね、初志貫徹の3番人気馬ジーロック軸の馬券をいつも以上にドカンと買ったのだ。
ゆりの信念は「少数頭は結構荒れる」だが、今回は上位3頭がさすがに抜けている。
特に1番人気と2番人気は腕の立つ外国人騎手騎乗だ。だが乗り替わりで、取りこぼしも多い馬だ。
ジーロックの鞍上・高部は主戦で乗りなれているし逆転可能とみている。
得意の適距離かつ左回りのダート戦、惨敗はまずないだろうと思っているのだが・・・・・・。
いつもはもう少し、のほほんと馬券を買うのだが今日はかわいい後輩の前で格好つけたい意識が所々顔を覗かせる。
「小金井さん、一番前が空いているからあそこに行きましょう」
「はい、三鷹さん」
若干、混んできてはいるが幸いゴール板の少し奥は人が少ない。
二人はちょうどいい場所で競馬が見れそうだ。
レースがスタートする。
ジーロックは後ろから行く馬だが内枠から好発進だ。
わずかな芝の上を走った後に各馬ダートコースへと進んでいく。
それをターフビジョンで確認したゆりは「よし」と心の中でつぶやく。
ジーロックは後ろから行く差し馬だが、後ろ過ぎない好位置でレースを運んでいる。
「勝ったな」ゆりはまた心の中でつぶやく。
「芝生の上走っていないんですけど、どこ走っているんですか」
隣にいる遥がターフビジョンを見ながら言う。
「ああ、今度は芝の上じゃなくて内側の土のコース、ダートコースを走っているのよ」
「あそこ、馬走るんですか。なんか連絡用の道路かなんかだと思っていました。芝生以外のコースもあるんですね」
いろいろと教えてあげたいと思ったが、ゆりはジーロックの動向に集中することにした。
「小金井さん、後ろからあの白い帽子の馬来るからよく見てなさい」
ゆりが自信満々に告げる。
ここから伸びない訳がない好位置で、第4コーナーを回って長い直線に入ってくる。
「いけ、ジーロック!」
ゆりはこぶしにグッと力を入れて言う。
が、予想外に全く伸びてこなかった。
外国人騎手が手綱を取る1番人気と2番人気であっさりと決まったガチガチのレースとなった。
「ん、ん、ん?」
ゆりは唸った。ジーロックは好位置から全く伸びずの8着に終わった。
実力馬が好展開から凡走することはよくあることではあるが、なかなか見事な後方ままであった。
「三鷹さん、もしかして外れちゃいましたか?」
遥が恐る恐る尋ねる。
「ふふふ、まぁたまにはね」
ゆりは、にっこりと微笑みを返したのだった。
ゆりは「今なら私女優になれるわね」と思う笑顔を作ったつもりだった。
だが遥は「あ、コレちょっとまずい奴だ」と気づいてしまったのであった。




