初めてのパドック
「三鷹さん、ここは何ですか。ミニチュア競馬場かなんかですか?」
ゆりと遥はフジビュースタンドの裏手にある柵に囲まれたエリア・・・・・・、パドックへと来ていた。
そこは広場の中央に芝生が植えられその周囲を土色のポリウレタンで出来た道がぐるりと囲っていた。
そして色とりどりの幕に覆われた柵の周りに多くの人が集まっていた。
「もうちょっと待ってね。今2時だからそろそろね」
ゆりがそう言うと人に引かれて馬たちがぞろぞろとパドックへと出てくる。
「な、なんですか。ここで裏レースか何かするんですか?」
「違うわよ。ここでレース前の馬のお披露目をしてくれるのよ」
だんだんと馬の列がゆりと遥に近づいてくる。
「私、こんな近くで馬見るの初めてです。やっぱり大きいですね」
「ここの周回が終わったら、だいたい30分後にレースに出るのよ」
「お馬さんも忙しいんですね。どの馬も速く走りそうな雰囲気ですね。ところでこれは何のためにしてるんですか」
遥が尋ねる。
「これで馬体を見て調子を見極めるのよ」
ゆりがさらっと返答する。
「え?これを見るだけで馬の調子がわかるんですか」
「そうよ。私くらいの玄人になるとどの馬が来るかすぐにわかるのよ」
ゆりが誇らしげに言う。
「私には毛色の違いくらいしかわからないですけど、三鷹さんは凄いですね」
馬を真剣にジーっと遥は凝視する。
「やっぱり、私には・・・・・・・わかりません。三鷹さん、どの馬が調子よさそうなんですか」
「そうね・・・・・・。1番と9番と3番の馬かしらね」
ゆりは黒鹿毛の二頭と鹿毛の一頭を指差しつつ答える。
「へーっ。競馬って奥深いんですね。ちょっと私には難しいですね」
テヘって感じで遥が苦笑いをする。
「競馬はね、馬を見てデータを見て強い馬を導きだすシンキングスポーツなのよ」
ゆりがすまし顔で言う。
「私、あまり頭良くないから、そういうのちょっと苦手かもしれません」
「そうは言ってもね結構、感性が物を言う場合も多いのよ。だから難しいのよね」
「三鷹さんみたいなプロがそう言うなんて。競馬って奥深いですね」
感心したように遥が言う。
「ふふふ。 それに今日は小金井さんはただ競馬を見に来たんですもの。馬券がどう、とか考えずに強そうだな、速そうだなって馬を見つけて応援するだけでも楽しいものよ。気楽にね」
優しく微笑みながらゆりは遥に言う。
そうなのだ。今日は遥に競馬場で競馬を見る楽しさを知って欲しいだけなのだ。
強引に誘っただけに気にはなっていたが、それなりには楽しんでくれているようで良かったなとゆりは思う。
正直、本音はわからないが仕事のことはちょっと忘れてくれていると嬉しいなと思う。
「じゃあ、三鷹さんの言う1番と9番と3番を次のレース応援しますね。ちょっと1番の馬は元気なさそうですけど私の気のせいですね」
にこっと笑いつつ遥が言う。
「さぁ、案外当たっているかも知れないわよ」
とゆりは内心ぎくりとしつつ答える。
「私、馬券買いに行ってくるから、小金井さんは・・・・・・」
ゆりはどこを待ち合わせ場所にしようかとあたりを見渡す。
「三鷹さん、あそこグッズショップですか。そこで待っていていいですか」
遥が大きな馬のぬいぐるみがドーンと構えている店を指さして言う。
「ちょうどいいかしらね。じゃあ15分ほどで戻るから」
そう言って、スタスタと馬券売り場に行くゆりを見て遥は思う。
「私もゆりさんみたいに人混みでも迷いなく格好よく歩ける大人の女になりたいなぁ」
一方、馬券売り場に向かうゆりは遥と離れたのを確認すると慌ててバックからスポーツ新聞を取り出す。
「1番、私の本命なんだけど・・・・・・」と内心つぶやきつつ、関係者のコメント欄を読み返すのだった。
「調教評価は並みだけど、調教師コメントは調子は良いって書いているわよねぇ」
ゆりがパドック推奨した三頭は、単に1番人気、2番人気、3番人気を挙げただけなのだ。
その3番人気が1番の馬でゆりの本命なのだ。
ゆりは固い馬券を好まない。できうる限り人気のない馬を軸にしたい。
特に今回は10頭立てだ。1番を外したら1番人気の9番と2番人気の3番の馬連などオッズは3倍を切る。
「私もパドックなんかで馬の調子なんて、さっぱりわからないわよ」
そう言いつつ1番を軸にするかどうか、ゆりは大いに悩むのであった。
「こういう時の素人判断って意外と正しいのよねぇ」
『遥に競馬場を楽しんで欲しい』
そのことはもうすっかり脳みそから抜け落ちているのだった。