関東の大将軍その1
日本ダービー前日の土曜日、そう日本ダービーイブに遥は一人自宅で競馬を見ていた。
「BSで朝の第1Rから競馬中継って見れるんだ・・・・・・」
そんなことを呟きながら競馬を眺めていたのだった。
即PATの契約も終わっていつでも馬券が買える状態ではあったのだが、馬券を買う気はない。
「一人で見る競馬は味気ないな」と午前中のレースは部屋の掃除をしながらなんとなく競馬を見ていたのだ。
「日本ダービーも競馬場で見たいです!」
今週はゆりに一生懸命訴えかけていたのだが、元々人混みが決して得意ではないゆりに珍しく逃げられたのだった。
「えー、ちょっと人多すぎるから、また今度にしましょうね」
ゆりはキャラメルマキアートを啜りながらも苦い顔をする。
「そんな、日本競馬の祭典じゃないですか。行きましょうよ」
なおも遥はラテを片手に食い下がるがゆりにしては珍しくつれないのだった。
「遥ちゃん、どのくらい混むかって言うと・・・・・・。競馬って最大18頭で走るじゃない?」
「ええ、はい」
「そこを32頭で走るようなものなのよ、めちゃくちゃなのよ、もう」
実際の日本ダービーの最大出走頭数に例えてゆりはなおも首を横に振る。
「そんな・・・・・・」
と悲しい気持ちにもなったが最近、出来るだけ落ち着いていこうと意識している遥は考えを改める事にした。
ゆりさんがそこまで言うということは本当にすごいのだろう。
たしかにあの混雑のオークスが6万人である。12万人近くが来場するダービーは本当に半端ないのであろう。
世話になっている先輩が嫌がることをするのも本意ではない。
一瞬考えて翻意し別の提案をすることにした。
「では日曜日は私のうちで競馬一緒に見ませんか」
よくよく考えればそうだ。競馬場はとても好きでお気に入りだが大好きなゆりと競馬を見ることが一番楽しいのだ。
「え、そうね。それならいいわよ」
予想以上にあっさりとゆりは返答してくれた。
ゆりもかわいい後輩の誘いを断り続けるのは忸怩たる思いだったのだ。
ついでと言っては何だが遥は怜も一応誘った。
「お前の家で競馬か・・・・・・。まぁ用事もないしまぁいいよ」
怜も意外とあっさりと承諾した。
「たしかにダービーは混むんだ。ちょっと馬券で勝負するって雰囲気でないくらい混むんだ」
怜の言葉にどのレースの馬券にも夢中になるタイプのゆりが行くのを渋るのも仕方ないかと思った。
また怜が断れば、ゆり先輩と二人きりだったのにという、じぶんで誘っておきながらちょっとだけ残念な面持ちをするのであった。
ちゃちゃっと掃除を終わらせた遥は競馬中継に少し集中し始めた。
ちょうど京都2Rが始まる頃あいだ。
「あ、このレースの一番人気忍田疾風騎手なんだ」
この前のオークスのターフビジョンで見たとてもフォームのきれいな騎手に遥は一瞬目を奪われたのだったがそのあとはバタバタとゆりと怜を追いかけていたので何という騎手か、どの馬に乗っていた騎手なのかまで確認できなかったのだ。
ゆりが言うにはこの忍田疾風騎手当たりではないかと言うことだったのだが。
ハナを切った忍田疾風騎乗のブルーシードは鮮やかに逃げ切り、見事三歳未勝利戦を勝ち上がったのだが遥は首を捻った。
「上手だけど、なんか違うな」
この前、目を奪われた騎手はこの人ではないと一目で分かったのだ。
そうなると困った。あの騎手はずっと競馬を見続けないと見つからないのではないか、しっかりと見て覚えておくのだったと後悔するのだった。
しかし遥は運がいい。その一時間後にその騎手をすぐに見つけることが出来たのだった。
東京3Rはリーン騎乗のバッケンローダーが一番人気であった。
そのバッケンローダーは最後の直線、府中の坂を軽快に駆けあがり見事差し切り勝ちを収めたのだった。
が、遥の視線は別の騎手を追いかけていた。
外枠の15番からさっと先行したエンジェルリップスの鞍上のきれいなフォームに見とれていたのだった。
4コーナーで2番手に上がったが直線、バッケンローダーに交わされはしたもののエンジェルリップスはしぶとく伸びあわや8番人気ながらあわや2着という好走を見せたのだった。
華麗な鞭捌きで馬を直線、まっすぐに見事な騎乗技術で走らせたその騎手こそ、先日ターフビジョンで見た騎手であったのだ。
慌てて遥は馬券は買う気はないものの一応買っていた闘スポの競馬ページを慌ててめくる。
そしてようやくその騎手の名を知ったのだ。
その騎手の名は「飛山頼臣」
JRAが誇る大ベテランジョッキーであった。
まだ遥は知らないのだが別名「関東の大将軍」と呼ばれる通算2276勝を上げている名手であったのだ。
その飛山騎手は東京6Rは7着に終わったものの8Rの4歳以上1勝クラスでは3番人気ゲイルレーサーに騎乗する。
遥はこれは買わねばと決心した。
初めてのネット馬券購入に踏み切るのであった。
1番人気ワクワクセブンとのワイド馬券は想定3.3倍の低オッズではあるが遥はドン!と3000円購入した。
先週の初めての馬券、G1オークスでの購入金額と同じ金額をつぎ込んだ。
それだけでは我慢できず単勝も買うことにした。すっかり飛山頼臣に夢中だ。
ワイド至上主義からのあっという間の転向である。先週勝っていることもありドキドキしながら1000円購入する。
ワイド馬券はあまり躊躇せずに買えたのであるが、初めての単勝馬券に遥はとても緊張した。
勝たなければ当たらない単勝馬券をネット馬券なので存在はしないが心の中でぐっと握りしめレースを見つめる。
ダートの2100戦、ゲイルレーサーは5番手を走る。
ここから伸びてくるのか、どうなのか・・・・・・
遥は初めての単勝馬券ゆえの緊張を感じた。
だが心配は無用であった。
直線、名手のゴーサインに合わせてゲイルレーサーは力強く直線を駆け抜けてゆく。
上がり36.9の末脚で差し切り勝利を挙げたのだ。
人気馬とはいえ見事な勝利。
遥は鞍上の美しいフォームに魅了されたのだった。
1番人気も無事2着となり単勝・ワイド二つの馬券を仕留めた遥は興奮しベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねた。
「この調子なら明日のダービーも的中するかも」
と遥は大変浮かれるのであった。




