距離適性
「次の調布特別も9頭立ての少数頭でまた堅そうだな」
闘スポを見ながら怜が呟く。
「ここも単勝1.5倍で堅いけれどマーベラスナディアで仕方ないのかしらね。相手は2番人気ジュエルマスターの馬連一点で。もう来なかったら仕方ないわね」
ゆりが一点勝負を宣言する。
「馬連で2.5倍くらいか。マーベラスナディアが前走同条件の1勝クラスで完勝だしな。私も一点に絞るかなぁ」
そう言うと怜はまた新聞を見始める。
「ゆり先輩。調布特別って調布市の事ですか。ここってたしか府中市ですよね」
「特別戦っていうちょっとだけいい条件戦には何かしらレース名が付いているのよ。でレース名にはその競馬場の近くの地名が色々使われているの。遥ちゃんが住んでいる小金井特別も確か来月あるわよ」
「へぇ。地域密着なんですね」
「おかげで行ったことないのにやたら地名には詳しくなるわよ。山梨とか」
「山梨県とか最近行ってないですね。プルプルした信玄餅とか食べに行きたいですね」
二人が無駄話に花を開かせていると突然怜が宣言する。
「よし、私は3番人気ヴォルフィードと7番人気のデスブリンガーで行く」
「あら、怜にしては人気薄に行くのね。その根拠は?」
「距離適性だな。ジュエルマスターは前走府中1600で3着で上位二頭が強かったのは確かだけど、今回は1800メートル戦。ほぼ全戦マイル戦使っているけど唯一の1800で7着に負けてる。ヴォルフィードは府中1800で4連対しているし、デスブリンガーはずっとマイル戦使っているけど一度も連対していなくて実績は1800以上なんだよね。これは2着ならあるんじゃないかな」
「珍しく頭使っているのね。ただの勘競馬じゃないのね」
「当たり前だよ。はっきり言って仕事より頭使ってるよ」
「怜先輩、ちゃんとエビデンスあるんですね」
ここでようやく遥が口を挟む。
「訳の分かんない横文字使うな!」
怜が突如切れる。
「は、はい。すいません」
遥は恐縮する。いつも仕事で使っているだけに理不尽だなぁと思いながらも謝る。
「落ち着け、こら」
ゆりが軽く怜の頭をこずく。
「まぁね、怜の気持ちもわかるけど・・・・・・。いや良くわかるわ」
ゆりが変節してうんうんとうなずく。
「遥ちゃん。訳の分かんない横文字使うのやめましょう」
えー!と遥は思う。
入社してからエビデンスだのプライオリティだのコミットメントだのさんざん教え込まれてきたからだ。
それもさっき突然切れた怜にだ。
「なんであいつら、あんなに訳分かんない横文字使うんだ。日本語使えってんだ」
「そうよね。私も業務上よく横文字だけでしゃべるバカに当たるのよねぇ」
怜とゆりの愚痴が突然始まる。
遥はこの二人も色々仕事で大変なのだと思うのであった。
「あのぉ、さっきの予想のエビ・・・でなくて根拠なんですけどどういうものなんですか」
1600だの1800だの怜が言っていたのが気になったので遥は改めて聞いてみる。
「うん。まぁ馬には距離適性ってのがあるんだ。距離以外にも芝適性だのダート適性だのコース適性だの重馬場適性だのがあるんだけどさ」
訳分からない横文字を使わなかったので色々教えてくれそうだ。
「小金井さ。さっきのゆりの予想で違和感なかったか?」
怜が質問を投げかける。
「え、は、はい。えーっと・・・・・・」
突然の質問に遥はたじろいだが、たしかに違和感はあった。
「なんでゆり先輩が盾騎手買わなかったか、ですね。結構人気馬ですよね」
「良く気づいたな。何でもかんでも盾、盾言ってるゆりがなんで買わなかったと思う?」
「えーっと・・・・・・」
「盾さんの乗る馬、基本1200メートル戦で結果を出しているのよ」
返答に窮する遥にゆりが助け舟を出す。
「競馬にはね1200メートル戦が得意なスプリンター。1600メートル戦が得意なマイラー。2000メートルから2400メートルが得意な中距離馬。それより長い距離が得意な馬をステイヤーというんだけれどね。人で言うと大雑把だけど100メートル戦、200メートル戦、400から800メートル戦そして長距離ランナーみたいなものかしらね」
ゆりの分かりやすそうな感じの講義を遥は真面目にメモを取る。
「馬によるけど頑張れる距離は前後200から400メートルってところかしらね。まぁそう判断していくと今回盾さんが乗る馬は距離がさすがに長そうに見えるのよね」
ゆりがなんでこのレース選んだのかしらという表情で首をかしげる。
「私、そこまで距離の事意識していなかったので勉強になります」
「まぁそこらへんわかってくるとある程度買う馬も絞れて来るぞ」
「馬にもいろいろ適性あるんですね。私は営業適性あるんですかね」
時々、仕事の事を思い出すと落ち込む遥の背をバン!と怜は叩く。
「あまり嬉しくないかもしれないけどな、残念ながら私らは営業適性結構あるぞ」
「あら、遥ちゃん。怜のお墨付き貰ったのね、おめでとう」
「は、はい。ありがとうございます」
怜の言う通り、たしかに営業適性あるぞと言われてもあまり嬉しくないなと思いつつ、尊敬する先輩に褒めてもらえたようでホッとするのであった。
「でも遥ちゃんは広報適性の方があると思うんだけどなぁ」
「うちの新入社員にちょっかいだすのはやめろ。人足りないんだから」
「あら、怜やきもち?」
怜からの殺されたいのか、お前というどす黒いオーラを感じたゆりは少し話題を変えるのだった。
「なんか大昔はレースは2400メートルを中心に強い馬が主役だったらしくてそれ以外は端役だったらしいんだけどね、今は随分距離ごとに体系整備されているからめちゃくちゃな距離のレースを走る馬は少なくなったわね」
「それはいいことですね。いろんな馬にチャンスがあるのは嬉しいですね」
「昔々の話だけど3200メートルの天皇賞で2着に入った馬の次走が1200メートル戦の高松宮杯だったなんて無茶もあったんだけどね」
ゆりはその高松宮杯で故障を発生して引退してしまった三冠馬を思い出す。
たびたび無茶な使われ方をした上に産駒は二世代しか残せずに夭折した馬がかつていたのだ。
「感覚的なものですけど、なんか無理を感じますね」
「そうなのよ。今はなかなかそういう事は・・・・・・と言いたいところなんだけど今日のオークスは日本のG1の中でも有数の距離適性の見極めが難しいレースだからね」
そう本日行われるオークスは2400メートル戦。
その主力となる馬たちの前走はマイル戦である桜花賞なのだ。
牝馬三冠のひとつである桜花賞組と長い距離のトライアルを走って来た馬たちの激突となるのだ。
調布特別は圧倒的な一番人気マーベラスナディアが二番手から直線突き抜ける。
「差せ、差せ。光浦差せー!!!」
怜の絶叫もむなしく7番人気のデスブリンガーは3着に終わった。
そして距離が懸念された盾騎手の馬も軽快に逃げてはいたが、直線に入って早々に距離の壁にぶつかり9頭中の8着に沈んだのであった。
結局ゆりの買った1番人気と2番人気での堅い決着となったのであった。
「怜先輩、ワイドで買っておけば良かったですね」
うっかり口を滑らした遥をシメる怜を見ながら、今年のオークスも難しそうなのよねぇとゆりは唸るのであった。




