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初めての?

「じゃあお昼ご飯にしましょうか」

 馬連とワイドで馬券が当たったゆりは上機嫌で言う。

「そうだなぁ。今日は何にしようか」

「儲かったしね。6Fのレストランでサーロインステーキセットでも食べましょう」

 たかだか7000円ほどの儲けで調子に乗ってゆりが言う。

 東京競馬場でもっとも高級なホテルチェーンのレストランに行こうと言い出したのだ。

「そんなとこ行くほど儲かっていないだろ」

 ティっ!とウキウキのゆりに怜が手刀と言葉でツッコミを入れる。

「もう、あんたはすぐ調子に乗る。あそこはものすごく儲かったら行こうって言ったじゃん」

 あきれたように怜は言う。二人でものすごーく儲かったら行ってみようとは言っていたのだが生憎その機会はまだ訪れていないのだ。


「ものすごくっていくらくらいですか?い、1000万円くらいですか」

 遥が真面目な顔で口を挟む。

「いやいや、そんなの一生無理だよ。お前もお前で金の感覚が極端すぎるよ」

 さっきまで500円・・・・・・実際にはワイドのオッズは1.6倍だったので600円の儲けではあったのだが、そのくらいの金額で凄いと言っていた人間の口から1000万円という金額が出てくる事実に怜はクラクラした。

「まぁ10万、20万くらいだよ。それもまだないけどな。小金井、お前何食べたい」

「私が決めてもいいんですか」

「まだゲストみたいなもんだしな。昼飯くらいお前に合わせるよ」

 ちゃんとまともなものを選べよ、と怜は目線を送りながら言う。

「じゃ、じゃあ私食べてみたいものがあるんです」

 意を決したように遥は言うのだった。

 

 遥が先導して着いた店はオレンジ色だった。

 怜がよく知っている牛丼一筋のチェーン店だった。

「なぁ小金井。せっかくの競馬場だぞ?チェーン店でいいのか」

 怜はひどい時は朝昼晩とお世話になるだけに意外性のなさに嘆くのだった。

「いいじゃない。私も牛丼久しぶりー。おいしいよね」

 ゆりはそうそう行く店ではないので、乗り気のようだ。

「いいけどさ。小金井、どこでも味一緒だぞ」

 怜はもう一度だけ、遥の選択の機会を与えようとした。

 この牛丼屋には怜はゆるぎない信頼を置いてはいる。

 だがあんなに競馬場、行きたい行きたいって言っていた遥にしてはつまらない選択をしたと思ったからだ。

 せっかくなら、まだ二度目の東京競馬場だ。競馬場ならではのものをと思った心遣いではあった。

 だが、返ってきた言葉に怜は驚愕することになったのだ。

「私、牛丼食べたことないんですよね」

 なぜか照れ照れっとした表情で遥が言うのを、怜は信じられないという表情で見つめるのであった。


「そ、そうか」

 怜はたしかに一人で外回りに行くときは牛丼屋を多用していたが遥に同行するときは少しまともな店に入るようにしていた。

 たまに牛丼屋を物欲しそうに見つめている時が遥にはあったが、あれは羨望の眼差しなのだと今知ったのだ。

「なかなか女子一人では行きにくいお店じゃないですか。先輩たちと一緒ならいいかなって」

 えへへとまたちょっと遥は照れるのであった。

「そうね。なかなか女子は入りにくいわよね」

 ゆりも同意をしながら、ニヤニヤしながら怜の脇腹をつつく。

 そしてもう一度、大きな声で繰り返す。

「女子は入りにくいわよね」

 そのツッコミに怜は渋い表情をするのだった。


「あのお願いがあるんですけど」

 遥は牛丼を買った後に二人に言う。

「なぁに。遥ちゃん」

「馬券購入のお邪魔でなければこの前の内馬場で食べたいんですけど」

「いいわね。私は7レースは買わないから行きましょう。怜はどうする」

「私は馬券買ってから行くよ。緑の広場だろ」

「じゃあ私、先輩の牛丼持っていきますね」

「おう。じゃあ頼む」

 そういうと怜は一人、券売機に向かうのであった。


「そうか。女子はあまり牛丼屋に行かないか・・・・・・。たしかにいないわけではないがそんなに多くはないよな」

 あまりレースに関係ないことを考えながら怜は新聞を広げる。

 東京第7レースはダート1600メートル戦。

 この条件で5戦4連対の一番人気キングコロッサスから流すつもりだったが・・・・・・。

「私、女子だもん」

 そう呟きながら唯一の牝馬ミナトノトレイジアへと軸馬を変更するのだった。

 府中で芝とは言え3着の実績のある馬だ。そう悪い選択ではないはずだと自分に言い聞かせるのであった。


 一方、内馬場の緑の広場に着いた二人はいそいそと競馬新聞を広げ始める。

 別に予想するわけではなく、敷物にするためだ。

 ゆりと遥は闘スポの外側から2枚目と3枚目の部分を抜き取ると座るスペースに上手に敷く。


 遥は空を見上げる。

 真っ青な空。たなびく雲がいいアクセントになっている。

 この空を見るためだけに競馬場にまた来たようなものであった。


「今日も天気よくて良かったです」

 屈託のない笑顔をゆりに向ける。

「そうね。私も今の時期の東京競馬場大好きよ。本当に気持ちがいいわよね」

 ゆりがこれでもっと馬券が当たってくれれば完璧なんだけどなと思いながら答える。

「6月はどうしても天気が悪くなるものね」

 ゆりが続ける。

「あ。梅雨ですもんね。競馬って外ですもんね、雨天中止ですか。それとも・・・・・・・」

 ゴクリとつばを飲み込みながら

「まだ私の知らないドーム競馬場とかがあるんですか」

 と真剣な表情で遥が言う。

「こんな広いドームなんて作れないでしょう、さすがに。競馬は雨天決行よ」

「え、そうなんですか。そういえばたしかに雨のエエデザオウってことわざを聞いたことがあります」

「そうよ。台風クラスの大雨か大雪でも降らない限り競馬は中止しないのよ」

 ゆりはまた古い馬知っているなぁと思いながら答える。

 エエデザオウは30年近く前、当時最強牝馬と言われるシンドウラブリイの勝ったマイルチャンピオンシップで重馬場適正だけで2着に来たJRA屈指の道悪巧者だ。

「騎手の皆さんも馬もすごいんですねぇ」

 遥は雨の中、競馬が行われるイメージがないため大変に驚くのであった。


「私、牛丼楽しみです。大盛しか売っていないのには驚きましたけど。食べきれますかね」

「何言っているの。この前来た時も食欲旺盛だったじゃない」

「そ、そうでした」

 たしかにこの前はおごられるままに色々食べていたなぁと遥は思い出し少し恥ずかしくなった。


「よう。待たせたな」

 怜が馬券を買って合流してきた。

「じゃあさっそく」

 嬉しそうに遥は初牛丼のふたを開ける。

 おいしそーと目をキラキラさせる遥を見て、もうその初々しさは自分にはないなと怜は痛感するのだった。


 怜は牛丼を開けるとおもむろに温泉卵を乗せる。 

 それを見て遥が「えっ」という表情をする。

「そ、そんな裏技が・・・・・・」

 物欲しそうな眼をする遥に

「そういう言うと思ったよ」

 怜は袋の中からさらに二つの温泉卵を取り出すと、遥とゆりの牛丼の真ん中に落として上げるのであった。

「怜先輩。大好きです」

 感極まって遥が言う。

 温泉卵くらいでそんな告白は聞きたくなかったなと思う。

「さすが牛丼のプロは違うわね。今後牛丼師匠って呼ばせてもらうわ」

 ニヤニヤとゆりは言う。

「おい、お前それ返せよ」

「もう貰っちゃったから私のものですー」

 青空の下、低レベルな争いをする二人を見て幸せってこういう事なのかなって遥は思うのであった。


 ちなみに8番人気ミナトノトレイジアは後方からちょっとだけ頑張って伸びてはきたが離れた7着に終わった。

 不幸中の幸いは1番人気キングコロッサスも5着に敗れたことだったが。

「なんで私、牝馬ってだけで中央競馬未勝利の馬を馬券の軸にしちゃったのかな」

 紅ショウガの辛みが舌に沁みる。

 怜は男勝りではあるが女子っぽくないと言われることを存外気にする性格なのだ。

個人的にはイイデザオウの父・ディカードレムに聞いてみたいことがあります。

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