攻防一体、ワイド馬券
「次は勝負レースよ。勝ってからご飯に行きましょう」
ゆりが力強く宣言する。
「大丈夫か。お前の勝負レース当たったの見たことないんだけど」
「次は私の得意の少数頭レース。当たらないわけがないじゃない?」
自信満々のゆりを見ながら怜は少数頭はそりゃ誰でも当たりやすいっちゃ当たりやすいだろと思う。
「今回の狙いは何ですか。このグリグリの1番人気のワンダーボーイですか」
遥が闘スポを見ながら尋ねる。
「そうね。リステッド競争のジュニアカップは3着だったけれどそれ以外は連対を外したことのない堅実さ。オッズこそ低いけれど堅軸ね」
「リステッドって何ですか?聞いたことないです」
「G1競走ってのが最高峰のレースっていうのは知っているのよね」
「はい。一番強い馬たちが出るレースですよね」
「そうね。G1は年間26レースあるの。それに次ぐ各付けがG2。大雑把に言えばG1の予選みたいなレースが多いかしら。そしてその下にG3ってレースがあってこれらが賞金の高い重賞競走と言われるものね」
「はい」
メモを取りながら遥が答える。
「その下にオープン競走ってそれなりに強い馬が走るレースがあってその中でもレースのレベルが高いレースをリステッドって言うのよ」
「色々あるんですね、頭が混乱しそうです」
まだまだ知らないことが多く困った表情の遥に、あら相変わらずかわいいわねと思いながらゆりは続ける。
「まぁ端的に言うと重賞もどきって事ね」
「ミラノ風ドリアの風みたいなものですね。ミラノで作っているわけではないけれど安くて美味しいですよ、みたいな」
「そうね。そこまで高いものではないけれどなかなかイケてる料理、じゃないレースって事ね」
勉強になりますという表情の遥に、なかなか飲み込みが早いわねという表情のゆり。
「ミラノ風って金融の街・ミラノのイメージの黄金色の事を指しているんだけどなぁ」と怜は思ったが、二人が満足そうに微笑みあっているのを見てまぁいいやと黙っておくことにした。説明するのが面倒くさいと思っただけなのではあるが。
「そのリステッド競走以外では連を外したことのないワンダーボーイに、名手・盾剣騎乗のバトルゴルファユイで決まりね」
ゆりはまたしても盾騎手騎乗の3番人気馬の牝馬を推す。
「昨日も楯さん、オープンのメイステークスとカーネーションカップと特別2勝していて調子いいから期待出来るわよ」
「やっぱり盾騎手は信頼できますか」
「それはもう。もちろん馬の方もクイーンカップ7着の実績から信頼できるわ。クイーンカップは後ろからの競馬で負けてしまったけれどレベルが下がるこのレースなら前行けるでしょうしね。前走1番人気ながら8着に敗れた山藤賞は中山競馬場だし不良馬場だから参考外ね。この馬、湿った馬場は苦手みたいなのよ。今日は良馬馬だから期待出来るわよ。馬連1点勝負で行けるわよ」
滔々と語るゆりの話を一生懸命にメモする遥。
それを見た怜は、入社当時の一生懸命話を聞いてはいるが内容がよくわかっていない時の遥だなと思うのであった。
「そろそろ馬券買いに行こうか」
怜がゆりに声をかける。
「そうね。ウーン・・・・・・」
「どうしたのさ」
「2番人気もアネモネステークス3着だから怖いって言えば怖いわねと思って」
「じゃ両方買っておけばいいじゃない。手広げすぎるのも良くないけれど絞りすぎるのも怖いでしょうに。私はワンダーボーイから2番人気と3番人気に流すわよ、ちょっと堅めの馬券ではあるけれど」
怜が馬券を絞りすぎる時のゆりの危険を察知して助言する。
「あっ、でも盾さんの単勝も8倍近いし買っておきたいのよね。ワンダーボーイまた取りこぼすかもしれないじゃない?」
「前走で皐月賞4着馬の2着のワンダーボーイがここで負けたら事故だよ、事故。割り切れって」
考えすぎて迷走するゆりを怜は良く知っている。
変な手の広げ方をして碌な結果にならないのだ。耳を引っ張って当初の予定のワンダーボーイとバトルゴルファユイの一点だけ買わせようと思った。
その時だった。
「ゆり先輩、馬券買い足すんですか。だったらワイドですよ、ワイド。きっとお得ですよ」
遥が先ほど覚えたワイド馬券を勧めてきたのだ。
「いいわね、それ」
ゆりが食いつく。
「はい。ゆりさんの買おうとしている馬連にワイドを買い足せば両方当たればもちろんお得ですし、万が一どちらかが3着になってもお金戻ってきますよ。攻防一体の素晴らしい馬券になると思います」
遥が妙に力説する。
ゆりがビシッと遥を指差し宣言する。
「それ、採用!」
その光景を見ていた怜はまぁ一理あるかなと思った。
10頭立てなので手数広げるよりは、セーフティーゾーンを広げるのも手であろう。
3歳1勝クラスの第6レースはワンダーボーイが先行し2番手に付けて、そして直線で突き放す。
単勝1.6倍のオッズの支持を受けた力量を示す力強いレースで他の馬との差を見せつける。
その4馬身後方で2番手に抜け出した5番人気馬にバトルゴルファユイが馬なりで追いつく。
「盾さーん!盾!しっかり追えー!!!」
「つるぎー!!!!差せ差せ差せ!!!!!」
ゆりと怜が絶叫する。
馬なりのままのバトルゴルファユイの鞍上・盾は右鞭を一閃。二番手へと躍り出る。
なおも追いすがる五番人気馬と鞍上・横浜であったが今度は盾は左鞭を振るい連打しそのまま引き離し無事2着を確保するのだった。
「盾さーん、やったー!」
「よし、リーン、盾最高だ!」
5.7倍の馬連を無事ゲットしたゆりと怜の二人は大いに喜んだ。
「遥ちゃん、ありがとう。アドバイスを受けてワイド2000円買い足したのよ」
満面の笑顔のゆりが当たり馬券を遥に見せびらかす。
「おめでとうございます。私は予想も何にもしていないですけど自分で馬券獲れたみたいで嬉しいです」
遥も助言が役に立って良かったと満面の笑顔だ。
手を取り合ってぴょんぴょん跳ねる二人を見て
なんか雑なゆりに堅実な遥の組み合わせはいいのかもしれないな、と思った。
しかし遥のワイド馬券推しは何なんだろうなと思う。
身持ちの固い遥の琴線に大いに触れただけだろうとは思う。
さっき怜は執拗にワイド馬券を勧める遥の後ろに、赤と緑のメンコを被った鹿毛の馬の姿を見た気がするがそれはたぶん気のせいであろう。
関係ないですけれど、ナイスネイチャはまだ存命です。
母ウラカワミユキ同様、長生きですね。




