大接戦
場内にファンファーレが鳴り響く。
競走馬たちが、奇数番の馬から一頭ずつゲートに入っていく。
「ゆりは何から買ったのさ」
怜が尋ねる。
「渾身の東上・楯さんのベアナックルよ」
なんか文句ある?という感じでつっけんどんにゆりが答える。
「あー、やっぱし。苦しい時の盾頼みか。単勝?馬連?」
「単勝よ。サンダーブレードとの馬連でも良かったけれどあの馬そんなに強くないでしょ」
このレースの1番人気馬・サンダーブレードをゆりは低く評価しているようだ。
「サンダーブレードを切ったのはいい判断だと思うけれどね。なんでボーダーブレイク買わないかな。府中の共同通信杯ハナ差の2着よ。ここでは信頼の実績だと思うけどな」
あきれたように怜が冷ややかに言う。
「だって鞍上・風呂村でしょ。信用できないわよ。こういう時は最後は勝ち方を知っている騎手よ」
ゆりが言い返す。
「まぁ所詮、馬7騎手3だよ。ベアナックルとボーダーブレイクの馬連買っておけばよかったのに。なんか穴馬探すわりに中途半端な単勝ばっか買うよね、あんた」
「見てなさい、楯さん絶対勝つから。勝たなきゃダービー出走権取れないんだから。こういう時の盾剣は怖いわよ」
遥は「仲悪いのかなぁ」と二人の真ん中で胃がキュッとするのを感じるのだった。
ゆりと怜が持論をぶつけ合っているうちに全馬がゲートに入り、スタートする。
一番人気サンダーブレードはスッと先行し2番手につける。
怜の推すボーダーブレイクは1枠1番から内々の3番手につける。
ゆりの推す盾剣のベアナックルは5番手の位置。
各馬が理想的な位置でレースを進める。
最後のコーナーを回り、府中の長く険しい直線に入る。
そこでサンダーブレードが一気に突き抜けようと先頭に躍り出る。
だが、先頭に立ったはいいが突き抜けるまでは行かない。
それをボーダーブレイクが外から追いかけそして交わす。
サンダーブレードが力尽きたかのように伸び脚を欠くのとは対照にボーダーブレイクが突き抜ける。
ベアナックルはまだ後方だ。
「楯さーん!」
ゆりの悲痛な叫びに呼応するかのように盾剣とベアナックルが残り200mから一気に加速する。
明らかにギアが上がったかのようなスピードで猛然と追いかける。
「差せー!差せー!」
ゆりがさらに棒状に丸めた新聞を振り回しつつ絶叫する。
素晴らしい末脚でベアナックルがボーダーブレイクを追いかける。
完全ににこの二頭のマッチレースだ。
「ほら、ほら、剣さん。差しちゃえ」
隣の怜がゆりの応援する馬に声援を送るのに遥は驚いた。
そうか、馬連って1着馬と2着馬を当てるレースだけれど順位はどうでもいいとゆりが言っていた。
怜はこの2頭の馬連を持っていると言っていた。
だからゆりの応援するベアナックルが勝っても問題ないのだ。
「なんだ、この二人別に仲悪くないんだ」ってわかって遥はほっこりとするのだった。
そして・・・・・・
「ベアナックール、差せー!!!」
嬉しくなった遥は生まれてこの方出したことのない大声で全力の声援を送るのだった。
ゆりと怜と遥の声援に応えるようにベアナックルは猛追する。
ボーダーブレイクに並んで交わす勢いではあったが、もう一歩のところで両馬ゴール板を駆け抜けたのであった。
ただ黙って天を見上げるゆり。
その哀愁漂う姿に、美人は何をやっても絵になるのだなと遥は思う。
「怜、ベアナックル差したわよね」
ゆりが先ほどまで眼前にしていたことに反する言葉で怜に尋ねる。
「見てたでしょうに。届いてないよ、どう見ても」
あきれるように怜は言う。
「いや、もしかしたら首の上げ下げだったかも・・・・・・」
ゆりがさらに追いすがる。
「私が言ってるんだよ。私の視力2.0なのあんた知ってるでしょうに」
こうしてダービーへの最終切符を賭けたレースが終わるとともに、ゆりの競馬資金と明日以降のランチ代も終焉を迎えるのであった。
僅差ではあったのだが、写真判定もなくあっさりと1着から3着までの馬番がターフビジョンに映し出される。
それを見て、ゆりもついに自分の馬券がただの紙切れとなったのを認めざるをえなかった。
「ふー」
とゆりはため息交じりの深呼吸をする。
「どうだった、小金井さん。私はあまりかっこいい所見せれなかったけれど初めての競馬場少しは楽しめたかしら」
ゆりが立ち直ったかのように遥に尋ねる。
馬券に負け、心の中はささくれ立っていたが頑張って優しい先輩モードに切り替えたのだ。
「は、はい。さっきのレースは惜しかったけれど本当に楽しかったです。競馬って、競馬場ってとても楽しい所なんですね」
遥は満面の笑顔で答えるのだった。
今日は青い空が広がる、風の気持ちのいい競馬場とおいしい食べ物、そしてド迫力のレースを十分に満喫したのだった。
遥の心の中からは昨日まで仕事に苦しんでいたことなど完全に吹き飛んでいたのだった。