グリグリの1番人気
「小金井さん、ただいま」
京都と東京のメインレースの馬券を購入したゆりが遥の元へと戻ってくる。
「お帰りなさい、三鷹さん。今度は良い馬券買えましたか?」
自信に満ちたゆりの顔を見れば、聞くまでもないことだが遥は尋ねた。
「まあね。グリグリの1番人気ヴァルキュリアから2番人気3番人気4番人気への馬連に流したからあまりつかないけれどね」
ゆりは右手の人差し指と中指で挟んだ勝ち馬投票券をひらひらとさせながら言う。
「まぁ固い決着でしょうけれど、ここは確実にね」
「グリグリの1番人気ってなんですか」
遥の疑問にゆりは新聞の馬柱を指さして答える。
「この馬名の下に二重丸が並んでいるでしょ。これは競馬記者、トラックマンって言った方がいいかしら。彼らの予想なのよ。で、この二重丸は本命、一番強い馬だっていう印なのよ。これがこんなに並ぶのはいかに圧倒的な存在感かってことね」
「へぇ凄いんですね。このヴァルキュリアって馬」
遥は二重丸がズラッと並ぶ欄を見てこういうレースなら私でも馬券が当てられるのかなってふと思う。
普段は堅実極まりない地味な性格の遥だがちょっとだけ馬券購入に興味が出てきた。
「私もこれだったら単勝って勝ち馬当てる馬券なら当たりますかね」
遥の口から我ながら予想外の言葉が思わず出る。
「まぁ確実に当たるでしょうけどね。でも単勝1.4倍だから1000円買っても1400円。400円しか儲からないわよ。ソフトクリーム代にもならないわ」
馬券購入に興味の出てきた遥に、ゆりは嬉しく思いながらもそれを押しとどめるようにたいして儲からない現実を伝える。
今日は遥の気晴らしになればいいのだ。
それにはこの素晴らしい東京競馬場でのレースの興奮、美味しい食べ物、青い空と真緑のターフと土埃舞うダートだけ堪能してくれれば十分だ。
馬券購入は個人の自由ではあるが、付き合いの浅い後輩にまだ賭け事はさせたくないなと思う。
半年ROMれ、ではないが有馬記念まで付き合いが続くようなら買ってもいいんじゃないかなと思う。
年間十数レースの大きなG1レースならまだ良いが初心者が毎週ある重賞レースから競馬を始めて変なはまり方をしたら申し訳ないなと思う。
「ええ!400円も儲かるんですか、凄いですね」
遥の言葉にゆりは驚く。
自分が競馬を始めたときはどうだったかはもう忘れたが、確かにいくら儲けようと考えて馬券購入していたわけではないと思う。
でも何となく一万円くらい儲かったらいいなぁとかスケベ根性があったのは覚えている。
こんだけ堅実なら馬券買わせてもいいのかな、ともゆりは一瞬思うが締め切りが間もないこともあるし踏みとどまらせることにした。
「今日は見学だけにしておきなさい。私の馬券購入術を盗んでから馬券は買うこと。いいわね」
ゆりの言葉に
「は、はい。出過ぎた真似を。今日は勉強させてもらいます」
と、遥はおとなしく従うのであった。
ふたりは建物内のウエストホールにある大型モニターでレースを見ることにした。
「外のモニターもとんでもなく大きいですけど、これも大きいですね」
遥がまた驚嘆の声を上げる。
「ええ、たしか277インチだったかしら。プロジェクターも1000万円のものを2台使っているのよ。一回仕事でレンタルしたことがあるんだけどたしか2日で100万円くらいするのよ。本当、競馬場ってもの凄くお金かかっているのよ」
何にでも驚く遥に「本当にかわいいわね、この子」と思いながらゆりが無駄知識を披露する。
「へぇ、一台欲しいですね。これで映画見たら凄そうです」
「こんな大きいの家の中に入らないわよ」
とさらに無駄話をしているうちにファンファーレが場内のスピーカーから流れる。
「小金井さん、このレースは8番のヴァルキュリアの走りだけ見ていればいいわ。水色の鮮やかなメンコというマスクをしている馬だからわかりやすいわよ」
ゆりが大人な雰囲気で遥に言う。
遥は冷静にモニターを見つめるゆりに、こんな大人の人になりたいなぁと思うのであった。
先ほどの醜態の事はすっかり忘れてくれている、ゆりにとって大変都合のいい後輩なのであった。
レースは1番人気ヴァルキュリアが4番手にマイペースで付け、最後の直線で抜け出しを図る。
堂々の一番人気らしく、直線力強く先頭へと躍り出る。
このまま、他馬を突き放す手ごたえと思われたがそんなに伸びなかった。
直線外から2頭の馬にあっさりと追い越されると、内にいた前にいた馬を差すことも出来ず4着に終わった。
「ん、ん、ん?」
またもゆりは唸った。
前走の若葉ステークスで見せた豪脚はいったい何だったのであろうと思う失速であった。
まさか2着にも入れないとは・・・・・・。完全に力負けであった。
しかし、ゆりは先ほどのような醜態をさらすまいと努めて冷静に遥に言う。
「だから競馬は面白い、のよ」
「競馬って難しいんですね。勉強になります。三鷹さんのおかげで1000円損しないで助かりました」
その言葉にゆりは地味にへこんでいたが、遥は満面の笑みでそう答えるのであった。




