第101話 サラーハ・カラクーム
【前回までのあらすじ】
街の中を走っていたアルスたちは、王宮の地下牢に寄ることにする。
一方街の人が避難していた砂漠では、王と住人とで一触即発の状態に陥っていた。
止めようとするカストルだが、この国の問題だと諭す兵長。
そのとき、「みなさん、もう大丈夫ですよ」という声と共に、
ある人物が現れるのだった。
「みなさん、もう大丈夫ですよ。……私は、サラーハ・カラクームです 」
先頭に立つ男性は極度に痩せこけており、声にも弱々しさが滲み出ていたが、人々の心を掴んで離さないカリスマ性を持ち合わせていた。
この場にいる誰もが、自ずとこの男性の声に耳を傾けていた。
「サラーハ? ……サラーハっていったか? 」
「陛下の弟君の……? 」
「え? でも10年前、行方不明になった人でしょう? 」
街の人たちが口々に言い合った。その様子を見て、サラーハは言葉を続けた。
「……みなさんが、私を疑うのも無理はないでしょう。
なんせ私は10年もの間、王宮の地下牢に閉じ込められていましたから」
これを聞いて、街の人たちはひどく驚いた。
「地下牢に……!? 」
「ずっと閉じ込められてたってのかい? 」
続いてサラーハは自身の後ろにいる大勢の人に視線を向けた。
それにつられて、街の人たちの視線もそちらに向いた。
「……私の後ろにいる大勢の民も、無実の罪で囚われていたのです」
「無実の罪だって……!? 」
「おい、あれ近所に住んでた旦那じゃないか? 」
「市場の女将もいるわっ! 」
「見ろ、俺の友人がいる! 長年の相棒だったんだ。なんてこった……。出てこれたんだ……っ!! 」
そのほかにも次々に知人の名を挙げる声が続出した。
サラーハは街の人たちの声が一旦落ち着くのを待ってから、さらに続けた。
「……そうです。みなさんの大切な人たちは、地下牢に捕まっていたのです。
しかし、ご覧のとおり、全員出ることができました。
……これもひとえに、勇気ある旅人のおかげです。こちらにいる3名の方々です。
改めて、この場を借りてお礼をさせてください」
サラーハをはじめ、妻パームとその家族、ガベリー隊長、その他大勢の人たちが、アルスたち3人に向き直った。
続いて地面にひざまずき、手を組み、頭を地につけるように伏しかがんだ。
大地の女神イレニアに捧げる祈りの姿勢だった。
「す、すごい光景だ……」
カストルは思わずつぶやいた。
まるでアルスたち3人が大海原の中に立ちすくんでいるかのような光景だった。
やがてサラーハは1人立ち上がると、周りの人たちを見渡しながらこう言った。
「……みなさん。恐ろしい脅威は去りました。
街に現れた巨人も、酸の雨も。……何もかも、なくなったのです!
……しかし、街は壊滅状態です。道も、みなさんの家も、そして王宮さえも……。
あらゆるところに甚大な被害がでています。
我々の手で、元に戻さなくてはいけません。
みなさんの中に、大工はいませんか? 力の強い人は? 手伝えるという人は?
もちろん私も全面的に協力します。
みなさんで力を合わせて、この国を復興させましょう……! 」
街の人たちは歓声をあげた。
「俺は大工の棟梁をしてる! 何でも作れるぜ! 」
「重いものだったら若手衆の出番だな」
「ご飯のことならまかせて。あたしたちで作ってあげられるから」
私も、僕も、わしも、とあちこちから声があがった。
これにはアルスたちも心を動かされた。
「サラーハさん、僕たちも手伝います。一緒にこの国をよくしましょう! 」
サラーハは肩を震わせ、静かに涙を流した。
「ああ、本当に……。なんて言えばいいのか……。
ありがとうアルスさん。ありがとう、街のみなさん……」
パームが寄り添って「よかったわね、あなた……」とつぶやいた。
「サラーハ様……! サラーハ様万歳……! 」
「偉大なるサラーハ様! 」
「イレニア様が生かしてくださったんだ……! 」
サラーハは瞬く間に街の人たちに取り囲まれた。
そのタイミングに合わせて、カストルもアルスたちに近づいた。
「アルス……! 」
カストルが砂に足を取られながら駆けてきた。
「カストル……! 」
アルスも歩み寄り、やがて2人はお互いの手を取り合い、再会を喜んだ。
「よかった、無事で! 随分心配したんだぞ」
「心配かけてごめん! カストルの方こそ、街の人たちを守ってくれてありがとう」
カストルはへへっと無邪気に笑った。
「幸いこっちはなんともなかったよ。
街の外だったから、巨人の攻撃も受けずに済んだんだ。
……それにしてもアルス、すんごい人を解放したんだな。
さっきまで王と街の人が一触即発の状態だったのに、あの人がきてからコロッと変わってしまったよ」
「そうだったのか……。大ごとになる前でよかった。
……実はここに来る前に、王宮の地下牢に立ち寄ったんだ」
アルスは地下牢で起こったことを説明した。
◇◇
オアシスから戻る際に、王宮の地下牢に降りたアルスたち3人。
そこはパームのおかげで牢から開放された大勢の人たちで溢れていた。
「遅くなってごめんなさい! 皆さん大丈夫でしたか? 」
ジルがそういうと、近くにいる人たちが反応してくれた。
「ああ、あなたがパームさんの言ってた旅の人かい? 」
「上の方でものすごい音や振動がしたけど、何があったんだい? 」
「俺らは大丈夫だったよ」
幸いにも、巨人の攻撃の影響は見られず、皆無事のようだった。
「このままここにいるべきか議論が始まったんだけど、パームさんが『あの人たちを信じましょう』の一点張りだったからよお。全員ここで待機してたんだよ」
「そうでしたか。ちなみにパームさんはどちらに? 」
そう聞くと皆穏やかな表情になり、「一番奥にいる」と教えてくれた。
言われるままに奥へ向かうと、パームとその家族全員が、1人の男性を取り囲んで泣いていた。
家族の1人がアルスたちに気づき、事情を説明してくれた。
「10年前に行方不明になっていたパームの夫・サラーハが、ここに囚われていたんだよ」
地下牢で囚われている無罪の人を1人1人開放していったパームたち。
一番最後に頑丈な鉄の扉の独房に辿り着いた。
なかなか鍵が合わず苦戦したものの、鍵の束の中で一番錆びついたものを使うと開いたという。
扉の向こうでは、1人の男性が懸命に女神に祈りを捧げ続けていた。
「それが、サラーハさんだったんですね」
「ああ、そのとおり」
サラーハは10年の間生かさず殺さずの状態だったらしい。
背の高いその男性は痩せこけていたが、王族らしい威厳をまとっていた。
パームとサラーハもアルスたちに気づき、感謝の言葉を述べた。
アルスたちが地上で起きたことを話すと、サラーハから「民に会いたい」との申し出があり、みんなで地上に上がることにした。
◇◇
「……へえ、そうだったのか。それで地下牢にいた全員が出てこれたんだね」
アルスの一連の話を聞いて、カストルが言った。
「そうなんだ。
……今思うと、僕や兵長たちが地下牢に囚われていなかったら、助けてあげられなかった人たちかもしれない。
本当に、あの時ジルが助けに来てくれなかったら、今頃どうなってたかわからないよ」
「変なこと言うなよ。
まあ、こうして無事みんな助かったんだ。結果オーライってことにしようや」
アルスとカストルは互いに目配せし、にやりと笑った。
「あらお2人さん、何かいいことでもあったの?」
ジルとリンが間に入ってきた。
「ああ、みんな無事でよかったなって言ってたんだよ」
カストルの言葉に、ジルは思わずほほえんだ。
「……そうね。本当にそう思うわ。
いろいろあったけれども、こうしてまたみんなで集まることができたのは、神様のおかげね。
きっと日頃の行いがいいからだわ」
アルスはその言葉を聞いて、懐かしい人の顔が頭に浮かび上がった。
「……それ! じーちゃんもよく言ってた言葉だ。
何かいいことがある度に、『神様は常に見てるんだ』って言ってたなあ」
「まあ、本当? それは光栄だわ。メラクさんと一緒だなんて。
いつかご挨拶に伺わなくっちゃ」
ジルは嬉しそうに言った。
「……ほんとだな。そういえば、メラクさんも賢者様なんだよな。僕も会ってみたいなあ」
カストルの何気ない言葉を聞いて、アルスは急にメラクが恋しくなった。
「そうだね。帝都に戻る時があったら、ついでに寄ってみようよ。
僕も会いたくなってきたから」
「私も会いたーい! 」
「じゃあ、みんなで行こう! 約束だよ! 」
4人で和気藹々と話していると、ふとサラーハの声が聞こえてきた。
「兄上、兄上はおりますか? 」
とたんに街の人たちはシンと静まりかえり、異様な緊張感が流れだした。
アルスたちもすぐに異変を察し、思わず無言になった。
サラーハが「兄上」と呼ぶのは現陛下ジャラーハのことであり、サラーハを10年間幽閉した張本人である。
この兄弟の間にそうとう深い確執が根付いているであろうことは、誰の目にも明らかだった。
いまや街の人たちは全員サラーハを信頼しており、ジャラーハとは完全に対立する立場にある。
それはすなわち、サラーハの言動1つでこの国の命運を左右する力を持っているということだった。
「兄上と話がしたい。なぜ私を幽閉したのか。
そして、この国の民を苦しめ続ける理由は何なのか。この両の耳でしっかりと聞きたい。
ダルウィンの未来のためにも、これは解決せねばならない問題です。
みなさんをつまらない兄弟喧嘩に巻き込んでしまい、本当に申し訳ないと思っています。
ですが、このままでは祖父の意志が潰えてしまう。
この国の民の幸せを願った祖父の思いを、私は引き継いでいかねばならないのです」
サラーハは1歩、また1歩と、砂に足をとられながらも力強く歩みを進めた。
街の人たちは無言のまま、左右に分かれて道を開けた。
正面には、巨大な王と壁のように取り囲む従者たちの姿が見えていた。
ーーーーー
ついに対峙する兄弟2人――。
果たしてその結末やいかに……!?
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