第100話 「みなさん、もう大丈夫ですよ」
【前回までのあらすじ】
アルスとリンはジルが“光の使者”に選ばれたことを祝福する。
ジルは自分が“光の使者”になったことを信じられないでいたが、
弓の力を信じて、巨人の核を破壊することに成功する。
すべてが終わったあと、一行は街の人たちが避難している砂漠に向かうのだった。
夜明け前の街は静かだった。
道に無数の穴があいていたり、家屋の屋根や壁もボロボロになっていたりと、ところどころに酸で溶かされた形跡が見受けられた。
煌びやかな宮殿ですらも目を当てられない惨状だった。
――たった一晩で、この国は大きく変貌してしまった。
リンの治癒力で傷も癒え、動けるようになったギルアは、エスペルが回復してから後を追うというので、アルス、リン、ジルの3人だけで街の中を駆けていた。
しかし変わり果てた街の姿に皆言葉を失い、しばらく無言のまま進んでいた。
王宮の近くまで来たところで、ジルが思い出したように口を開いた。
「そうだわ、私、地下牢に寄らなくちゃ」
予想外の一言に、リンは驚いて反応した。
「えっ、地下牢に? ……一体どうして? 」
「地下牢でアルスたちを救出した時に、隣の檻に入れられていたパームさんたちから、この国の事情を教えていただいたの。
パームさんたちは、無実の罪で捕まっていたのよ。同様に他の牢の人たちもね 」
「まあ、そうだったの…… 」
リンはショックを受けた。
カストルから大方の話は聞いていたものの、当事者から直接話を聞くと悲惨だった現状をまじまじと肌で感じたのだ。
ジルは話を続けた。
「パームさんに地下牢の鍵を渡しているから、他の無実の人たちも助け出してくれてると思うわ。
“闇の使者”が現れたあとも、そのまま地下牢で待機してる状態かもしれないから、様子を見に行きたいの。
巨人の攻撃を受けていないといいんだけど……」
ジルは宮殿を仰ぎ見た。宮殿の屋根は結婚式のときに巨人がめくりあげたのもあり、ほぼ“ない”に等しかった。
さらに酸の雨で壁や柱や通路もドロドロに溶かされ、穴が開けられている。
その中をかいくぐって地下牢に行こうというのだから、側から見ればジルの気がおかしくなったのかと思わずにはいられなかった。
しかし事情を察したリンは違った。
「そういうことなら、私も行くわ! 負傷者が出ていたらいけないもの! 」
アルスも続けた。
「僕も行くよ! 何があるかわからないからね」
「……ありがとう、アルス、リン」
3人は崩壊の激しい王宮の中に入っていった。
◇◇
一方、砂漠に避難していた街の人たちは、不安げな面持ちで街を見つめていた。
幸いこちらには酸のドームは届いておらず、負傷者も出ていなかった。
急に街がドームで覆われた時には一斉に不安の声があがったが、街に行こうとする人は1人もいなかった。
先ほど一際大きな咆哮が聞こえた際もざわついたが、現在は睡魔に負けて浅い眠りについている人から、心配で街の方をぼんやり眺めている人などがいた。
その中で、カストルも兵長たちと固まって一夜を過ごしたのだった。
「みんな、大丈夫かな……? リンは1人だけで行っちゃったし……。
空を覆ってた変なドームも消えたけど、アルスたちはまだ帰ってこないし……。
何かがあったに違いない……。兵長、僕やっぱり様子を見てくるよ! 」
カストルはすぐ隣にいる兵長に声をかけた。
今にも街の方へ行こうとするカストルを、兵長は必死に引き留めた。
「いけません、カストル様。あのドームをご覧になられましたでしょう?
宮殿が粘土のように溶かされているのが見えたように、おそらく街全体の被害も甚大な状況でしょう。
それに“闇の使者”の脅威が去ったという保証もありません」
「そ、それはそうだけどっ……! でも、アルスたちがまだ帰ってこないから心配なんだよ」
不安に駆られるカストルを、兵長は諭すように優しい口調で言った。
「カストル様、ジル様がおっしゃっていたように、我々の務めは、ここで街の人たちをお守りすることです。
いついかなる攻撃がこちらに向けられるかわかりません。
いざというときは、我々がここをお守りせねばならないのです。
この国の兵たちも半数以上が巨人討伐に向かいましたので、今、ここは圧倒的に人手が足りていません。
カストル様には、万が一の状況になった際に、街の人たちをより安全な場所へ誘導できるよう、お手伝いしていただけると幸いです」
兵長の言葉をきいて、カストルは少し熱が引いたようだった。
「う、うん……。わかったよ」
カストルはアルスたちを探しに行きたい衝動をおさえつつ、しぶしぶここに残ることにした。
そうこうしている間にも、街の人のさまざまな声が聞こえてきた。
「おいおい、一体何が起きてたんだ? 」
「さっきの巨人はどうなったの? 空を覆っていたものは何? 」
「なあ、俺の家は無事なんだろうな? 先月建てたばかりなんだぜ」
「ママー、オアシスで水浴びしたいー」
「早く街に戻ろうぜ! 」
そういえばずいぶん空が明るくなってきている。
この国の人たちは日の出と共に活動する性分なのだろう。
目が覚め始めたのか、口々に思うことをぶつけあった。
今にも街に戻ろうとする人も現れたため、さすがにカストルも止めに入ることにした。
「あのー、待ってください。街は危険な状態みたいです」
「……はあ? あんた誰? 」
「僕は旅人です。……ほら、兵隊さんたちも戻ってきてないでしょ?
まだ安全が確認できてないんじゃないかな……」
「見ず知らずの旅人にそんなこと言われたって、誰が信じるっていうんだい? 」
「そ、そうですよね〜〜〜」
(うわーーーー! 僕のバカ! 違うだろ、そうじゃないだろ!
僕や兵長ならまだしも、一般の人たちを街に戻すのはまだ早い気がする。
……でも、どうしたら信じてもらえるかな? )
「おいおい、街にいく前に面白いもんが見えそうだぜ。こっちに来いよ」
何やら街の人たちがぞろぞろとどこかに集まりだしていた。
「……えっ、今度は何? 」
カストルは振り回されるのは勘弁だと思いつつも、様子を探るために兵長と一緒に街の人たちが向かう方に進んだ。
どうやら北の遺跡の近くへ進んでいるようだ。カストルの脳裏に苦い思い出が蘇る。
(ちょっとちょっと……。まさか遺跡の方に行くんじゃないだろうな)
やがて遺跡に入る谷の入り口にやってきた。
そこには、王宮から逃げてきた王とその親族、従者たちが固まって避難しているようだった。
そして街の人たちはというと、彼らの周囲をぐるりと取り囲んでいるのだった。
「お、お、お……おまえたち、集まって何をする気だ!? 」
従者たちは王を守るように壁を作り、おびえたように叫んだ。
「は? ……何って、俺たちは陛下に用があるんだよ!
よくも長い間俺たちを苦しめてくれたな! 自分たちだけ甘い汁を吸いやがってよ!」
「「そうだそうだ! 」」
「初代の陛下はこうじゃなかった。もっとわしらに優しくしてくれた……」
「「そうだそうだ! 」」
どうやら街の人たちは、王宮から王たちが出てきたのをいいことに、日頃の溜まりに溜まった鬱憤を晴らすつもりらしい。
「待て! いろいろ思うことはあるだろうが、今はそれどころじゃないだろう」
従者たちは必死に街の人を宥めようとしたが、同じ砂漠に立っている今、怒りをあらわにした大勢の人たちを止められる術は残念ながらなかった。
むしろ従者が何を言えども火に油を注ぎ続けるに等しかった。
「うるせえ! お前らのせいで苦しんでるやつがいっぱいいるんだよ」
「昨日も2人餓死で死んだ! 俺の家の前でな! 」
「十分な飯も食えず! 金もなく! まともな職すらつけず! 」
「「そうだそうだ! 」」
「どれもこれもお前たちのせいだろうが! 」
「「そうだそうだ! 」」
「……宮殿も崩壊した今、おまえたちに帰る場所はもうないだろう! ここで落とし前をつけさせてもらうからな!! 」
「いくぞおまえら! 遠慮なく叩いて蹴って動けなくしてやれ! 」
「このまま砂漠でのたれ死ね !! 」
過激的な発言を連呼する街の人たちをみて、カストルも流石にやばい状況だと察した。
「ちょっ、ちょっとちょっと…….。いくらなんでもひどすぎない?
確かに陛下たちがしてきたことは許されることじゃないかもしれないけど……。
兵長、止めた方がいいんじゃない? 」
しかし兵長は冷静に、そして静かに言った。
「私もそう思いますが、我々が全力で止めに入ってもおそらく無駄でしょう。
王と街の人たちの長年にわたる確執が今ぶつかりあっているのですから。
我々は旅人。赤の他人。止めに行ったところで、下手すれば騒動に巻き込まれてしまいかねません。
これはこの国の問題なのです」
「えー、そんなあ! でも、このままじゃやばいよ。どうしたらいいんだろう!
こんなとき、この場をまとめてくれる人がいてくれたらいいんだけどなあ……。
……そうだ! アルス! アルスが杖の力を出してくれたら、みんな落ち着いてくれるかな?」
「確かに効果はありそうですが、相応のリスクを負いかねないでしょうね…… 」
「……え、どういうこと? 」
「もしその杖の力を、街の人たちが“有利な立場に立つための道具”にされてしまったら?
確かに王を玉座から下ろすのに十分な力を発揮するかもしれませんが、街の人たちに杖の存在を知られてしまうのは、後々厄介です。
この世界には善良な人だけではなく、悪意に満ちた人もいるわけですから。
それに、我々の目的は世界中から宝石を探しだすこと。この国をよくすることではありません。
我々は次に進まねばならないのです。
止めたいのは山々ですが、介入してはいけない部分もあるわけです 」
「そ、そっか……。でも、やっぱり穏便に行きたいよ。なんとかならないかな? 」
……その時だった。
「みなさん、もう大丈夫ですよ……! 」
威厳と慈愛に満ちた声が響きわたった。
荒くれだった街の人たちは、一斉に後ろを振り返った。
カストルと兵長も後ろを振り返った。
まず目に入ったのはリンとジル、そしてアルスだった。
「アルスだ……! 無事だったんだ! 」
カストルが駆け寄ろうとしたとき、その3人に導かれるようにして、後ろから大勢の人たちが歩いてきてるのが見えた。
街に残っていた人たちだろうか? 手足を負傷していたり、力なく歩いている人も見受けられる。
ざっと見る限り数十人……いや100人近くはいるだろうか? ガベリー隊長の姿も見える。
そして彼らのその先頭を、女性や子供に支えられながら、ゆっくりと歩く男性の姿があった。
背は高く、一目みただけで一市民とは思えないオーラを纏っていることが感じられた。
異常なほどにやつれていることをのぞけば、相当モテていただろう。
「……っていうか、誰? この人たち……? 」
怒り狂っていた街の人たちも、今やシーンと静まりかえっている。
そんな中、先頭を歩く男性の声が再び響き渡った。
「みなさん、もう大丈夫ですよ。……私は、サラーハ・カラクームです 」
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サラーハ・カラクーム……って、もしかしてあの人……?
果たして怒りに駆られた街の人たちを静めることはできるのか……?
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