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象牙の塔で漂うヒトデ  作者: かぎのえみずる
第一章 十八才になるまでの日常
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第三話 暴れん坊のお嬢様

 オレは徐々にこの若夫婦は、オレの本当の家族なのだということを知った。

 親父は子煩悩で日曜日はいつも何処かへ連れて行ってくれた。

 お袋は裁縫が上手で、手作りの服をオレと忠臣に着せていた。


 近所に、白上美衣しらうえみいという猫みたいな名前の女の子がいて、なんと美衣は女の子なのにガキ大将だった。

 喧嘩が得意で、喧嘩の最中にパンツが見えても気にしない、がさつな女の子だった。

 美衣は忠臣とは仲が良いというか、お互い計算し尽くした上で、利害が一致すると思った故の良関係だった。

 オレはというと、美衣が少し苦手だった。

 美衣はだって、オレにできない鉄棒や、跳び箱も得意で。かけっこも、何かしらスポーツ系は一回遊んだらすぐ覚える器用な子だった。

 だからか、美衣の周りは人が大勢いて、オレは人が沢山いる場所は苦手だった。

 ――ファージスト。

 オレは人間じゃない、十八歳を超えたら人間じゃなくなるんだ。

 常々思い出す、そんな現実を。

 両親は口を酸っぱくして、あの建物の話を絶対にするんじゃないと釘を刺していた。

 特に、ファージストと刃鐘さんの話は。

 ある日、放課後に忠臣と刃鐘さんの話を、教室でしていた。小学校五年生の頃だ。

「刃鐘さん、かっこいいよな、僕の中で一番のヒーローだよ」

「――そうだな」

 オレは感情を表すのがへたくそで、頷いたりするだけでしか反応できなかった。

 それでも忠臣にはそれで充分らしい。

「僕は青の部屋に閉じ込められる実験されていたんだ、そんなのどうやったって結果は見えてるのに。人間じゃないなら結果は違う筈だって。生き残ったら生き残ったで、壊れて生きているって言われた、おかしいよね」

 ――人間だったら、青しかない部屋に閉じこもると自殺願望を持つという。

「刃鐘さんは、頑丈に作られた扉を壊してまで、きてくれたんだ。あの研究員達が、へこへこと頭を下げて、僕に詫びた。刃鐘さんの権力によって、普段は僕をネズミ扱いしているあいつらが僕を上客扱いしたんだ! 殴って良いかって聞いたら、どうぞって刃鐘さんは許可してくれた。あの時の爽快感っていったら!」

「なぁ――忠臣。あの人、死んでるよな?」

「……兄さんも気づいてたんだ? 僕、聞いたんだよ、刃鐘さんの願いを。だってあの人は恩人だから、大きくなったら叶えてあげようって思って! そしたら――」

 がらっと扉が開く。

 そこには美衣がいて、持っていた習字セットの入った鞄を落としていた。

 茫然としている美衣の姿に、オレ達は目を合わせて閉口していたが、美衣はとんでもない言葉を叫んだ。

「やっぱり……龍臣達は……アタシも君塚刃鐘を知ってる!」

「へ!?」

「うちのお婆さまがずっと探しているんだ――大叔母様に纏わる話もあって」

「……大叔母様って……時代、いくつだ?」

「大正。でもあれだろ、あの人、ずっとガキの姿なんだろ!? アタシ知ってるよ!」

 美衣は女の子だけど、がさつだから、男言葉ばかり話している変わり者だ。

 突飛な話題と、存在にオレらは目を丸くしてしまう。

 美衣の話では伝わりにくかった、美衣は説明とかするのに向いていないタイプで、自分の中にある感想しか言わない子だったから。

「空は何色?」と聞かれれば「水色」ではなく、「綺麗な色」と主観的な言葉を選ぶタイプだ。

「兎に角うちにくれば判るって!」

 今度の休みに、オレと忠臣は美衣の家にお邪魔することになった。




 手土産を持参して、美衣の家に行けば、またオレ達は目を丸くする。

 あの美衣が清楚なピンクの着物なぞ着ているのだ。ピンクの着物を着ている姿は、ホンモノのお嬢様そのもので、オレと忠臣は言葉を無くして目を遭わせた。

 美衣をまた見やると、美衣は笑顔で怒っていた。

 普段見慣れぬ姿を見たから気付くのが遅れたが、道なりにずっと続いていた塀を持つこの豪邸は、美衣の家だった。和風の大豪邸で、中に入れば鹿威しや人工的な池まである。

 あんなに綺麗な錦鯉なんて、初めて見た。

「普段アタシが暴れ回ってること、黙っておいてよ」

 何やら、美衣のお婆さまの前では猫を被っているらしく、事前に普段の振る舞いを内緒にするように頼まれた。

「美衣さんにも弱点ってあったんですね」

「うるっせぇ、忠臣。……お婆さまにだけは、心配かけたくないのよ、っと着いた、この部屋だ」

 美衣は佇まいと、衣服の皺をチェックし、オレや忠臣の衣服も整えようとした。

 少しでも皺が見えたら、びしっと伸ばそうと美衣はオレに近寄ってきて、とても桜のイイ香りがした。あの美衣から女性らしさを感じるなんて、驚いた。

 それは美衣の普段のシャンプーではなく、練り香水だと後から知った。


「お婆さま、お友達を連れて参りました、失礼します」

「足音が大きすぎるわ、美衣さん。もう少し品良くなさい――あら……あの写真の通りね」

「写真?」

 一体何の話だか判らなくて、美衣のお婆さんを見つめるがお婆さんは厳しい目つきのままだ。

 ごほんと咳払いして、美衣のお婆さんは座るように仕草で促した。

「お二人とも、聞きたいことは山ほどあるでしょうけれど、まずしなければならないことがあるのではなくて?」

「初めまして、佐良 忠臣です。今日は宜しくお願いします」

 オレより先に反応した忠臣の回答は、どうやら満点に近い回答らしい。

 美衣のお婆さんはにっこりと笑顔を浮かべて、オレへ視線を向けた。

「あ……えっと……」

「兄さん、ゆっくりでいいんだよ、大丈夫。怖い人じゃない」

「……はじめ、初めまして、龍臣です」

 オレがやっとの思いで挨拶をすると、お婆さんは微苦笑して、ゆったりとした動作で口元を隠した。

「――模範的な回答は忠臣さんのほうですけれども、人間的には貴方のほうが好きね。貴方のほうが、年頃の子供らしいわ。宜しいでしょう、私は白上しらうえ 光香みか。この家を取り仕切っております。お二人とも、どうぞ座って楽にしてくださいね。美衣さん、貴方も」

「光香さん、刃鐘さんについて教えてください。僕らは十八歳になったら、もしかしたらあの人にまた会えるかもしれないんです」

 上手に喋れないオレの代わりに忠臣がまず先に食ってかかった。

 光香さんは瞬いてから、少し目を伏せ。沈黙の後に頷き、ゆっくりと手元にあるセピア色の写真を持ってきた。

 写真には、刃鐘さんらしき人物が映っていたが、気弱で病弱なんだという性質が一目で分かる写真だった。

 隣には、医者らしき人物も写っていた。

「そのお医者様がね、君塚斉きみづか ひとし、刃鐘さんの主治医。もう名字は違うけれど、きっと貴方たちのご先祖様ね。刃鐘さんは本来、白上家に生まれたのですが……馬鹿な当時の当主が、刃鐘さんを跡取りにしたくないからと、殺したの」

「……殺した?」

「……表向きには、という意味でも無いわ。当時の当主が思い詰めて、あの人を殺しました。その当主は裏で裁かれ、刃鐘さんは命を落としました」

 どうしてそんな――言葉を失っていると、自分の最上級のヒーローを汚された想いに、怒った忠臣が光香さんを睨み付ける。

 忠臣の敵意を察した美衣が、咄嗟に大事な宝物を穢された反応をして怒鳴る。

「お婆さまが殺したわけじゃねぇよ!」

「美衣さん! 言葉遣い!」

 じろりと美衣だけを睨む光香さんの瞳は、迫力があって、姿勢をぴしゃりと正した美衣につられてオレも背筋を伸ばした。

「はい、お婆さまッ! ……当時の当主が、刃鐘さんを病弱で跡取りが務まらないだろうから、次男に任せたいって白上家を思って、殺したので御座いますわよ。うちは長男が跡取りと決まっているから」

「それでも殺した事実は消せない、刃鐘さんは苦しんでいる、今も死んでいる……! 刃鐘さんの願いを知っているか!? 貴女たちは刃鐘さんの願いを知らないでしょう!? 誰も知ろうともしない、そんな貴女の家が憎い……」

「――ひとつは、知ってますよ。最初に刃鐘さんを見つけたのは、君塚先生。君塚先生が死んだ刃鐘さんを引き取ったから、君塚斉の家系を代々守りたいという想いを持ったと言う過去。その為に、刃鐘さんは死んだ後に、君塚を名乗るようになりましたから」

 飄々と悪びれもなく、事情を説明し続ける光香さんに、忠臣は耳を塞ぎ首を左右に振った。大人びた忠臣にしては幼い仕草だ。

「……僕、帰る」

「人の話は最後までお聞きなさい。貴方が本当に、刃鐘さんの願いを知っているのなら、この家の資料を利用するという手段は思いつかないのですか?」

 光香さんの言葉に、忠臣は目つきを緩めて、一人思案を巡らせ黙り込む。

 オレは、刃鐘さんの願いを知らないからどうすればいいのか判らなかった。

 ただ、このお婆さんに聞いても良さそうだと思ったので、尋ねてみる。

「お婆さん、ファージストって知ってる?」

「――ええ。うちの娘は白上の家系だから、貴方のような目には遭ってないけれど、どのような実験をされるか、は。龍臣さんは今お幾つ?」

「十才」

「では、あと八年後ね。あと八年後に、世界は激変するわ」

「――……ファージスト、って何?」

「貴方は万能薬を絶対貰えない代わりに、世界の真実を知る権利を手に入れる、と言えばいいのかしら……。詳しい事情はね、言えないの。ごめんあそばせ」

「万能薬?」

「あと八年経ちゃ判るこったよ、それまでに手を尽くしゃいいんだよ、アタシらは」

「美衣さん!」

 光香さんが静かな声で叱りつけると、美衣は背筋をぴしっとして姿勢を正した。

「はい! ……と、兎に角、あたくしも刃鐘様をお捜ししたいのです。ですので、この家の資料を貴方に提供するので、貴方の家系も手を貸してくれませんこと?」

 オレは素直に頷こうとしたのだが、それよりも前に忠臣の瞳が光る。

「刃鐘さんはこの家には無用の筈だ、見つけてどうするんですか――?」

 忠臣の言葉に、光香さんは美しい微笑みをゆったりと浮かべて、傍にある写真立てに手を置く。

 写真立てには美女と、若い男性が緊張しながら写っていた。

「個人的に、謝りたいのと――美衣さんについてお話ししたいだけです。この家にとって忘れたい事実ですからね、私が動けばこの家は大きく騒ぐし目立つ。けれど、友人として遊びにきた貴方たちが偶々、君塚さんのご子息で、偶々興味が出てしまうのはしょうがありませんものね? ご先祖様のお話ですから」

「……とんだ狸婆さんですね。好き勝手に情報を提供する理由まで、しっかりと練ってある」

「貴方こそ、聡明なセカンドですこと。龍臣さんではなく、貴方がセカンドであって宜しかったと思いますわ。話が早くて助かります」

 忠臣は光香さんをじっとりとした睨みを向けて、ふいに顔を反らす。美衣に付き添って貰い、資料が詰まっている書庫へ忠臣は向かったが、オレは光香さんが気になりそのままそこに残る。

 光香さんは、いつまでも動かないオレを不思議に思ったのか、微苦笑を浮かべた。

「――まだ何か、判らないことでもありますか?」

「セカンド、ファージスト」

 言葉を選んで悩んでいると、光香さんはオレの聞きたい話を察して返答する。

「そうね、それらの名称は、刃鐘さんの心情を知る権利を持つ、代表者みたいなものかしら。刃鐘さんの心を知るか、世界を手に入れるか――」

 ――世界を手に入れる? どういうことなのか、気になったが、ソレよりも先に聴きたいことが出来た。

「……美衣は?」

「あら、聡い子ね、貴方も。あの子も――ファージストよ、手は出させなかったからあの子は知らないけれど。ファージストは、世界中で貴方とあの子だけ。だからね、美衣さんと貴方は同じ景色が見られるの、この世界で唯一人の理解者といっても過言ではありませんわ」

 あんながさつな女の子が理解者なんて嫌だ。

 どうせなら、忠臣のほうが同じ家系だし、同じ性別だし、話しやすいのに。

 となると、あの建物で騒がれてたセカンドは忠臣のことだったのか。

 オレは、幼い頃救ってくれた死者を思い出して、一人切なくなった。

「龍臣さん、十八才になったら、ファージストの意味と塔の意味を、知ることになるわ」




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