おばあちゃんの家
家を出てからどれぐらいだろう、長い間バスに揺られていた。
14時か……それにしてもこのバス俺以外誰も乗ってないじゃん。
文江おばあちゃんの家に行くと決めてから三日が経っていた。
はぁ、帰りたい、前から何かを決めるとき半ば投げやりに決めて、後から断ればよかったと後悔することが多々ある、あんまりしつこく言われると嫌気がさすから。今回もそれだ。
次は淵ヶ島、淵ヶ島です。
やっと降りれる
アナウンスがあってから10分ほどでバスは止まった。
「うわ……」
不意に声が出た、見渡す限りの山と田んぼ、ぽつぽつとある民家、聞こえるのはセミの声、都会ではよく聞こえていた車のエンジン音は今乗っていたバスの音のみ、
「あんまり記憶ないが、こんなにも田舎だったのか」
健斗はポケットから携帯電話を取出し、父に電話でこの後どうすればいいか聞こうとしたが、
「えっ!?携帯の電波飛んでないじゃんか!なんだここ!」
どうすればいいんだ、おばあちゃんの家の場所はわからない、それに電波がないなら携帯のゲームも出来ない、あのゲームイベント中だったのになどと考えていると、
「健斗君?」
と、背後から呼ぶ声が聞こえた。声の主を確かめようと後ろを振り向くと、白いワンピースを着たロングヘアーの女の子だった。
「えーと、健斗くんだよね?私は白石美夏、健斗君のおばあちゃんに頼まれて迎えに来たんだよ」
白石美夏と名乗る少女は案内するねと、言い歩き始めた。
「大丈夫疲れなかった?」
「うん……」
少し素っ気なかっただろうか、でもそうじゃない
恥ずかしかった、先ほど電波が飛んでないとうろたえていたのを見られたのではと思ったから。
だが、美夏は気にしていないようで笑いながら話をつづける。
「確か、健斗君は六年生だよね?このあたり田舎だから、同い年の子がいなくて、一番近いのが一つ下の子なんだ」
それはほとんど同い年と変わらないんじゃ、と思ったが言ったところでどうにかなるわけでもないので別の質問をした。
「白石さん、この……」
と言いかけたところで美夏が話を割って、
「美夏でいいよ」
女の子の名前を呼ぶのは少し恥ずかしかったが、変に意識していると思われたくないから
「わかった、美夏この辺には美夏のほかに何人ぐらい子供がいる?」
と、自然にふるまった。
「んーと、私を入れて四人かな。あっ、後高校生のお兄さんが一人いるぐらいだよ」
「ふーん」
こんな田舎でも何人か子供がいるんだ等と考えていると、
「明日ひまだよね、一緒に遊ばない?そのとき健斗君にみんなを紹介してあげる」
「ひまじゃないから、紹介してくれなくていいよ」
やることはなかったが、どうも面倒だ。
「そんなこと言って、なにをするの?」
「別に、携帯でゲームするだけだよ」
「電波飛んでないよ?」
忘れていた、ここで携帯は使えないんだ。携帯があるからと思っていたので、携帯型のゲーム機は持ってこなかったんだ。もちろんおばあちゃんの家にゲーム機なんてないだろうし……と黙っていると
「明日、おばあちゃんの家に健斗君をむかえにいくね」
美夏と遊ぶしかなかった。一日中一人でゲームもなく暇をつぶせるアイデアなんて思いつかないから。
それからしばらく歩くと坂道が見え、その上に大きめの門が見えた。ここからではよく見えないが、門の奥に家があるのが確認できた。
「ここがおばあちゃんの家?」
美夏に尋ねる。
「そうだよ?前に来たこと覚えてないんだ」
どこか悲しそうに美夏が答える。
「うーん、そうだな、ほとんど記憶にないな」
「そっか……もうここで大丈夫だよね?また明日迎えに来るから」
そう言い終わると、美夏は走って行ってしまった。
なんだ急に、変なやつだなそう思いながら坂道を上り、門をくぐった。門の中はそれなりに広い庭があった。キョロキョロしながら玄関まで歩いているとふいに声がした。
「もしかして健斗君か?こっちに来てくれ」
声のした方を見るとそこには、やせ気味の高身長の男が笑いながら、手招きしていた。
「これ見てよ、トマトもうすぐ収穫なんだ」
男が見せたのはトマトがなっている小さな畑だった。
「トマトは好き?いや子供はトマト苦手かな?あぁ、ごめん、ごめん自己紹介がまだだったね、僕は君のお父さんの弟の孝明、健斗君からすると叔父さんになるのかな」
父さんと違ってぐいぐいと話してくる、けど、どこなく目元かな?父さんに似ているな。
「覚えてないか、前に会ったのは君が小さいころだったからね、あれ、美夏ちゃんは?一緒じゃなかったのかい」
孝明おじさんが不思議そうに聞いてきた。
「あ、はい、坂の前まで一緒だったんですが、急に帰っちゃって」
そういうと、ふーんとおじさんはいい、
「よし、中に入ろうか、健斗君荷物を持とう」
おじさんはそういい俺の持っていたカバンを肩にかけ、玄関の戸を開け中に入っていった。
玄関を上がったすぐのところに途中で一回曲がる折れ階段があり、孝明は階段を上っていく、二階には階段からまっすぐに廊下が伸びており、扉が左に一つ、右に二つ、突き当りにもう一つあった。おじさんは突き当りの部屋に入り、健斗も続いて入った。
「ここが君の部屋だよ、荷物の整理が終わったら、適当に降りておいで」
おじさんは荷物を置き、部屋を出て行った。
ふう、改めて田舎に来たんだな。もう一度携帯をみるがやはり県外のまま、ここで残りの夏休みを過ごすのかと思うと憂鬱になるばかりだ。
少ししてから部屋を出た、階段を降りたところで話し声が聞こえたので、声の方に向かった。
「降りてきたね、母さん健斗君だよ」
「健斗久しぶり、大きくなったね、美夏ちゃんは?」
八十歳前後だと父さんに聞いていたが年相応の見た目と、見た目と違ってしっかりとした口調では話すこの人が文江おばあちゃんだな。
坂のところで別れたと伝えた。
「そうかい、あんたが来ると話したら自分が迎えに行くって言ったから、てっきりそのまま遊ぶのかと思ったんだけどね」
少し間が開き文江おばあちゃんがパンと手を叩き健斗に提案してきた。
「健斗を案内してくれたお礼にうちの畑で採れたスイカを美夏ちゃんに届けてくれないかい?」
面倒だがけど、俺の事だし仕方ないか。そう思い健斗は渋々承諾した。
「美夏ちゃんの家はね、この家の前の坂道を降りて、まっすぐ行くと道にお地蔵様が置いてある、その道を曲がり進むと右手に公園があるんだよ、その公園を右に曲がると民家が何軒かあるから、白石って表札がある家が美夏ちゃんの家だよ」
文江おばあちゃんが説明してくれたその道はさっきに通った道だが、地蔵なんてあったか?まぁ行けば分かるだろ。
少し前に通った道を戻りながら地蔵を探していた。スイカは予想より重く健斗は軽く汗をかいていた。
「もしかして地蔵はこれか、そこを曲がるって……この道か、でもこれってあぜ道ってやつだよな」
通ってもいいのか、と思いながら歩いているとやや広めの道につながっており、そしてその向こうに公園もみえていた。
公園を右に曲がると民家があり美夏の家もすぐに見つかった。田舎とはいえ、美夏の家を含め周りの民家は瓦屋根でできた普通の家だった。
「しかし、ここまで来たが周りを見渡しても店のひとつもない」
袖で汗をぬぐいながら、一息してから美夏の家のチャイムを押した。
はーい、と声が聞こえるとすぐに足跡が聞こえてきた。
「あっ、健斗君……」
出てきたのは美夏だった。
「これ、ばあちゃんから、お礼だって」
そう言って運んできたスイカを美夏に渡すと、美夏は「ありがと」っと微笑み、奥に消えて行った。スイカを台所にでも持って行ったんだろう。
「ねえ、お茶でも飲んでいかない?」
美夏の声が奥から聞こえてくる。
「いや、いいよ遠慮する」
そういい玄関から出てておばあちゃんの家に帰ろうとした。少し進んだところで後ろから、玄関の扉を開ける音がした。
「待ってよ、帰るんだったら公園まで私もついていく」
美夏はあわてながら靴を履いて、小走りで近づいた。
「ねえ、本当に覚えてないの?」
乱れた髪を手で直しながら、少し不安そうに聞いてきた。
「この辺りも来たことあるのかもしれないけど、小さいころだったし今はよく覚えてないな」
俺がそういうと、美夏はガッカリした顔を一瞬見せたように思えたが、なにも言わずに横に並んで歩きだした。
二人の間に無言の時間が流れた。なにか喋ったほうがいいのか、それとも……などと悩んでいると、公園が見えてきた。
「あのさ、この張り紙ってどういうこと?」
公園の入り口にある掲示板の張り紙を指して美夏に聞いた。
「これ、このあたりをダムにするって話だよ。詳しくはわからないけど……」
気まずくて適当に振った話題だったので、何の話か分からず、確認するために張り紙をみた。
その張り紙には淵ヶ島村、ダム化計画反対運動と書かれていた。
「ダム化ってこの村なくなるの?」
美夏は少し困った顔をして話始めた。
「さっきも言ったように、詳しくはわかんないけど、市長さんがこのあたりをダムにするって提案したんだけど、村の人たちが反対して、今のところ計画は中断されたままだってお父さんは言ってた」
「なるほど」とうなずき、住んでるところがダムになるなんて都会で暮らしてる俺には想像できないなぁ、なんて考えていると、
「この村がどうなるのか私にはわからないけど、こうしてまた健斗君に会えたのがうれしいよ。それじゃあ明日おばあちゃんの家に行くね」
そういうと美夏は手を振り、走って帰って行った。
えっ!?と驚き、会ったことがあるのか?と聞こうとしたが、美夏は向こうの方まで行ってしまった。
無意識に空を見上げた。
「また会えた……前に会ったことがあるのか?」
ぽつりとつぶやき、思い出せないんだから気にしても仕方ないと、おばあちゃんの家に歩き出した。
夕焼けに照らされた田んぼや山などの風景はどこか懐かしく、温かく、それでいて少しの悲しさを含んでいるように感じた。
坂道を上り玄関を開けると孝明おじさんに、もうすぐ夕飯だから下の部屋で待っててと 言われたので手を洗い、リビングで待つことにした。
ほどなくしテーブルの上は料理に埋め尽くされた。
「いっぱい食べてね、この野菜は全部うちで作ったんだよ」
孝明おじさんはうれしそうに健斗に話しかけた。
「いたただきます」
野菜はそれほど好きではなかったがせっかくなので食べることにした。食べてみると案外おいしい、川で捕れたと言っていた魚もぺこぺこのお腹には最高級の魚に感じた。
おじさんはビールを飲みながら、おばあちゃんと野菜がどうだとか、甲子園がどうのなど話していたが俺には、いつしか心地よい子守唄に聞こえたいた。
ゲームはない……店もおそらくない……明日からなにするんだ……明日は美夏と遊ぶんだったかな。
考えてるうちに、俺はそのままリビングで寝てしまった。