始まり
東京に住んでいると、不意に思い出す、故郷の田舎の事を。
あそこは何にもなかったな、でもこっちには無い何か、そうなんとも言い難い何かがあった。そう思ったのはある夏の事だった。
「健斗、少し来なさい」
「なに、父さん」
呼ばれて息子の健斗は嫌そうな顔をしながらリビングに降りてきた。まあいいさ、いつもの事だ。
「健斗、小学生最後の夏休みだろ、友達とあそびに出かけたりしないのか?」
「別に……」
まったく、こいつは大物女優か。
私には不安があった、息子の健斗の事だ。この頃、といっても二年ほど前ぐらいかな、健斗は家の中で引きこもりがちになった。学校には行くのだが帰ってきたら部屋でゲーム、私の子供の頃では考えられない。
「文江おばあちゃんは覚えているか?」
健斗に尋ねる。
「あんまり覚えてない」
そうだろうな、適当に答えてるだけかもしれないが、実際覚えてなくてもおかしくは無い。あれはまだ健斗が五歳ごろに一度だけ連れていったきりだからな。
「残りの夏休み、おばあちゃんの家に泊まりに行かないか?」
私は少し間を置いてから話した。
健斗は学校での成績は優秀だが、遊びの成績は私に言わせれば赤点だ、無論世の中移り変わりはある、だからこそ忘れて欲しく無い事もある。それを健斗には学んで欲しかった。
「え、宿題もあるし……行きたくない」
嘘をつけ、お前が毎回夏休みなどの宿題は貰ったその日か、遅くてもその週には終わらせてるのを知っている。だが、それを追求しても仕方ない。
「宿題なんておばあちゃんの家でやればいいだろう?おばあちゃんに顔を見せてやれ」
「わかったよ」
健斗の性格は知っている、あんまりしつこく頼まれると面倒くさくなって折れるのを。
父さんは行かないの?と書かれたが仕事あるので行けない、そう伝えた。事実だし、何年も帰れないのは故郷は遠いし、急に仕事が入っら可能性もあるからだ。
い……れ…だ
「何か言ったか?」
私の声が聞こえてないのか、健斗はそのままリビングを出て行った。健斗が自分の部屋に行く時何か言っていた気もするが気のせいだろうか?