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魔法使いになりたい四十路とお手伝い君。

作者: サンバ野郎

もしかしたら続くかも……。

今書いている作品の息抜きに書いた作品です。

コメディは、書いてて楽しい!

「旦那様~。こんな感じでいいですか~?」

「あ~、もうちょい右。ああん、いきすぎいきすぎ。って駄目だよそんなに左に寄っちゃったら~。最初と同じ位置じゃんそこ~。もぉ~、マー君はぶきっちょさんだなぁ~、はっはっは」

「旦那様、クソ腹立つんで帰っていいですか」

「ちょ、待って!? 謝るから! ごめん!」

「誠意」

「は?」

「誠意が足りない」

「……後でアイス奢ってあげるから」

「ありがとうございます旦那様。この辺でいいですか?」

 僕の名前は、桐ケ谷政弥。3年ほど前に両親が多額の借金を残して夜逃げした。そんな両親を殺すことを夢見る14歳。少し不幸な人なら、こんな人もいないことはないだろう。というか、もしもこれがフィクションの世界なら、むしろありふれている話だと思う。問題はそれが現実だということなんだけどね。

 そんな、アバンギャルドとは対を成す人生の僕が、今何をしているかと言えば、眼前で鬱陶しいくらい不貞腐れた表情の変態……ではなく僕の雇い主の手伝いをしているのだ。

 彼の名前は、六馬村和重。親に捨てられ、路頭に迷っていた僕を雇ってくれた恩人だ。そして変人だ。本人は魔人になりたいようだが、よくて奇人が限界だと思う。

 彼は今、真っ黒なローブに身を包み、妙に繊細に作りこまれた六芒星のネックレスを首から下げている。

 そして右手には杖をもち、先ほどの僕の言葉が原因なのか、顔面を醜く歪ませながら不服そうにこちらを睨みつけている。

 この姿を聞いただけでピンとくる人もいるだろう。そう、彼は魔法使いなのだ。

 正確には、自分を魔法使いの末裔だと信じているかなり痛いおっさんなのだ。

 四十路も間近にせまった人の、こんな姿を見せつけられる僕の気持ちがわかるだろうか。

 初めこそ、きっと新参者の僕に気を使って夢のあるお話を、少し行き過ぎた形でしてくれているのだと思った。

 しかし、一か月たっても変わらず、不振に思い。半年経った頃には「この人やべーんじゃねーの」と思い。一年たつ頃にはもはや嫌悪感しか湧かなかった。

 いくら恩人と言えども。いや、恩人だからこそだろう。どこか、『頼れる大人』のイメージを抱いていた小学生の僕は、無残にも『大人になれなかった大人』という今日日、珍しくもない現実を突き付けられたのだった。

 親に近い年齢ということもあり、勝手に彼を信頼していた僕は、ひどく困惑した。そして全てを受け入れた時、僕は、少しだけ大人になれたような気がしたのだった。

 一時期は舌を噛み切りたくなったこともあるが、今では、身の回りのお世話に加え、魔術の特訓も仕事の内と割り切れるようになった。

 そう、これは仕事なのだ。給料をもらっている以上、果たさなければならない業務なのだ。全てはクソ親の残した負の遺産を何とかするための仕事。なんで神様は、僕の人生をこんなハードモードにしたんだろう。前世は殺人鬼か政治家だったのかな?

 あうぅ、胃が痛い。転職しようかな。そもそも、中学生って住み込みで働けるのかな。体が辛くてもいいから、笑顔が絶えない職場で働きたい。

「ああ、そこそこグッドグッドだよマー君!」

 リュートを持つ道化師のような顔の旦那様。見てると無性に腹が立つ。なんでだろ。なんであんな顔できるんだろ。

「グッドグッドってなんですか。大事なことだから二回言ったんですか。死んでください」

「なんで!? マー君、君ちょっとすさみすぎじゃない!? せっかくの夏休みなんだからもっと楽しまなきゃダメだぞ! フォーティーンの夏は今年しかないんだ!」

「毎年夏は一回こっきりですよ。しかも、その貴重なフォーティーンの夏休みに、こんなことに付き合わされている僕の身にもなってくださいよ、旦那様」

「まぁまぁそんなこと言わないでさぁ~。これもお仕事じゃないの~」

 空は快晴。旦那様の無駄に豪華な家の無駄に広い庭で、僕は深緑の葉が生い茂るミズナラの木に、大小さまざまな円形の的を吊るしていた。

 なんでも、旦那様の魔法の特訓で必要なんだとか。内心、またかよこのおっさんめんどくせぇ、とか思ったがこれも仕事である。割り切りがこの仕事の最も重要なスキルなのだ。

 でも、朝5時に起こされたのは素直に腹が立った。目の前を歩く旦那様のローブを踏んずけてやった。こけた時の、『ムギィィィィ!』という、あまりにも無様な悲鳴にさらにイラっときた。

「ふあぁぁ。とりあえず僕、休憩してていいですかね。家で」

「ダメだよ!? 休憩はいいけどちゃんと見ててよ! 私寂しくて死んでしまう!」

「あはは」

「なんで笑ってるの!? いいから見ててよ、頼むからぁ!」

 旦那様の眉根が急降下した。株なら大暴落である。僕の精神力もぐんぐん下がり気味だ。

「わかったんでその顔やめてくれませんか。同情が一周回って非情になりそうです」

「よし! がんばるぞぉ~!」

 旦那様は絵文字みたいな満面の笑みになった。

 どうしてこの人はこんなにころころと表情が変わるんだろう。今時小学生でもこんなに笑ったり泣いたりしないよ。

 というか嫌だよ。なんでおっさんの笑ったり泣いたりする顔をみなきゃならないんだよ。

 もっと毅然とした態度取ってよ。

 僕の届かない思いなど、きっと微塵も感じ取っていないであろう旦那様は、懐に手を入れて、何かを取り出した。

 よくみるとそれは、銀色のオイルライターと殺虫剤である。

「ふおおおおおお! 燃え上がれ我が魔力! 混沌の火柱カオス・オブ・フレイムタワー!」

 旦那様は目をかっと開き、オイルライターに火をつけたと思ったら、すかさず火に向かって殺虫剤を噴霧した。

 殺虫剤によって火は大きく燃え上がり、さながら火炎放射器のようである。

「旦那様~。火柱って横に立つもんなんですか?」

 真横に伸びた火柱は、的をあぶり、焦げ目をつけていた。

 三つ全部に焦げ目をつけて、旦那様は満足げに火を消した。

「ふぅ~。ん? 今なにか言ったかな?」

 どうやら聞こえてなかったみたいだ。

「いえ、なにも」

 面倒くさいので、言わなかったことにした。

「またまた~。いいんだよ恥ずかしがらなくったって~。ほらほらなんでも聞いてごらん? 質問することは恥ずかしいことじゃないんだよ?」

「ウザ! その言い方めちゃくちゃウザいですよ旦那様!」

「ほらほら~」

 ほらほら言いながら近寄ってきた。

 よく見ると顔中が汗まみれでキモい。それもそのはず、こんな真夏に真っ黒なローブに全身を包んでいたら暑いに決まってる。しかも、先ほどまでお手軽火炎放射を放っていたのだ、旦那様の周囲は熱気が立ち込めていることだろう。

 ちなみに、僕は、半そでのTシャツにハーフパンツだ。それでも、じっとりと背中が汗ばんでいるのだから、あのローブの下はきっと地獄絵図だろう。熱湯地獄の方がマシなレベルに違いない。

 同じ苦痛でも、精神的にはただ熱いだけの方がいくらか救いがある気がする。

「あの、それ以上近づかないでください。キモい」

「キモ……!? ちょ、ど、どこが!? どこがキモいの!? ねぇ!?」

「その執拗に自分のキモい部分を知りたがるところとか。汗とか。服装とか。声とか、あとは……」

「全身じゃないそれ!? 死ねというの私に!」

 僕はなにも言わなかった。否定も肯定もせず、ただじっと旦那様を見つめた。

 だらだらと流れる汗。暑さからか、どんよりと曇った瞳。見ているだけで気温が二度は上がりそうな黒いローブ。

 僕は耐え切れず、目を背けた。

「否定してよぉぉぉ! せめて、『いえ、そこまでは……』くらい言ってよぉぉぉ!」

「あーもー、ウザキモい! 僕もう家に戻りますからね! あんな無駄に広い家、霧江さんだけに任せたら大変ですし」

「ああん、私も帰るから! 置いてかないで! ……ムギィィィィ!」

 どうやら慌てて追いかけたから、旦那様は転んだようだ。 

 背後から聞こえる無様な悲鳴にイラっとした。普段なら振り返って、様子くらいは確認するところだが、暑さとウザさに心を蝕まれた僕は、無視して家に向かった。

「マー君! ごめ、助けて! 起き上がるとき膝で踏んじゃって一人じゃ起きずらいの! マー君? マーくぅぅぅん!?」 

 ぶ! っと音がした。

「ああん、力みすぎて屁がでた……」

 関係ない話だが、ミズナラの別名はオオナラというらしい。そのことが頭によぎった瞬間、誰でもいいからぶん殴りたくなった。

 これが、僕と旦那様の日常である。こんな平和な毎日が、いつまでも続いてほしくないな。いっそ空から魔王でも降りてくればいいのに。そんな、叶いそうもない夢を見る14歳の夏なのであった。


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