エピローグ
「ふわ~ぁ」
対抗戦から二日経ち、今日の講義と用事も済んだので自室へ帰る。
「まさかこんな時間まで残されるとは」
腕時計を見る。
「正門も空いてないだろうなー」
栗色のポニーテールに手をやって、いつもの抜け道から帰るかなと思案する。
薬草園は夕暮れの光で満たされていた。その奥、茂みに足を踏み入れる。
「ん?」
様子がおかしい。どうやら先客がいる。木陰から覗くとそこには背が高めの女性がいた。白いローブを着て、美しい長髪の先を結わえている。
「あっちゃー、仕方ない」
小声でそう言いUターン。しかし、小枝が足の下で悲鳴を上げた。
「誰ですか?」
やっべ、やらかした。バレたら仕方ないとおずおずと木の陰から出る。
「さーせん、黒魔法クラスのケイトです」
「ん?第四試合の子ね?」
そこには見覚えのある顔が立っていた。私の試合を見ててくれたのか、と思いつつ首肯する。
「初めましてかしら、第五試合に出てたシャーリーの母親です」
あ、シャーリーに縛られて口塞がれた人だ、と失礼なことを思った。
なんか気まずいなぁ、と思っているとシャーリーの母が口を開いた。
「マギー先生は元気?」
「え?まぁ、元気なんじゃないすかね」
マギー先生て誰?と思ったがよく考えたら担任の名前だった。
「知り合いなんですか?」
「そうね、多分」
シャーリーの母親はそう答えた。
「私も彼女もここの卒業生でね、彼女はとても成績が優秀だったの」
まぁ、先生になるくらいだしなぁ。
「どれくらいですか?」
「彼女が学年1位で私が2位」
住む世界が違うと思った。へー、あの老婆すごかったんだ。
「いつも負けてて悔しかったわ。だから一生懸命勉強して、学会発表とかもして。そして私は白魔法業界の権威と呼ばれるまでになったわ」
シャーリーもすごいけど母親もすごい人だなぁと人並みのケイトはそう思う。
「見返してやるって思ってたら彼女、学園の先生になってたの。そしたらなんだか、自分は何やってたんだろうって思って」
なんとなくだが気持ちはわかる気がする。肩透かしを食らったような気分なんだろうな。
「で、娘に思いを託したの。私の出来ること全てやって、彼女の生徒に負けないように成長させたの。」
「もしかして合同演習の話を持ち掛けたのって」
「そう、私よ。でも、シャーリーに酷いことしてきたなって気付かされる結果になったわ」
シャーリーの母親がケイトに向き直る。
「私って悪い母親かしら」
問われて困る。すごい困る。人の家の事情だし。
「別に遠慮しなくていいわ、あなたの意見が聞きたいの」
え?遠慮せず言って良いって?本当ですか?
「傲慢にも程がありますね」
「バッサリ言うわね……そういうの嫌いじゃないわ」
シャーリーの母親はケイトにそう言うと話を続ける。
「娘に嫌われちゃったかしら」
「そこはわかんないです。でも、シャーリーは不満はあるだろうけど、解ってくれる良い娘だと思いますよ」
本心からの言葉を口にする。
「そう。そう言ってくれると気が楽になるわ」
シャーリーの母親は微笑んだ。
「ところでなんでこんなところにいるんですか?」
冷静になると、なんで白魔法の権威がこんな薬草園の外れの茂みにいるんだよと思った。
「ここね、思い出の場所なの。夜遅くまでマギーと二人で勉強してたら正門が閉まっちゃって、そうしたらマギーがペンチ持ってきてここの金網を……直すのは私の役目だったわ、いつか面倒になってやめたけど」
シャーリーの母親が抜け道を塞ぐベニヤ板に手をやると、彼女の指先へと微々たる魔力が伝わった。その正体を母親はよく知っている。
「ふふ、ははは」
「ええ……」
突然ベニヤ板に触れたシャーリーの母親が笑いだしたのでケイトは引いてしまった。
「ど、どうしたんすか」
「いや、やっぱり親子なんだなって」
シャーリーの母親は懐かしむよう微笑んだ。
「長話に付き合わせてしまったわね。ごめんなさい」
シャーリーの母親が詠唱すると魔方陣が現れた。
「学生寮の正門前行きよ。乗れば転移するわ」
「いいんですか?ありがとうございます」
歩を進め、魔方陣に乗る直前。ふと、疑問に思う。
「マギー先生と同級生なんですよね」
「そうよ」
「……失礼とは思いますが何歳ですか?」
「42」
「……は?」
魔方陣による転移に間の抜けた声が上乗せされる。目の前には黒魔法クラスの学生寮、ポニーテールが揺れる。
「嘘でしょ?」
今日一番の驚きであった。
老婆、まさかの42歳に驚きを隠せないまま自室へ戻る。ドアノブに手をかけたとき、話し声に気づく。ネクしかいない筈なのだが。取り敢えず聞き耳をたてる。
「よくも負けてくれたわね」
「……ごめんなさい」
「はーっ、まぁ次があるなら頑張りなさいよ」
足音が近づく。ドアから離れる。部屋から出てきたのはメアリーとその取り巻きたち。思わずケイトはまじまじとその顔を見る。
「……何よ」
「いやー、メアリーさんも可愛いところあるんすねと」
ふん、と鼻を鳴らしたので、
「次があるならもっと素直になりなさいよ」
「ちょ、聞いてたの!?アンタ!!」
自室へ逃げるように入る。鍵を後ろ手で閉めてやる。
「あ、ケイトお帰り」
ベッドの上には親友の姿。ローブではなく淡い色をしたパジャマに身を包んでいる。
「どうよ調子は」
鞄を机に置きつつ話しかける。
「うん、明日からまた学園行けるって先生が」
「ほー、そっか」
対抗戦の後、ネクは魔力を使い切ってしまったので休養期間をとるよう指示された。
「シャーリーはもう復学してるのになぁ」
今日も学園に行けなかったと残念がるネク。私は時には休みたいよ。
「あの娘はアンタと出来が違うのよ」
椅子に腰かけて肩を揉む。肩凝りひどいなーアタシ。一息ついて、キッチンに移動して食事の準備に入る。
「ノートとってくれたー?」
隣の部屋からネクが話しかけてくる。
「おー、鞄に入ってるからご飯できるまでに写しといて」
「わかったー」
ごそごそと鞄をまさぐる音。
「そういやさー」
「うーん」
「マギー先生って42歳らしいよ」
隣部屋からノートの落ちる音が聞こえた。
翌日、昼休み。復学したネクと中庭のベンチで昼ごはん。
「ひどいや」
「いやー、メンゴ、メンゴ」
「なんで皆にずる休みとか冗談言ったのさ!!ちゃんと寝てたのに!!」
ネクがぷんすか怒ってくる。
「いや、面白いかなって」
「私の身にもなってよ~」
クラスの皆から弄られるネクはちょっと可愛かった。なんだかネクに対する皆の態度も対抗戦以来、変わったように思えた。
「ご機嫌よう」
「あれ、シャーリーじゃない」
気が付くとシャーリーが近くに立っていた。
「ネク、具合はどうですか?」
「うん、もう平気。シャーリーも元気そうで何よりだよ」
ネクが嬉しそうに笑う。
「昼ごはん、ご一緒しても?」
「勿論いいとも」
ケイトが一人分の席を空けてやる。そこにシャーリーが収まった。
「「「いただきます」」」
三人揃って昼ごはんのホットドッグに手をつける。一口食べたネクがシャーリーを見て驚愕する。
「シャーリー、それって……」
「ええ、ケイトさんがオススメした。なんでしたっけ、ハバネロ?でしたっけ」
シャーリーはそれを汗一つかかずに涼しげな顔で食べている。
「お、良いセンスしてるじゃん。美味しいよねこれ」
「はい、ピリッと来る辛さがまた……」
ネクはそれを食べる二人を見ているだけで汗が止まらなかった。
「お、いたいた。若い衆」
中庭の三人に先生が寄ってくる。取り敢えず三人とも会釈する。
「話があってね。いやー、ネクとシャーリーには面白いものを作ってもらったよホント」
「エクスカリバーの話ですか?」
老婆は話が早いと続ける。
「アーサーとか白龍は消えちまったけどあれだけが残っている。おそらく黒と白の魔法が絶妙なバランスを保って存在しているんだろうね」
「あの子なら呼び出せますよ」
シャーリーが構えて詠唱すると小さな白龍が出現した。傷は既に癒えて元気に足下をぐるぐるしている。
「ああ、でも魔力が切れれば消えちまう。あの剣にはそれがないんだ。実のところなんもわかっちゃいないんだ。セーラにも頼んだんだがね」
「セーラ?」
ネクは首をかしげる。
「母ですか?」
シャーリーが声を返す。
「ああ、でもなんか剣に触れた途端にどっか行っちまってね。何があったんだか」
ケイトはそれを聞いてなんとなく察した。きっとシャーリーの母親に対する思いを剣に触れたときに感じ取ったのだろう。でも、こういうのは話すのは野暮だと思って黙っていた。そんなことより。
「先生、セーラさんから42歳って聞いたんですけど」
シャーリーも目を丸くしている。そうなるよなぁ。
「なに話してんだい、確かにあたしゃあ42だよ」
「なんでですか?」
シャーリーが聞く。
「この格好でいるとね、皆親切にしてくれるからだよ。席とか譲ってくれるし」
「せこい……」
ネクがボソッと呟いた。
「試しに元の姿見せてくださいよ」
「そんなもの見て何が嬉しいんだい、ケイト。まぁいいか、ほい」
突然、目の前の老婆が爆発と共に煙に包まれた。煙が晴れるとスラッとした長身にロングの黒髪。黒の改造済みのローブは上半身を美しく覆い、短めのスカートから伸びるのはストッキングに包まれた足。モノクルをかけた女性が出てきた。42にしては結構な若作りであるとケイトは思った。それに、
「めっちゃ美人の部類じゃないですか」
「スゴーい!!」
ネクとシャーリーは口に手を当てて驚いている。
「そうだろ、そうだろ。学園一番の美人で有名だったんだよ、アタシ」
目の前の先生は姿に似合わない嗄れた声で答えた。
「へー、じゃあ二番目は?」
興味本意でケイトは聞く。
「セーラ」
「ですよね」
ネクとシャーリーはキョトンとしているが気にしないでおく。
「折角だから記念写真撮ろうよ!!」
ネクがそう提案する。
「カメラないけど」
「大丈夫!!せりゃ!!」
ネクが勢い良くポケットから杖を取り出し空に魔方陣を描く。破裂音が鳴り、煙が渦巻く。
「パシッ!!パシッ!!」
煙の中から現れたのは大きな一つ目をした球体の魔物。瞬きの際に謎の機械音がする。
「いつの間にこんな魔物を呼び出せるようになったのよ……」
ケイトが軽く引いていると、それを意にも介さずネクが位置の調整を始めた。
「老婆の写真撮って何が楽しいんだか……」
「その姿、珍しいんでいいじゃないすか」
「シャーリー、もっと真ん中に寄って!!」
「こ、こうですか?」
シャーリーは腕に白龍を抱いている。
「それいいね!!私もそうしよう!!」
ネクは魔方陣から布を被ったような魔物を一匹召喚して抱く。
「じゃあ10秒後にセットして……OK、いくよー!!」
一つ目の魔物の後頭部にあるダイヤルをグリグリ弄くる。奇妙な鳴き声を上げているが大丈夫だろう。
「ネク、急ぎなー!!」
「はーい!!今行くよー!!」
「こ、ここで良いんですよね」
「あと5秒くらいさね」
親友が声をかける。真ん中にネク、ネクの左右にシャーリーとケイト。先生はそのちょっと後ろ。
「キマイラ、間に合うかなぁ」
ネクの隣、ケイトがキマイラの召喚に難儀している。
3秒前、魔方陣からキマイラが飛び出す。
「ぴぃぃぃ!!」
2秒前、ネクの使い魔がキマイラにビビる。
「あっ、ちょっと!!」
1秒前、ネクがそれを追いかける。
目玉が閉じてシャッターが切られる。魔物の頭から勢い良く写真が発射される。
撮れたのはとても彼女達らしい写真。
慌てるネクに驚くシャーリー、笑う私に微笑ましく見守る先生。
部屋の机に置かれたその写真は、初夏の陽射しに照らされていた。もうすぐ、夏が来る。たとえ季節が何度巡ったとしても、その思い出はずっとそこにある。
ネクロサモナー、これにて終了です。この作品を最後まで読んでいただいた皆様、お疲れ様でした。初めての執筆活動であったため色々と至らぬ点はあったとは思いますが、純粋に楽しかったです。感想などは随時受け付けております。頂いた感想は真摯に受け止めて今後の活動に生かしたいと思う所存です。
最後になりますが、読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。