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ほんとにいちばんやりたかったこと

 試合開始の合図と共にネクは詠唱を始める。一方、シャーリーに動きはなく様子を伺っている。紫の光からコウモリ型の魔物が大量に顔を出した。次に小さいミイラ型、オバケ型と出現させる。ネクがシャーリーに勝つために考えた作戦は謂わばゾンビアタックであり魔力の続く限り出し続け小さいダメージを与えリタイアを狙う作戦であった。この作戦の欠点は詠唱に時間がかかることであるがシャーリーが完全に様子を伺う体勢をとったため魔物の大群が完成した。

「行け、頑張れ!!」

 合図と共に魔物の群れは走り出す。その姿は壮観であり黒魔法クラスから歓声が上がる。

「成る程、そう来ますか」

 シャーリーの右手が光に包まれ水平に振られた。すると光の筋が地面を伝わり爆発を起こした。爆発に巻き込まれた魔物たちは消滅を始める。

「くっ!!まだまだ!!」

 負けじと魔物を量産してシャーリーへと向かわせるが爆発は激しく、近寄るものを許してくれそうにはない。

「貴女が召喚術を使うなら私も同じように戦いましょう」

 魔物の群れを捌いたシャーリーの目の前に黄金の光が現れる。光の中心には魔方陣。その中からいつか見た白龍が出現した。

「一匹で何が出来るの!!行け!!」

 再び数を増した群れは行進を開始する。

「一匹でいいですとも」

 シャーリーは祈るように手を組み合わせ詠唱を開始する。光より出でる白龍が白魔法による祝福を受ける。大量の魔物の群れは白龍とシャーリーを飲み込んだ。大きなドーム状となった塊を見たネクは勝てると思った。しかし魔物の塊から一筋、また一筋と光が漏れる。それは巨大な一本の柱となり空を裂いた。シャーリーの横に彼女を守護するように鎮座するのは確かにあの白龍。しかし大きさは先程の比ではない。補助魔法である祝福の光は小さき白龍を強大に成長させた。神々しき白龍の一息で魔物の大群は完全に崩壊した。ネクの顔はひきつり、青ざめる。ネクは防戦一方を強いられることとなる。


「諦めて下さいますか!!」

 白龍に乗ったシャーリーが叫ぶ。逃げ回るネクを追い回す白龍いう構図が完成し5分が経過しようとしていた。既に両陣営から歓声は無く、教員も試合を止めようとしなかった。

「諦めません!!絶対に!!」

 そう言ってネクは紙一重で攻撃を避け、時には魔法障壁で防御して、魔物を召喚する。

「無駄です!!」

 ネクの召喚した魔物は巨大な爪で裂かれ、強靭な尻尾で薙がれ消えてゆく。


「あんなんじゃダメね、あーあ、対抗戦は負けかぁ」

 観客席で見守るケイトの後ろから嫌みったらしい声が聞こえてくる。ケイトが振り向くとわざとらしく、周囲に聞こえるようメアリーが取り巻きと話していた。

「誰かが勝つって言ってたのにねー、やっぱダメかー、残念だなー。」

「……っ!!メアリー、アンタ!!」

 思わず立ち上がってしまう。

「およしよ」

 いつのまにかケイトの横に座っていた先生が制止する。

「あの子は出来ると信じてるよ、あたしゃあ」

「……」

 ケイトは押し黙る他に無かった。


 白龍の攻撃を避け、立ち上がる。ふと、観客席が見えた。ああ、ケイトがまた私のために怒ってくれてる。申し訳ないなぁ。一瞬の油断だった。白龍の腕がネクを捕らえた。魔法障壁で防ぎはしたが地面に押さえ付けられる形となる。 白龍はそこで動きを止めた。シャーリーの指示を待っているようだった。

「もう……終わりです。降参してください」

 シャーリーが白龍の上からネクに語りかける。

「……まだ、やれる」

 乱れた呼吸を整えるようにしてネクが答える。龍の腕から逃れようともがく。視界の端に観客席が映る。ああ、ケイト不機嫌そう。メアリーとかが嫌味でも言ってるんだろうな。

「どうして……」

「だって……」

「シャーリー!!何をしているのです!!」

 白魔法クラス観客席から声が聞こえてくる。

「場外にそのまま運ぶのです!!早く!!」

 声の主はシャーリーの母親。響く声で指示を出している。

「お母様……」

 シャーリーは指示を実行に移そうとする。

「だって、このままだとお互いに悔いが残っちゃうから」

 ネクの言葉に白龍に指示を出そうとしたシャーリーの動きが止まる。

「こんな風に誰かの言いなりで動いても、それは全力じゃないと思うから。それだと、悔いが残っちゃうから……」

 白龍の腕の下、ネクの顔をシャーリーは見た。苦しそうな表情だが目には何かが宿っているようにこちらを見据えている。自身の心を見透かされているような感覚に陥った。

「……貴女に何がわかるんですか」

「わかるよ。だって、羨ましかったんだもん。すごい魔法使えるし、教え方も上手いし。けど、私の知ってるシャーリーはこんなもんじゃないよ」

 ネクはどこかシャーリーに対して、その強さ、賢さ、いろいろな部分に、ほんの少し嫉妬していたのかもしれない。だから気付いた。彼女が本気でないことに。

「きっとさ、このまま終わったら私達は離ればなれになっちゃうよね。私、こんなので終わりにしたくないよ」

「……私だってそうです。終わりにしたくない。もっと、一緒に楽しいことして、勉強して、成長して、もっと……でも」

 シャーリーの表情が少し崩れる。辛そうにネクを見る。

「シャーリー!!何をしているの!!早く!!」

 声が聞こえる。大きな声。

「ネクさん、私、どうしたら良いんですか?」

 俯いたシャーリーの頬を涙が伝った。周囲の声にかき消されそうな小さな声であったが、ネクはそれを聞き逃さなかった。


 シャーリーもまた、どのようにしたら良いか悩んでいた。このまま、この関係を終わらせたくはなかった。二人とも同じ悩みを抱えてここまで来たのだ。しかし、もう、先伸ばしにすることはできない。その最中、ネクは自身のすべきこと、やりたいことを見つけた。

「シャーリー、この腕を避けてくれない?」

「え?」


 目の前で有り得ないことが起きている。何が起きている。一体どうした。シャーリーの母親だけではない。観客席の一同がそう思った。シャーリーが完全なる勝ちの体勢からネクを解放したのだ。シャーリーの指示で白龍は腕を避けて大人しくしている。

「ありがとう。シャーリー」

 解放されたネクが白龍の首から降りたシャーリーに礼を言う。

「……」

 反応は無い。さて、ここからだ。シャーリーに救いの手を差し伸べる。それがネクのしたいと思ったことであった。しかし、その為には自身のケジメをつける必要がある。ネクは観客席をちらりと見る。皆、唖然としている。今ならやれる。

「シャーリー」

「はい?」

「悪い子になろう」

「は?」

 ネクは杖の先に意識を集中させ、それを一気に観客席へ向けた。そのまま魔法を発動させる。


 ケイトは見た。ネクがこちらに3度魔法を放ったところを。その瞬間、ケイトの顔の横を風が突き抜けた。

「ぐがっ!!」

「ぎっ!!」

「だっ!!」

 後方を振り向くとメアリーたちが失神していた。何かが顔面に衝突したらしい。ケイトが上を向くとメアリーたちにぶつかったであろう何かが回転しながら落ちてくる。うまいことキャッチするとそれは可愛らしい鳴き声で鳴いた。

「……魔物」

 としか言えなかった。よく見たことがある。コウモリのような小さな魔物。

「……ははは、いや、ぎゃふんと言わせろとは言ったけどさ!!」

 ケイトが爆笑する。なにやってるんだ、あの娘はと。

「五月蝿いのがいなくなってよかったじゃないか」

 老婆も楽しそうにくつくつと笑った。


「よし、命中!!」

 思わずガッツポーズ。振り返ると唖然としたシャーリーの顔。

「嫌味ばっか言うからさ、いやースッキリした」

 自分でもびっくりするくらい、晴れ晴れとした気分。笑顔をシャーリーに向けてやる。

「な、何してるんですか!?」

 シャーリーが慌てて問いただす。

「後でどうなるかわかりませんよ!?」

「シャーリーはどうしたい?」

「え?」

 不意打ちの質問、困惑した顔のシャーリーは答えられなかった。

「私は、後悔したくない。あんなのに気を取られてシャーリーとの試合を邪魔されたくなかったんだ」

 だからこうした。と言った。間を開けて、シャーリーの顔が困った顔から頬が緩み、呆れたような、笑いたいような。

「ぷっ、ははは、そんなの、あります?ははははは!!」

 やがてシャーリーがお腹を抱えて笑い出す。あまりの笑いっぷりにネクは驚く。白魔法クラスの学生も驚いているようだった。

「はー、可笑しい。こんなに笑ったの初めてです。ネク、」

「はい?」

「手、握っててもらえます?」

 その手は少し震えていた。ネクが手を握るとシャーリーは意を決したように白魔法クラスの観客席に向かって指を振った。

「なっ、何してるのシャーリー!!やめなさい!!」

 いつのまにかシャーリーの母親が光の鎖で縛られている。シャーリーが自身の唇に人差し指を添えると叫び声も聞こえなくなった。どうやら口まで塞いでしまったらしい。

「……やってしまいました」

 少しの間を持って向き直ったシャーリーはネクと顔を合わせる。ネクは意地悪な顔をした。

「あーあ、知らないんだー」

「あっ、酷い!!」

 すっとぼけて、非難して、二人は揃って笑い出す。

「私達、努力の成果をぶつけたかったんだよね 」

「そうですね、全力で。楽しみたかっただけでした」

「じゃあ、仕切り直しということで!!」

 シャーリーに背を向けて距離をとる。

「はい!!」

   シャーリーもまた歩き出す。

 黒と白の二人が再び始めの位置につく。どちらも試合開始前と違った、楽しそうな表情でそこに立っている。

「ネクーッ!!頑張れ!!」

 やがて聞こえてくる声援。

「ネクちゃん、ガンバーッ!!」

「シャーリーも頑張れ!!応援してるぞ!!」

「どっちも頑張れーっ!!」

 波紋。

 声が広がり一つの音となる。地鳴り。

「……じゃあいくよ!!」

「正真正銘、最後の最後です!!」


 ぐるりと杖を回転させて陣を描く。構えたネクが詠唱を始める。描いた陣から漏れ出す紫光。

 目を閉じ、手を組んで。シャーリーが祈りを捧げる。ドラゴンの鱗は更に固く、発する光は更に眩しさを増す。

  「これが私の全身全霊です!!」

 龍は呼応し、吼える。

 目の前の敵がどうした、私にはこれしかない。あれだけ努力したんだ。それだけじゃあない、友人が、先生が、そして目の前の強敵が私を信じてくれている。強いものを呼ぶ。ただ、ただそれだけ!!

「お願いしまーーーす!!」

 杖を力一杯振るう。シャーリーはその姿を見据える。決して彼女の全力を見逃さぬよう、そして絶対に負けぬという信念を持って。ネクの目の前で紫の光が弾ける。闇とも言えるような濃い紫からそれが現れる。

「ぴぃぃぃぃ……」

 丸い体に白い布を被せたような小さい魔物が魔方陣から顔を出した。またこの魔物かと誰もが思ったとき、変化があった。その魔物の頭を何者かの黒い手が掴んだのである。やがて、その全貌が露となる。黒い手の正体は鎧であった。ガチガチと音を発てて、全身から黒い霧を噴出しながら鎧が魔方陣から這い出てくる。ヘルムの目の位置からは青紫の光が溢れ、紋章入りの朽ち果てた外套を背に広げ、右手に錆び付いた剣を持った鎧の騎士の立ち姿は見るものに威厳を感じさせた。


「当たりだ!!ついに当たりを引きおった!!」

 老婆は童女のようにはじけて喜んだ。老婆はネクの才能と特性を理解していた。ネクの召喚するものは様々であり、何が召喚されるかはやってみなければわからない。裏を返せば当たりが存在する可能性も大いにある。また、小さくてもあれだけの軍勢を構成出来るほどの魔力量があれば抽選はかなりの回数で可能なのだ。つまり当たりを引くまで回せばシャーリーに勝つことも大いにあったのだ。ただ本気で彼女は運がなかった。

「ハズレが多過ぎたんかねぇ!!でも、出るまでやれば出たのと同じさね!!」

「じゃあアレは当たりってことでいいんですか?」

 ケイトが先生に問うと先生はバカかお前は、と大笑いした。

「アレを当たりと呼ばず何を当たりと呼ぶんだい!!見な!!あの剣はエクスカリバーってやつだろ!!」


 鎧の騎士がネクに魔物を放り投げる。キャッチして自身の召喚した騎士の背を見つめる。騎士は両手で剣を中段に構えて白龍と正対する。

「……アーサー王」

 ネクはその名を呼んだ。周囲からすればそれは自然と口に出たようであったが、ネクはその存在を認知していた。光輝なる龍に朽ち果てた一人の英雄が近づく。シャーリー、白龍もまたその存在を尋常の者ではないと理解していたらしい。

「翔べ!!」

 シャーリーは白龍の首を叩き指示する。白龍は羽ばたきその巨体を空中へ持ち上げた。

「薙ぎ払え!!」

 白龍は口から光輝を発する。その瞬間、黒き鎧が跳躍した。消えるように跳んだそれをシャーリーは見失った。白龍が吼え、左側に身体が傾く。見るとアーサーが左の翼に着地している。

「……!!」

 白龍に振り落とすよう指示するが間に合わなかった。ヘルムから覗く光が一際強くなった時、錆び付いた剣が白龍の翼を貫いた。堪らず白龍は声を上げる。つづけ、アーサーは剣を支えとして膝に括り付けられたナイフをシャーリーに投擲した。

「くっ!!」

 魔法障壁でガードしたシャーリーは反撃としてアーサーに光弾を飛ばす。アーサーはこれに対して剣を引き抜き回避し、返す刃で白龍を切りつけて地表へ逃げた。

「着地を逃す手は無い、追いつく!!」

 白龍の傷を癒しつつアーサーを追う。白龍は口内に光を充填しながら加速していく。


「はぁっ……はぁ、ぐっ……」

 ネクは地面に手をつき必死に意識を繋ぎ止める。息は荒く乱れ、目を見開いて。残された魔力は決して多くはない。脂汗が頬を伝って滴り落ちる。アーサーをこの世に顕現させ続ける為に残された魔力を振り絞る。

 先に地表に降り立ったのは白龍とシャーリーであった。アーサーも続けて音も無く降り立った。

「今!!」

 シャーリーが叫ぶ。予め充填された光輝がアーサーに放たれた。アーサーは錆び付いたエクスカリバーでそれを受け止める。白龍は光線の出力を上げていく。シャーリーはネクの魔力が残り少ないことを見抜いていた。このまま押し切りネクの魔力を枯渇させることにより勝利することを狙った。


「頑張れ!!ネクー!!」

「シャーリー!!そのままいけー!!」

 声が大きくなる。皆、これが最後になると解っていた。

「先生、ネクはここから勝てるんですか!?」

 ケイトがらしくもなく問いかける。

「信じてやれよ。親友だろ、アンタ。まぁ……そうだねぇ、エクスカリバーが本来の輝きを取り戻せばあるいは……」

「頑張れー!!負けるなー!!」


 勝てる。押し切れる。シャーリーはそう思ってアーサーの後方にいるであろうネクを見た。酷く辛そうな顔をしている。アーサーを呼び出す程の魔力を持って自身のに向かってきた彼女に対して最大限の敬意を払う。せめて、早く終わらせて休ませてあげようと思った。白龍の光線でアーサーの鎧はひび割れつつあった。もう終わりであろうと思ったとき、シャーリーの目に奇妙なものが映る。白龍の吐き出す光輝に照らされたニヤリと笑うネクの表情であった。

「何……がっ!!」

 直後、頬に衝撃。見ると小さな魔物、アーサーがネクに放り投げたアレであった。それがシャーリーの頬を打ったのだ。揺れる視界、そこには確かに笑うネクの顔があった。


「2体同時に別々の動きをさせるなんて……」

 ケイトが感嘆した。残された魔力が少ない中で複数の対象に気と魔力を配る。なおかつ比較的難易度の高い魔物の複数精密動作を行う。これがいかに難しいか。同門の召喚術を学ぶケイトは想像するに難くはなかった。

「ま、アイツも成長してるんだろうさ」

 成長してくれなきゃ困るんだけどさと先生。


 大した痛みでもない。むしろ心地よいくらいの打撃。しかし、この一瞬においては重い一撃であった。集中力が乱れ、光線の出力不安定となった。その瞬間をネクは、アーサーは見逃さなかった。

「跳ね返せ!!」

 エクスカリバーを振り払い白龍に返す。跳ね返った光輝が白龍の胸を焼く。アーサーがエクスカリバーを両手に構えると錆び付いたそれが光輝いた。

「いっけえぇぇぇぇぇぇ!!」

 ネクは魔力を振り絞る。アーサーは輝きを取り戻したエクスカリバーを下段に構え走り込む。

「構えて、来るよ!!」

 体勢を整えたシャーリーは白龍の傷を癒す。白龍はその鋭い爪でアーサーを切り裂こうとする。しかし、その爪がアーサーに届くことはなかった。一瞬、刹那、アーサーの方が速かった。エクスカリバーは過剰とも言える威力で白龍の体を両断する。シャーリーが白龍から落下する。

「シャーリー!!」

 体力も魔力も枯れ果てたネクが走り込みどうにか受け止めた。シャーリーは気を失っているようだった。白龍の傷の切断面が光の粉となり消滅を始めると同時。アーサーの姿が瓦解を始める。アーサーは鎧の一部を失いながらも座り込んだネクへと近づき頭を垂れた。

「ありがとう」

 ネクが礼を言うとアーサーの鎧、身体は徐々に失われていった。死力を尽くした彼女たちの使いが元の光へ還っていく。その光景を周囲は看とるように見ていた。

「疲れ……ちゃったな……」

 気を失ったシャーリーを横たえ、自身も倒れる。

 その後、最終的に実験場に残されたのはボロボロの、魔力を使い果たして倒れた少女二人と一本の剣。少女二人は動かない。

「引き分け!!」

 魔導学園史上初の引き分けという形で対抗戦は終わり、彼女たちは医務室へと運ばれた



「うう……」

 ネクの目が覚める。隣にはいつもの友人ではなく金髪の少女が座っていた。

「お目覚めですか」

 まるで何事もなかったかのように応対される。飛び起きて彼女の心配をする。

「シャーリー!?大丈夫?怪我はない!?」

「大丈夫です。魔力が切れて気を失ってただけですから。そんなことより貴女ですよ。体も傷だらけだし、魔力も全部無くなってたそうですよ」

 ネクは自分の体を見る。確かに治りかけの傷が多い。医務室の先生が魔法で治癒してくれた後であろう。

「あの……」

 話を切り出したのはシャーリー。

「ん?」

「楽しかった……ですね」

「……うん、楽しかった」

「ふふっ」

 ネクは思わず顔を上げる。そこには少し楽しそうに笑うシャーリー。

 苦笑した後にネクは手を差し出す。シャーリーは困ったような顔でネクの目を見る。

「あー、その、なんだろう。まだ言ってなかったからさ」

 ネクは恥ずかしそうに頬を掻く。

「友達になってくれませんか」

 一秒程度の間が空いて、意味を今理解したように、

「……はい、是非とも……!!」

 華の咲いたような笑顔でその手をとった。医務室で交わされた握手は彼女たちにとってかけがえのないものになると自然と気付いた。


「私からもお願いを聞いて頂いてもよいですか」

 いくつか話題を変えた後、シャーリーは言った。

「うん、何?」

「もう一度、貴女の魔法が見たいのです」

「それくらいだったらお安いご用だよ」

 ネクは張り切って詠唱を始める。紫の光が彼女たちを照らしつつ破裂する。

「ぴぃ」

 出てきたものはコウモリのような魔物。それは医務室を飛び、窓から射し込む夕日によって焼かれて消えた。ネクは言葉を失い呆けた表情でシャーリーの顔を見た。シャーリーもまたポカンと口を開けてネクを見た。その顔が面白くって、二人の笑い声で医務室は満たされた。純白のカーテンから漏れ出す夕暮れの明るさは彼女たちの笑顔を美しく照らし続けていた。


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