モヤモヤ
翌日。定刻、朝10時。昨日約束した通りのベンチにてシャーリーと落ち合う。それぞれある程度は自身の練習になる。しかし足りない部分、わからない点に関しては補填し合う、そんな時間であった。
「あの、かねてより疑問だったのですが」
「うん、どしたの?」
「お二人は召喚術の講義をとってらっしゃるのですか?」
「そうよ。こんな風にね」
ケイトの描いた陣からキマイラが姿を現す。先日の試験から安定性が増してそれなりの時間を動けるようになっていた。キマイラはケイトに甘えるように寄り添った。
「おーよしよし、いい子だぞー」
ポンポンとキマイラの頭を軽く撫でるケイト、どうやら相性は良いらしい。
「あの……それってどうやるのでしょうか」
「召喚術に興味あるの?」
ネクがシャーリーに問いかけると首を縦に振った。
「えっとね……術式自体はこんなのなんだけど、白魔法風のアレンジはちょっとわからないかな」
ネクがシャーリーにノートの切れ端に書いた術式を手渡す。
「あ、あと先生は呼び出すものを強くイメージすることが大事だって言ってたよ」
「なるほど……強くイメージですか」
シャーリーは手にしたチョークで魔方陣を地面に描き、白魔法を詠唱する。その姿は聖女の祈りのようでネクとケイトにとっては新鮮に映った。地面の陣から光が漏れる。幻想的な光輝を放つそれはやがて形を成し、爆発した。
「シャーリー!?」
見ていた二人が驚愕する。なにせ目の前で小規模ではあるが爆発が起こりそれに人間が巻き込まれたのだから。
「けほっ、けほっ」
「シャーリー、無事!?」
ノートを開いて煙を払う。やがて煙の中から咳き込むシャーリーが姿を現した。外傷は全くない。
「けほっ……失敗しちゃいました……改善が必要ですね……」
「いや、そんなことより無事でよかったよ!!」
ネクはシャーリーに手を差し伸べ、シャーリーもそれを受けとる。
「……失敗でもなさそうよ、これ」
「え?」
ケイトの視線の先を追うと、そこには白い何かがいた。鱗があり、翼があって、尻尾もある。勿論、立派な手足もある。ただ、
「ちっちゃいね、これ」
ケイトが見たままの感想を述べる。白い何かの正体は小さな龍であった。ただ、
「まぁ、可愛らしいですね」
シャーリーも同様の感想を持った。白い何かはシャーリーの存在に気付くと、とてとてと歩いて足下に寝転がった。飼い主だと認識しているらしい。
「あら、よしよし、いい子、いい子」
「ケイト、成功ってことでいいの?」
「いいんじゃない?……爆発すること以外は」
召喚する度に爆発を起こしていたらシャーリーの体が持たないだろうなと二人は思った。
「この子って何時でも呼び出せるのですか?」
シャーリーの疑問に答えるようにケイトは話し出す。
「召喚術って言っても単純に言えば自分の魔力を使って自律する生物を生み出すことだから、その子のことを思い出してやれば何時でも召喚できる筈よ」
「そうなんですね、あ……」
小さな白龍は光の粉となって消え始める。まだ安定性には欠けるようだった。
「この術式は覚えておかないといけませんね」
シャーリーは白龍であった光を目で追った。
「そうだね、覚えられるなら覚えるといいかも」
ネクはそう言い自分の魔方陣から何匹か魔物出した。どれもこれも小さく可愛らしい見た目をしている。
「まぁ、こんなにいっぱい……」
「まだ大雑把にしか命令はできないけど数は出せるんだ」
もっと強いのを出せればいいんだけどね、とネクは呟いた。
「いつかはきっと出せると思います!!」
シャーリーが珍しく大きな声を出したので二人は驚いた。
「これだけ魔物を出せる魔力量はあるのですからどうにかなると思います」
「あはは、そう言ってくれると嬉しいな……」
少し励みになる。思わず頬が弛む。
「確かにアンタ魔力の量はすごいよね、どうやったらそうなるの?」
「えーと、よく分からない……」
「素養という話もありますよね」
「へー、あとは練習あるのみじゃん、頑張ろっか!!」
ケイトに背中を小突かれる。ケイトの方へネクが振り向くと誰かが近づいてきているようだった。
「あれ?誰だろう?」
「ん、ああ、アレはアタシに用があるんだった」
どうやらケイトの知り合いらしい。
「なんかあるの?」
「いや、あの子の読みたい本をこの前図書館で見つけてね。場所を教えるってことになってたの。ウチの図書館ってアホみたいに広いから分かりにくくて」
この学園の図書館は古今東西ありとあらゆる本を揃えているため、蔵書の数が桁違いに多く探すのにも一苦労であった。
「ほんじゃちょっと外すわ、また戻ってくるから待ってて」
ケイトは背を向けて走り出す。シャーリーと二人で練習に励むこととなった。
「すごい、君は飛べるのですね」
再びシャーリーが召喚した白龍がきゅるるると鳴き声を上げてシャーリーの周りを飛ぶ。先程よりも安定性が増して長い間その姿を保っていられるようになっていた。
「えい!!それ!!」
一方ネクは杖の先で陣を描き、その陣から魔物を発射していた。的としていた板は小さな魔物により木片に変わっていった。魔物の当たり所も良い。着弾点のズレも微々たるものだ。
「よーし、ありがと。戻っていいよー」
地面に描いたネクの魔方陣へ魔物が戻っていく。しっかりと命令を聞き、その通り動くのでこれといった問題は無さそうである。
「シャーリー、ちょっと休憩しようか」
「そうですね」
ネクの提案に同意したシャーリーはベンチに腰かける。昼過ぎのゆるりとした時間。本日も晴天なり。照りつける陽射しは暑いくらいだ。
「シャーリー、暑くない?」
ネクがパタパタとローブの端を揺らす。
「私はそうでもないですね……その黒いローブのせいかもですね」
「あー、そうなんだよね。夏とか大変でさぁ。白魔法クラスが羨ましいと思ったときもあるよ」
ネクの冗談にシャーリーが微笑む。ふと、疑問が浮かぶ。
「そういえばシャーリーって白魔法専攻したのには何か理由があるの?」
「理由ですか……強いて言えば母の影響でしょうか」
「お母さんが?」
「ええ、母が白魔法の研究をしててその流れで。どうやらここの学園卒業らしくて」
「そうなんだ。」
「今は寮生活ですが結構厳しい人で……こうやって他の人と触れあう機会もほぼありませんでした」
「……大変だったんだね」
人の家庭の事情なのでなんとも言えず、ありきたりの言葉しか口に出来なかった。
「でも、今日みたいにお二人と魔術の練習に励めてとても楽しかったし、学ぶこともありました。とても感謝してます」
「こちらこそ、困ってたときに助けてもらって本当にありがとう!!」
二人揃って礼をする。その仕草が可笑しくて、二人で笑った。
「いい勝負、できるといいね」
「はい、そう思います」
互いに見つめあって健闘を祈りあった。
日が雲に覆われ影を作ったとき。不意にそれは訪れた。
「ここにいたのですか」
冷たい声がした。声の方向を見ると女性が立っている。背丈は高く、見とれるほど美しい金髪をしており、流した髪の先を結んで束ねていた。
「お母様……」
シャーリーが震えた声で声の主を呼んだ。
「ここで何をしていたのかしら」
シャーリーの母が近づく。瞬間、乾いた音。ネクには一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし、赤く腫れたシャーリーの頬を見て状況を察した。
「あ、あの、暴力は……」
シャーリーの母親の冷たい視線がネクを射抜いた。有無を言わさぬようなそれはネクの動きを止めた。突然の来訪者はネクを一瞥すると一息ついた。
「まさか黒魔法の生徒と関わっているとは……さ、帰るわよ」
「はい、お母様……」
白衣の二人はネクの元を去っていった。何も出来ずにネクはただ呆然と立ち尽くした。
「ほーん、で、そっから折り合いが悪いと」
「うん……」
寮の部屋で足を組んだケイトがネクの前に鎮座する。あの後、ケイトが戻ったときには様子のおかしいネクが取り残されていた。友人として自身から話し出すまでは、と思っていたがいつまでも話そうとせず、対抗戦の前日になっても話さないので無理に問い詰めたところようやく話始めた。
「そうかそうか」
「どうしたらいいかな……」
ネクはケイトから目をそらしつつ、困ったような口調で聞いた。
「とりあえず、アンタ悪くなくね?」
「え!?あ、まぁ、そうなのかな……」
ケイトからあっけからんと言われたのでネクは動揺を隠せない。
「というよりアタシは悲しいよ!!まさか対抗戦前日まで話してくれないなんてさ!!」
なんだか除け者みたいじゃんか、とケイトが気を悪くする。
「こんなのどうすればいいか分からなかったし……」
「まぁ、そうだろうね。アタシが同じ立場でもそう思うだろうね」
「じゃあケイトはどうすればいいと思う?」
「んなもん決まってるわよ」
ふふん、と答えに確信めいたものがあるような素振りを見せるケイト。
「え?」
ケイトは自身の両拳を突き合せた。
「シャーリーをボコす」
「は!?」
友人の突拍子もない発言に思考が吹っ飛ぶ。何を言ってるんだこの娘は。
「とにかく、出来ることをやるんだよ。明日シャーリーとやり合うんだろ?だったらそこでケジメつければいい」
「かもしれないけど……」
ケイトは自身のベッドに近づき続ける。
「悩むだけ無駄なら行動した方がいいかもよ?ともかく、アタシは寝るわ。アンタも遅くないうちに寝なさい。」
「うう……」
彼女の言うことも一理あるのかもしれない?そう思いつつベッドへと潜り込んだ。
しかし不安なものは不安である。最強と謳われるシャーリーと戦うのだ。しかも、モヤモヤした思いを抱えて。前は寒かったのでコートの袖に腕を通した。不安が消えないので、結局この日も月に頼ろうと思うのであった。
いつもの場所に行くと先客がいた。月の光に照らされた美しい金髪。シャーリーであった。白のローブは月の光を吸収して美しく映える。寮の前に設置されたベンチに腰掛けた彼女の表情はどことなく虚ろであった。
「シャーリー……」
「ネク……さん……」
一瞬困ったような笑みを浮かべる。しかし、また元の虚ろ気な表情に戻ってしまう。
「隣、いいかな」
「……どうぞ」
シャーリーの空けてくれたスペースに腰を預ける。数日前までは普通に会話していた同士とは思えないぎこちなさが二人の間を支配する。
「その、頬は大丈夫?」
「ええ、平気です。あの場ではお見苦しいところをお見せ致しました。申し訳ありません」
シャーリーが謝罪する。酷くネクの心に刺さる。謝る必要なんかどこにもないのに。
「私の母、黒魔法が嫌いなんです。どうやら良い思い出が無かったらしくて……だから多分私が黒魔法の生徒と関わっているのを見て許せなかったんだと思います」
淡々と告げられる。何を喋ればいいのか考えても出てこなかった。
「ネクさん」
「はい?」
「悔いの残らないよう、全力で闘いましょう」
シャーリーはネクを見据える。
「明日、私は貴女に勝ちます。……よろしくお願いします。では」
別れを告げるように立ち上がるとシャーリーは寮の方へ帰っていった。ネクは結局、なにも話すことが出来なかった。
「どうした、何か言葉をかけてやれば良かったろうに」
「……見てたんなら、何か教えてくれてもいいのに」
老婆、もとい先生に向き直る。
「これはアンタと彼女の問題だ。この老婆めには何もできないさ」
「私……どうすればいいんですかね」
泣きそうになりながら問いかける。
「もうわかってるじゃないか」
「え?」
「何かしなきゃいけないってことは、もうわかってるんじゃないかって言ったんだ」
老婆の言葉にネクははっとなる。シャーリーに何かしてあげたいんだと、今まで気づくことのなかった思いを知る。
「あとはその方法だけ、アンタらしいのでやってやりな。明日、楽しみにしてるよ」
そう言うと老婆は煙となって闇に消えた。
「私らしい、方法……」
ネクは月を見上げた。いつも通り、そこに存在するだけで何も教えてはくれなかった。
翌日、黒魔法クラスと白魔法クラスの対抗戦の幕が開けた。第三試合までの結果は白魔法クラスが2勝、黒魔法クラスが1勝であった。
今行われている試合の次、第五試合が最終戦となり、勝敗が決まる。最終戦はネクとシャーリーの試合。ネクは試合会場となる魔術実験場の控え室にて第四試合、ケイトの試合を見ていた。しかし、どこか朧気で集中出来ていない様子であった。
「こら」
「あ痛っ!!」
頭部に衝撃。痛む頭を抑え顔を上げると親友が立っていた。
「どうにか繋いだわよ。いやー、キツかった~」
「うう……いきなり叩くなんて」
「ボサッとしてるからでしょ。アタシの試合見てた?カッコ良かったっしょ!!」
腰に手を当てて立つ親友は満足そうだ。しかし、
「……ローブは焦げちゃってるけどね」
「うん……まぁ……しょうがないわ……」
友人は焦げた部分を指で摘まんだ。確かにネクは集中こそ出来なかったがケイトの試合を見ていた。ケイトの相手は素早い詠唱で炎を発生させる魔法を得意とした。召喚術を使う予定であったケイトは長めの詠唱を必要とされ相性はかなり悪かったはずであった。
「強引すぎるよ……魔法障壁で詠唱をゴリ押すって……」
正直、燃え盛る炎の中で詠唱を続ける友人の姿を見たとき若干引いてしまった。しかもなんか笑ってて怖かった。対戦相手もその姿を見て唖然としていたのを覚えている。そしてキマイラの召喚を成功させた時、相手は降参を選んだ。
「なーんか消化不良感が否めないけど、まぁ勝ったから良し!!これで2対2、頑張りなよ、大将!!」
ケイトが背中を押す。いよいよ自分の番である。結局、どうするべきか答えがでなかったが、
「うん、やるだけ、精一杯ぶつかってくる。」
シャーリーと闘って、その中で見つけることにした。
入場口から実験場に出る。実験場の中央、ステージへと上がる。周囲の観客席には知ってる顔や知らない顔。空を見上げる。晴天。春の風が頬を撫でる。視線を戻す。視線の先には白いローブ、ウェーブがかった金髪。美しい姿をした白魔法クラス最強の学生。名はシャーリー。口を一文字に結んだ真剣な表情。彼女の視線の先には黒いローブ、ショートカットの黒髪。眼鏡をかけた黒魔法クラスの落ちこぼれ。名をネク。少しばかり不安そうな表情。
アナウンスが流れる。
「勝利条件は相手の魔力切れ、審判のストップ、場外への落下、もしくは降参。互いの健闘を祈ります!!」
「対抗戦第五試合、始め!!」