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生きる意味

作者: 白川れもん

 私は、生きる気力の無いゴミだ。

 仕事も上手くいかず、才能も、やりたい事もない。何故生きているのかも、解らない。


 ただ、生活だけは、出来ていた。

 父の給料、父の家。

 母のご飯、母の掃除。

 不自由なく過ごしているのに、心は満たされないまま。


「……出てくる」


 私の言葉に、母は苦笑いした。気をつけてね、と。


 格好だけは清潔感があって、だけど、着ている服は、年頃の女の子みたいな、お洒落なんて無い。

 平日の昼間から、ほぼ毎日、仕事探しに出ては、こうやって、人のいない公園でのんびりと、ベンチで時間だけを潰していた。


 よく、自分の人生の主役は、自分。なんて言葉を聞くか、それは全員に当てはまるものではないと、ここまでくれば嫌でも気づく。



 その薄汚い老婆は、いつの間にか、私の側にいた。

 ホームレスだろう。まるで、私の未来を見ているみたいで、思わず視線をそらす。

 だが、これが現実とばかりに、老婆が、あろうことか、私に寄ってきた。


 異臭を全身に漂わせ、何が入っているのか、ビニール袋が何袋も積んだ、キャリーケースを引きながら、私に向かって一歩、また一歩と近づいてくる。


 私は、視線を迷わせ、逃げようと、ベンチから腰を浮かせようとしたところだった。


「おめえ、クズだな」


 老婆が、明らかに私に吐いた言葉だった。


 怒りがこみ上げるよりも早く、目を見張った。

 私がクズなのは自覚の上だが、この老婆には、言われたくない。

 この身なりで、この臭いなのに、何故、そんな言葉が出てくる?


「え、あの……」


 家族以外と、長い間話していないものだから、何て言い返せば良いか、言葉が出てこない。

 そんな私を見下した老婆は、前髪でほとんど見えない顔でも、口角が上がったのがわかった。


「おめえ、わしより酷いの。わしより若いのに、可哀想に」


 私は目を見開いた。

 この老婆は、私を蔑んでいる。私を下に見ているんだ。


 怒りが一瞬で込み上げてきた。目の前のババアよりは、自分の方が、随分とマシだ、と。


「ど、どうしてそんなこと……! あなたに、言われなきゃいけないの!」


「なら、おめえ、わしより誇れるものがあるのかい?」


 ぐっと、息が吐けなかった。

 「若さ」単語が頭に浮かんだが、それはもう、私が自分で得たものじゃない。

 決して、誇れるものでは、ない。


 誇れるものが、無いのだ。

 この老婆よりも、自分は劣っている。この、薄汚い老婆よりも、だ。


「ほら、ぐうの音も出ねえ」


 クスクスと笑う老婆に、せめて、思いっきり、睨んでみる。


「若さ」


 老婆が放った言葉だった。

 ぽつり、と。自分に無いものを、苦しむように。


「おめえには、若さがある……これから先は、おめえ次第で、どうとでもなる」


 私が返す言葉を探しているうちに、老婆は衣類を引摺りながら、引き返し、公園を後にした。

 老婆の小さい後ろ姿を、眺めながら、私は前にある道を見詰めていた。


 私は、しばらく、この公園を離れることは出来なかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 力強く真の強い凄い作品でした。
2017/05/24 19:35 退会済み
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