今日も今日とて王立図書館は平和です。
あけましておめでとうございます。
今年も今年でボチボチ投稿していきたいと思いますっ
さらっと読める話になってるので気軽にどうぞ|´-`)チラッ
リリリンーーーー
晴れた日の朝、王立図書館の大広間のほうから綺麗な高いベルの音が鳴り響いた。図書館の奥に設置された古い本を貯蔵している1階の書庫にいる私は時計を見てから、大きくため息をついた。
書庫から出て2階にある広間へ階段を上がっていく。あのベルはこの広い図書館のどこにいても聞こえるから便利だが、こうも誰が鳴らしたかわかってしまうと不便なものだなと理不尽に思う。
大広間の大きな扉を開けると、思った通りの人物が司書カウンターの前に立っていた。私の存在に気づくとその人物は羽織った黒いローブを揺らして振り返った。
「おはよう、今日も鬱陶しそうな顔をしているね」
笑顔で細められた緑色の瞳を見返しながら、あなたのせいですよとため息混じりにそう返す。
「よくもまぁ飽きずに毎朝ここにきますね。まだ開館してませんよ」
「それでも律儀に君は来るんだから優しいよね」
「一応お客様ですからね、一応」
長い漆黒の髪を肩口で結わえていて、精巧な顔立ちに長身な彼ーーーテオドール=ベルガンドは、この王国で最も重宝されている生きる国宝とさえ呼ばれた有名な魔術師様で、王城の一角に住んでいるらしい。
そんな彼の最近の趣味なのかなんなのかわからないが、ある日から突然毎朝こうして王城からすぐそばにあるこの王立図書館に足を運んでくる。
そんな彼に毎朝ベルで呼ばれる私ーーーソアリ=ミオルトは王立図書館で司書長を務めている。
「それで、今日はどんな話をしようか」
「いえ、どの話も結構なんでご自分の仕事をしてください」
「行ってらっしゃい旦那様って言ってくれたらいいよ」
「いつ、誰が、テオドール様の奥方になったのですか」
もう一つため息をついて彼の顔を見上げると、彼は悪戯っ子のような笑みを浮かべている。こんなところだけ見ると、偉大な魔術師様とは思えない。
だいぶ彼がこの図書館に通い私に話しかけてくることに慣れてしまったが、未だになぜ私のような貴族社会の末端の末端が彼と話が出来るのかわからない。
我がミオルト家の次女は代々王立図書館が出来てから司書長を務めるのが義務だ。それは王命という名の雑用。司書長だなんて、一見何人もいる司書を束ねていそうだが、実際司書なんて役職はなく、私ひとりがこの大きな図書館を運営している。
さらに残念なことに、この国の人たちは読書というものにあまり関心がなく、国の重鎮たちくらいしか読まない。つまり、よっぽどの物好きな子息令嬢ではない限り、この図書館を訪れるのは重鎮たちの使いの者か、毎朝ベルを鳴らすこの奇怪な偉大なる魔術師様くらいなのだ。
まったく、どうしてこの一介の司書長がこんな凄い人と話すなんてことが起こったのか。正直にいえば面倒なことになる前に関わりたくない。けれども。
「ああ、そうだ、思い出したよソアリ」
「思い出さなくて結構なんですけど」
「昨日は夜会があったんだ」
毎回こんなふうに彼の話に引き込まれてしまう。
一応男爵家として生まれた私だが、こうして司書長などやっていると縁のない話。そんな話を振られたところで私はどう反応するべきなのか。
「はあ、楽しかったんですか?」
「本当にそうだと思う?」
「いいえ?テオドール様と夜会だなんて、引き合わせてはいけないものを無理に引き合わせたようなものではありませんか」
「よくわかってるじゃないか!そう、つまりその通りだよ!僕は昨日の夜会がとてもつまらなく、嫌なものだった!」
両手を大きく広げ、演じるように大袈裟に語り出す彼のこれはいつものこと。長いローブが、彼がくるくるとひとりでに回る度に揺れる。
昨日の朝もこうやって貴族社会の悪口を言う。香水の強い女性たちが自分の肩書きに恋していることや、脳味噌がまるで詰まっていない頭の軽そうな男たちが自分に媚を売ってくることなど、まるで想像できそうな光景を教えてくれる。でも彼は最後にこう付け加えるのだ。
「まぁそれも悪くない」
と。
いつもその主張の意味がわからず首を傾げるのだけど、彼はそれを教えてくれない。ただひとつ言えるのは、これだけ嫌なことがあっても、彼は必ず社交界の中に戻っていく。そうして羽根を休めるようにここを訪れるのだ。
「貴方の話はいつもわからないことだらけです」
「そうだろうね、君には縁のない話だ」
「でも、とても楽しい」
思わずこぼれた笑みを向けると、彼は息が詰まったような表情をする。そんなに驚くことだろうかと疑問に思う。ただそんな彼の表情も悪くない。余裕で飄々としたいつもの彼がほんの少し消える。それでもまたすぐに笑ってシニカルな笑みを返した。
「いつか君にあの世界を見せたいよ」
「私も見てみたいです、と。さぁ素敵なお話をありがとうございました。それではまた御機嫌よう」
グイグイと彼の背中を押し図書館から追い出すと、また朝の静けさがここに訪れた。バタン、と大広間の大きな扉を締めると一気に冷ややかな雰囲気が流れる。
そろそろ開館の時間だと思うと気が重い。この仕事はどこか、狭く感じてしまう。
そっと天井を見上げると、天井までギッシリ詰まった、誰が読むかもわからないたくさんの本。それぞれにたくさんの知識が埋め込んであり、そうしてたくさんの人々に愛されることを願った。
でもこれらを少しでも読んでくれる人は少なくて。扉から離れて近くの本棚から1冊取り出し、カウンター席に着いて表紙を捲る。
パラリパラリとゆっくり、私のページを捲る音だけがこの広い大広間に響く。
窓からさす太陽の光は暖かくもこの部屋までを熱くはしてくれない。私の着ている司書長の制服のように、白と青で基調されたこの部屋はどこか涼しげだ。
本のページが全体の三分の一にまで差し掛かった時、ギィイ、と大広間の扉が開く音が聞こえた。思わず顔を上げると、そこには魔術師様とは違う、見知った顔の人がいた。
「こんにちは、3日ぶり、ですかね?」
「まぁこんにちは、ええ、そうですね」
扉を開けたのは、金色の短い髪を靡かせ柔らかく目を細めて笑う好青年の人。彼はこの国の王子の側近のラクセル=ゲオリカ様である。
時期陛下となる我が国の第一王子は勉強熱心な方のようで、3日に一度は必ず側近のこの方を図書館に寄越し、私にオススメの本を選ばせる。
こうしてこのラクセル様と仲良くなるのは必然的で、ほかの使いの方は適当に自分で選んでしまう。王子とラクセル様はどうも私のオススメをお気に召してくださるようで本当に嬉しい限りだ。どこかの誰かと違って来てくれて気持ちがいい。
「今日はどんな本をご所望で?」
3日ほど前に借りていった本をカウンターの上に返してもらいながらそう尋ねると、彼は少し苦笑いな表情をした。
「それが毎度のことですが、なんでもいいと言われてしまって」
「ふふ、そうでしたね。殿下は好き嫌いのあまり無い方ですからね」
さて今日はどんな本を殿下に読んでもらおうか。
前貸していたのは、伝記ものだ。その前はサスペンスのような少し怖めの本。その前の前は政治家への評論だったか。
そんなことを考えていると、ふと気になったことがあった。
「ラクセル様は本をお読みになられるのですか?」
「ええ、実は殿下が読み終わった本をこっそり読んでたりしてて…本当は殿下は一日二日で読み終わってしまうのですが、私が読んでいるので長くなってしまうんです」
「殿下も読むの早いですが、ラクセル様も早いんですねぇ。ラクセル様もお借りしてよろしいんですよ?」
「お借りしたいのはやまやまなのですが、さすがに私も読むわけにはきませんから」
「まぁでも、今もコソコソ読んでらっしゃるんでしょう?」
恐らくこそこそしながらも読みたい欲のある彼なのだから、きっと職務も忘れて没頭してしまうのだろう。それがすぐにわかってしまったのでクスクス笑うと、彼は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
その顔を見て今日はこのジャンルの本にしようと決める。ちょうど先程まで読んでいた本と同じジャンルのものだ。
「恋をしたことがあるでしょうか?」
「……えっ!?」
「え?」
突拍子もない質問に驚いただろうか。ラクセル様はさっきよりも顔を赤らめてこちらを見つめている。
「あの、お顔が赤いようですが…」
「いいや、そんな、いえ、恋、ですか?」
「ええ、殿下は恋の経験がお有りでしょうか?」
「あ、殿下。殿下ですか」
ホッとしたような残念なような複雑な表情のまま「どうですかねえ」とぶっきらぼうに返事する彼を見て、まさかと思う。
「ラクセル様は今誰かに恋焦がれていらっしゃるのですね?」
その質問で彼の顔の表情が一気に変わった。安堵の表情から焦り、顔を真っ赤にさせてこちらから目線を逸らしている彼が可愛らしく感じてしまった。まるで初恋をこじらせている少年のようではないか。
「ふふ、叶うといいですね、その恋」
「……それは私への挑戦状かな」
「え?いえいえそんな嫌味なつもりでは…」
「…いや、いい、そうだと思っている」
「はい?」
「なんでもない」
はぁとため息を一つついていよいよ片手で目元を覆ってしまったので焦る。この方は優しいとはいえ第一王子の側近だ。そんなお方を不快に思わせてしまったらどんな処罰が我が家に訪れることになるか。
ゾッとして慌ててなんとか取り繕うと口を開く。
「だ、大丈夫ですよラクセル様!ラクセル様は殿下に負けず劣らずの美丈夫ではありませんか!」
「いやソアリ殿、そのようなことではない…」
「え?で、ではラクセル様はこんな私にもお目をかけてくださる優しい方ですので、どんなご令嬢でも骨抜きになってしまいますよ!」
「…っ、ほんとか?」
「え、ええ!もちろんです!」
両手の拳を握ってそう力説すると、どこか安心したのか少し笑ってくれた。一体何が彼をここまで自信をなくさせたのか。
少し回りくどいなったが、そろそろ殿下へのオススメの本を決めないとラクセル様の仕事に支障が出てしまう。私は近くの本棚から3冊取り出し、ラクセル様に手渡した。
「おや?いつもは1冊か2冊…なのですが」
「ふふ、もう1冊は恋するラクセル様に、です」
本はコソコソ読むものじゃないですよ、と言うと、彼は嬉し恥ずかしそうに笑った。
そうしてありがとうと言うと右手を伸ばし、私の片手をとり、その手の甲に口付けた。その突然の行為に驚いて、口付けられた手を引っ込めようとするが、彼はそうそう離してくれない。さすが側近様だ、と思うが、その反面いてもたってもいられない羞恥が私の身体を駆け巡る。
「また、来ますね」
そう言葉で約束を取り付けて颯爽とこの図書館を出ていく。白い彼の側近であることを示すマントが優雅に揺らめき扉の奥に消えていく姿の、なんと優美なことか。
彼のような人に愛されるその女性はきっと幸せな方だろうな、と見えないその人を少し羨ましくも思った。
だが、彼は完璧ではない。彼だって人の子だ。
だから。
「ラクセル様!本、本!!」
一番の目的である本を持って帰るのを忘れるくらいあるものだ。
それからしばらく夕方くらいになるまで何人かの使いの方がいらっしゃっては私に判を押させて帰っていく。その間に彼らと私の会話はないが、優しい方だと話しかけてくださるお方もいる。まぁほんの一握りなのでそういった方との時間はとても貴重だ。
太陽が西日になり、窓の外が橙色に染まってきた頃、その方はバァンと派手にやってきた。
「本を借りに来てやったわよっ!」
コツコツを通り越したカッカッカッというヒールの音を打ち鳴らしながら、上から目線もひとまわりして清々しいほどの言葉に似合う強気な口調で大広間に入ってくるその女性。
銀色の美しい長い髪をふわふわと揺らしながら瞳の色と同じ海のように青いドレスを着た彼女は、ロリーナ=バルバッド公爵令嬢。バルバッド公の上の娘にして、第一王子の婚約者、つまり次期王妃様になるお方だ。
慌てて頭を下げると、「頭なんか下げなくていいから本を貸しなさいよ」といつものようにそう私に告げる。
彼女もまた、王妃教育の癒しとしてここを訪れている。次期国王夫婦がこのように本を愛してくれて、司書長として本当に嬉しい。
いつも強気で上から目線なロリーナ様だが、本当は殿下と同じように愛国心故に勉強熱心で、本の世界と知識をとても欲している。ほかの貴族の方も彼らと同じように本を読んでみればいいのに、と常々思うものだ。
「ところでソアリ、どうせまたラクセルが来たんでしょ?あんたたち本当に仲がいいわよね」
公爵令嬢といえ、普通はこんな砕けた話し方はしない。ただどうやら私には心を許してるのか、それとも私に対して礼儀は不要と考えたのか、どちらでもいいがそんな話し方をする。私としてはそっちのほうが肩が凝らなくて助かるのだが。
「ええ、とても優しくしてくださいますよ」
「ふぅーん?…身分差よねぇ、やっぱり」
「はい?」
「なんでもないわ。ああ、よくない。今日は恋愛のジャンルが読みたいわ」
「まぁロリーナ様。今日は、ではなく今日も、でございましょう?」
先日から彼女は恋愛モノにどハマりしたらしく、その恋愛ものでも種類を選ぶようになってきた。例えば純愛モノとか、年の差とか。
恐らく彼女は一人の少女のように恋をする未来がないのだろう。そしてそれをよく理解している。私の母も政略結婚で父のところへ嫁いだという。その時によくここの恋愛の本を読み漁ったと聞いたことがある。
きっと政略結婚に悩む貴族女性はたくさんいるだろう。そんな人たちに読んでもらえればいいのに、と心の中でそう愚痴ると、返答のない私を気遣うロリーナ様の声が聞こえた。
「何ボケッとしてんのよ、早く出して」
「ロリーナ様、もう少し優しさというものを知ってください」
ス、と差し出したのは「優しいコミュニケーションの仕方」という本。もちろんそんなものを彼女が求めているわけではなく。
「ソアリ…、貴方のそういうところ好きだけどムカつくわ」
「私もロリーナ様のこと大好きですが優しさを学んでください」
そう言って無理やりこの本に判を押し借りさせる。この判は特別なもので、誰がどの本を貸し出したか記録してくれるものだ。もちろんこの本の開発者はあの天才魔術師様なのだが。つまり魔術で記録しているのである。
「まったくもう、じゃあ借りてあげるから、そうね、今日は身分差のモノがいいわ」
「はあ、珍しいですね。いつもは貴族社会の中の恋愛ばかりをお読みになるのに」
「あらいいじゃない。まぁ別に読まなくてもその話間近で見れるんだけど」
「…?」
「こっちの話よ、気にしないで」
近くでそういった身分差の恋愛が存在しているのだろうか。こういった恋愛は本人達にしてみれば大団円かもしれないが、現実的に見ればはた迷惑なことこの上ないのかもしれない。
なんていったって相手はお貴族様。お貴族様にはお貴族様なりの苦労がたくさんあるのだから。
「ロリーナ様は、キリエス殿下のこと愛しておられないのですか?」
キリエス、とはラクセル様の主、この国の第一王子である。
彼女は生まれた時から殿下の婚約者なのだ。決められた未来を黙って歩く彼女の姿は、まさに貴族社会を生きる女性そのもの。
「そうね、愛の意味が違うけれど、確かに私は殿下のこと愛してるわね」
フワリと柔らかく目元を細めて笑う彼女の、なんと美しいことか。彼女は社交界の中でも「薔薇姫」とさえ呼ばれる美貌の持ち主。
そんな彼女に微笑まれたら惚れない男性はいないだろう。
「親愛、ですか?」
「ええ、多分それに近いわ。まぁ殿下は私のことどう思ってるかわからないけどね」
きっと彼女に足りないのは親愛や友愛ではなく、本当の恋愛。恋をして本気で誰かに愛を伝えるようなその感情が、枯渇していて。
偽りの世界でも、それでも酷似する本の世界の中でそれを体感出来るのなら。
ラクセル様に渡した本たちのあった同じ本棚から一冊取り出して彼女に手渡す。空色の表紙をしたそれは少し切なげだった。
「身分差の燃えるような恋だったらこれがよろしいかと」
「そう?じゃあこれ借りてくわ。こっちも…必要ないけど仕方ないわね」
ふわっと銀糸の髪を靡かせ華麗なターンを決める彼女の手にはしっかりと空色の本と、それから「優しいコミュニケーションの仕方」の本が握られていた。
そうこうしているうちに夕方から空は藍色に変わり、チラチラとひかり星が見えてきた。まるで絵の具を塗ったような色合いを中から眺め、読んでいた本に栞を挟んで閉じ、カウンターテーブルに静かに置いた。
ロリーナ様がいらしてからはほとんど人が入ってこなくなり、大広間にある大時計を見ればそろそろ夕食の時間に差し掛かっていた。今日はなんのご飯を食べようかと考えながら、カーテンを閉めようと立ち上がる。
この司書長の仕事を任されてからは実家に帰っていない。王城の近くに設置されたこの図書館には、司書長のための部屋が用意されており、なかなか住みやすい。ただ召使いや侍女がいるわけではないので、自分でどうにか食べていかないといけないのだ。
窓の近くに寄り、カーテンを掴んだその時だった。
コンコンーーー
え、と思ったその時、1羽のカラスが窓を通り抜けてこの部屋に入ってきた。
小さく悲鳴をあげ、思わず頭を守ろうと両手をあげる。が、すぐにそのカラスがなんなのかわかると、私は怒った顔を作ってそのカラスの足を捕まえた。
「もうっ、いっつも驚かさないでちょうだい!」
「いたっ、いだだ…!は、離せ!」
「離せですって?レディを驚かすなんて、土に還りなさい!」
「レディはカラスの足なんか掴まねえよ!!」
「ーーー本当に君は元気だね、ソアリ」
ぎゃいぎゃいと大口開けて怒鳴り込んでいると、大広間の扉が開き、黒いローブの人物が入ってきた。その人物の顔を見て盛大に顔が歪んだのは言うまでもない。
「…御機嫌よう、朝方ぶりですね、テオドール様」
「その嫌そうな顔、君って感じがするね」
「このカラス投げつけましょうか」
珍しくも2回目の来訪を告げる彼の姿にため息をついてもつき切れない。それでもやっぱりついてしまうのだが。
テオドール様が姿を現すとカラスは暴れ始め、私の手から逃れて彼の肩にとまった。あのカラスは名前は知らないが、テオドール様の使い魔として彼の相棒をうたっている。もちろんあの偉大なる魔術師様の使い魔なのだから、恐らくそんじょそこらのカラスとは違うのだろうが…
「主、あの女焼いていいか!?」
「ダメだよ、彼女は僕の大切な人だからね」
「俺は足を掴むやつを女だと認めねぇからな!」
どうにもうるさくてたまらない。普通のカラスのほうがまだおとなしい。たまにこうして自分の主がいない時を狙ってはこの図書館を狙って飛んでくる。正直に羽音が鬱陶しくて仕方ない。もしかしたらあのカラスのせいで子息令嬢は来ないのかもしれない、それなら駆除しなくちゃ。
なんといっても彼は本当におしゃべりだ。ペラペラとまるでマシンガンのように話す姿はうるさいし鬱陶しいしとにかくうるさい。
「…むむ!?」
「なんだ?」
「わ、ちょっと!」
心の中でカラスへの不満を垂れ流ししていると、カラスは何かの気配を感じたのか、私の身体の周りを飛び始め、そうして藍色の煙だけを残して消えていった。一体何が起こったのか、魔術に慣れない私にわかるわけもなく、答えを求めるべくテオドール様のほうをみると、彼は彼で険しい顔をしていた。
「あの…テオドール様?」
「……厄介なものだ」
はぁとため息をついた彼にいよいよわけがわからなくなる。使い魔のカラスが消えたこともわからないし、まったく魔術に冠する人は皆一様にしてこうなのかと思うと頭を抱えたくなる。
「そういえば、テオドール様、なんでこんなところに?」
「…ん?ああ、別に通りかかっ…」
そう言いかけてふと言葉を止める。え?と続きを求めるように彼を見上げると、ふいにグイッと距離を縮めてきた。
驚いて半歩下がった時、コツンと踵が大広間の扉に当たった。追い詰められたと悟った時には顔の左側に彼の手が置かれていて。息を呑むと同時に彼の顔の影が自分の顔にかかった。
「嘘、ちょっと用事思い出した」
「…え?い、いや、その、思い出さな、」
「シッ、黙って」
そう言われてしまえば黙るほかなくて。なんとか彼の緑色の瞳を見ないようにと目を逸らすが、どうにも目を合わせないような気がして、おずおずと彼の綺麗なそれを見返す。
「テ、テオドール、様?」
「…君は本当に厄介な人だね」
チューーー
額から聞こえたリップ音に思わず瞳を閉じる。再び目を開けると、悪戯が成功した少年のあどけない表情が視界いっぱいに広がった。
「なっ!!」
「どうやら君は意外にも人気があるらしい」
ひらりと華麗にターンをして私に背を向けるテオドール様の思考についていけない。ポカンと靡いた黒いローブを眺め、彼の行動を見つめる
それにしたって何が悪くないのだろうか。そうしてなぜ私が厄介なのか。
「ちょっと、テオドール様!」
「ああごめんね、僕は偉大なる魔術師だ。仕事が忙しい。それではまた明日の朝、君にベルを鳴らそう」
君がどこにいても、聞こえるようなベルを。
そう私の耳元で呟くと、何かを詠唱して赤い何かを落としてその場から淡く光を放って消えた。落ちたその赤い何かは一輪の花で、華やかに強かに咲いていた。
時刻はとっくに夕飯の時間を過ぎていた。今夜もまた明日の朝を楽しみにしながら眠りにつくことだろう。
「まぁそれも悪くない」
きっとこんなふうにひねくれるようになったのは、あの人のせい。
ここまでお読みいただきありがとうございます( ̄∇ ̄*)ゞ
続…きますかねぇ?(笑)わかりません(笑)
補足として、最後にカラスが身体の周りを回ったのは、側近殿の気配を感じたからです。カラスの使い魔である彼にはわかったのでしょう。
というわけで、今年もよろしくお願いしますっ!