デビュー日の決定
採用からわずか2週間ほど。
1月も経たずに私の講師デビューが決定した。もしかしなくても異様なまでの早さである。冬期講習の3週間ほど前のことであった。
「えーと、声を出す、視線を上げる、指示を出す…。うぅ、ねぇ私ホントにデビューしていいの?無理じゃない?研修2週間とかガチめに無理ゲーじゃない?これ絶対お金もらっていいレベルじゃないよね!?」
人間には誰しも「初めて」というものが存在する。塾講師もしかり。しかしながら、塾講師や教師のように人を教える立場に立つような職業ほど「初心者」という言葉が免罪符になり得ない職業もあるまい。とはいえ、場数を踏まなければ経験値など得られるわけもない。実に難儀な職業である。しかしながら、いかんせんメシの種がナマモノ注意かつ取り扱い注意な子どもたちである。しかも塾。保護者の目的は自分の子どもの成績向上。そんな舞台裏の事情など関係ないもなければ、歯牙にかける要素もない。一度黒板の前に立ってしまえば、バイトも社員も、ましてやベテランも新人もその一切が関係なく「プロ」なのである。保護者や子どもたちは、ただ静かに講師の授業がお金を払うに値するかを見極めるだけだ。そして、幸か不幸か、私が放り込まれた校舎は授業力に優れた講師が揃う、少数精鋭の校舎であった。
教材研究はした。というか、している。研修だって1週間は詰め込んでいる。すでに授業で使うテキストは書き込みで真っ黒だ。指摘されたことなんかを書き込んでいたらあっという間に真っ黒になった。走り書きすぎて字が汚いのはご愛嬌。とはいえ、研修してもらっても不安はつきない。今までに一度も通ったことのない塾なのだ。私は今ひとつ、授業の流れをうまくイメージできないままでいた。