バニラ色の夏
まだまだ夏も序盤だと言うのに、暑苦しくて、この後の本格的な暑さにどうすればいいのか。
あーあー、と無意味な唸り声を上げながら、冷凍庫を開ける。
スーパーで安かったアイスが幾つか入れてあり、指先を数秒さ迷わせて一袋つまみ上げた。
べリベリ音を立てて袋を開けてば、木の棒がこちらを見つめており、指先で持ち上げる。
白いそれは濃厚バニラ味。
口の中にその濃厚バニラ味を突っ込んで、袋をゴミ箱に突っ込む。
リビングでテレビでも見ようかと思い足を向けたこの瞬間を見計らったように、ガチャリと鍵の開く音がした。
リビングではなく、玄関に向かえば、青白い顔をした同居人が靴を脱いでいる。
顔色が悪いと言うか、幽霊みたいな陰鬱とした空気を背中に背負っていて、見ているだけで薄ら寒くなるんじゃないか。
ぽたり、こめかみを伝って落ちる汗を見て、手を伸ばす。
指先で汗をすくい取れば、気だるげな視線が向けられて、腕を掴まれる。
「何食ってんの」
「あいふ」
ちゅっ、と小さなリップ音を響かれて唇の辺りで溶け始めているアイスを啜れば、眉根を寄せる同居人。
自分から私の腕を掴んだくせに払い落として、綺麗にセットしていたはずの髪を掻き上げる。
ぽたぽたと落ちる汗は、外の暑さを見せ付けるようで、シャワー浴びれば、という言葉が漏れた。
アイスを口の中から取り出せば、同居人の視線はアイスに向けられて、それ、と言われる。
私のシャワー浴びれば発言に答える気はないのか。
俺が食べたかったヤツ、なんて聞こえるけれど、早い者勝ちだと思うし、また買えばいいと思う。
「美味しいよ」
「お前、俺の話聞いてたか?」
同居人の口元が歪むのを見ながら、アイスを口の中に戻そうとする私。
チッ、となかなかに大きな舌打ちが聞こえて、アイスを持っていた腕を掴まれる。
いつも体温が低めな同居人だが、流石に今日は熱っぽい。
大きな骨張った手を見詰めていると、腕が引き寄せられバランスを崩す。
ぶふっ、と色気のない声が響き、私は顔から同居人の胸に突っ込む。
大して高くもない鼻が胸板にぶつかって痛い。
「冷てぇ」
降って来た声に、痛みを我慢して顔を上げれば、私の持っていたアイスが減っていた。
がぶり、と齧り付いたらしい同居人は、自分の唇を舐めている。
なんて奴だ、空いた口が塞がらない。
溶け出したアイスは、木の棒を伝い、私の腕を伝い、同居人の腕を伝い、玄関に落ちる。
勿体ねぇ、なんて言葉と共に、私の腕に同居人の舌が這い回った。
ぞわぞわするその感覚に、体温が下がる。
「や、ちょっ……まじ、やめ……!」
血が逆流するような恥ずかしさで、ぐらぐらする。
慌ててその胸板を押し退けようとしたが、自由だった腕も掴まれて固定された。
背骨のある辺りに冷や汗が流れる。
アイス奪って食べたその薄い唇が、今度はアイスではなく私の唇を食べた。
冷たいしバニラの味がする。
ぼとり、と何か落ちる音がして、必死に空気を取り込みながら視線を向ければ、溶けて原型を留めていないアイスが玄関に落ちていた。
恨めしそうにこちらを睨む濃厚バニラ味のアイス。
あぁ、こっちの方が勿体ないじゃないか、と思いながらがぶりとアイスの代わりに、その唇に齧り付いてやった夏の日。