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81.魔人復活の儀式

[鹿島と出会えたようで安心した。

 あちらからも話は聞いたが、子爵が居ないとなると早々次の手は打てない。

 依頼はここまでだ。すぐ切り上げて帰って来い]


 オレは、今馬車に揺られている。


 これが、罪人護送用の鉄格子の嵌められた荷車でなければ、のどかな旅行なのだが。

 或いは、向かいの座るのが、同性でなければ。


 残念ながら、向かいは手錠足枷を嵌めた鹿島さんだし、両隣は警護の衛兵が睨みを効かせている。


 ログインして、暫く、牢屋で鹿島さんと取り留めのない話をしていたら急に衛兵がやって来て二人をこの馬車に詰め込んだ。


 何を聞いても返答は無し。


 オレと鹿島さんが連れて行かれたのは地下神殿。

 馬車から降ろされる前に目隠しをされた。

 まぁ、オレは千里眼で一部始終を見ていましたけど。


 そう言えば、オールバックだと思ってた鹿島さんの髪型は、後ろで束ねてあった。どうでも良いか。


 そこは直径30メートルほどの円形のホールになっている。

 天井が地下にあると思えないほど高い。

 奥に、祭壇のようなもの鎮座している。


 その前に三人、そしてオレたちの後ろにもプレイヤーが三人付いている。

 何故か、鹿島さんだけ目隠しを外されていた。


 祭壇の前には、石造りの台座の様な物が置かれており、そこにNPCが座らされていた。


 視界を近づけて様子を確認する。


 壮年のNPC。

 目が、虚ろだ。

 これは、『魅了』の状態異常か?


 プレイヤーの一人が細かな彫刻の施された銀の杯を手渡す。

 中に黒褐色の液体が入っている様に見える。


「あ、丁度始まったか」


 後ろでプレイヤーの一人が呟いた。


「今度はどうだ?」


 もう一人がそれに答える。


 NPCは、受け取った杯を口に当て、中の液体を飲み干す。


 一呼吸ほどの後、NPCの目が大きく見開かれる。

 手にしていた杯が床に転がる。


 そして、歯茎が見えるほど口を開け顔を歪め、悶だした。

 小刻みに震える両手で頭部を抑えようとする。

 その手が、指先から黒く変色していく。


「あー、ダメっぽい」


 後ろのプレイヤーが呟いた。


 NPCは、一度天を仰いだかと思うと、次の瞬間、全身が黒い灰となり崩れ落ちた。


 祭壇の側でプレイヤーが仮想ウインドウを操作する。


 表示されたのは、20行程のリスト。

 一番左の列は番号だろう。

 降順で一番下は133になっている。

 その横の列には全て『NPC』となっていた。

 更にその横に、見た目の特徴などを書き込んであるようだ。

 一番右の列は、133の行を除き全て『NG』と書かれている。


 リストの上部には4.54という数字が表示されている。


 プレイヤーがリストの133に『NG』を入れた。


 リスト上部の数字が4.51に変化。


 このリストは、魔人召喚の実験リスト、となると上の数字は、成功率か?

 導き出される成功数は、6。


「やっぱりNPCは無理じゃねーか?残りはプレイヤーで当たろうぜ」

「全員高レベルで揃えるのは無理だ。アカウント自体流通が少ない。

 何体かはNPCを使う必要があるだろ」

「んじゃーやっぱり、子どもだろ。唯一の成功例だもんな」

「そうだな。それに絞るか。調達も難しくないしな」


 後ろから、そんなやり取りが聞こえてくる。


 こいつら、欠片も罪の意識を感じていないのか。


 こんな馬鹿な事に何人のNPCが犠牲になったんだ?


「次はプレイヤーにしとこうぜ。いい加減成功させたい」

「そうだな。オイ、鹿島、そういう訳だから、お前、生け贄な」


「お前ら、こんなこといつもでも続けられると思うなよ」


 手枷、足枷を嵌めらたまま、鹿島さんは、彼らを睨みつけ悔しそうにそう言い放った。


「うるせぇよ。オレたちの邪魔すんな。偽善者が」


 もう良い。

 ここの居ても、得るものは無い。

 三人の意識が鹿島さんに向いている隙に、両手両足の拘束具を装備解除する。


「鹿島さん。オレはひと暴れして帰ります。恨まないで下さいね」


 そう言ってオレは、右手に溟剣(クリスタルブレード)を出現させる。

 そして、そのまま一息に鹿島さんの首を撥ねる。


 鹿島さんが光の粒子と化すのを横目に、呆気にとられたままの三人へ続けざまに剣を振るっていく。



 剣が三人目の腹部を貫く。


 祭壇に向き直りながら右手の剣を消滅させて、目隠しを外す。


 そして、メニューを操作し、変装を解除。

 もう、こんなものは必要ない。


 ゆっくりと祭壇の方へ足を進めていく。


「お、お前は!」


 オレを知ってる奴が居るのか?


 ま、どうでもいい。


 お前らは、許さない。


「オイ、殺すな。生け捕れ。最高の素材だ!」


 は?

 お前らの思い通りになんか行かせないさ。


 今、叫んだ奴の足元に魔法を発動させる。


 火柱が立ち上リ、一瞬でプレイヤーが粒子となり掻き消える。


 残りは二人。


 な訳無いな。


 二人の周りに魔法陣が出現していた。

 それも、六箇所。


「アッチで戦った紛い物とは違う、これが魔人の完全版だ。勝てると思うなよ!」


 へー。

 そりゃ怖い。


 じゃ、こっちもそれなりの戦力を投入しよう。


「死霊召喚」


 ミノさん、ハーピー三体、アンデット三体。

 いずれも高レベル。


 さらに、メニューを操作してプリスの従属を解除する。

 いきなり火事場に呼び出してすまない。


「プリス、力を貸してくれ」


 呼び掛けに答える様に、オレの上に天使がその姿を表わす。


 あっれ?

 服が、豪華になってるぞ?

 背中の翼がでかい!


「うん?」


「プリス、ピンチだ。助けてくれ」


「あー、そうかー!」


 そう言って、プリスはオレにオリハルコンナイフを差し出す。


「魔人が、六体。後ろで援護を頼む」


 オレのMPを回復させ、そして、一歩下がって聖歌を歌い出すプリス。


 オレは、両手のオリハルコンナイフの感触を確かめながら、溟剣を出現させる。


 そして、深呼吸。集中。

 片目を閉じ、上から戦場を俯瞰する。


 魔法陣から出現した魔人へ死霊軍団が襲いかかる。


 プレイヤー達の姿が見えない。逃げたか? 隠れたか?


 まあ良い。

 脅威は目の前の魔人だ。


 モンスター:【メセズトの復体】レベル??

 魔王タイテムに仕える十の魔人が一人、メセズトの分身。

 魔人本来の力を写しとっている。人の身には脅威である。


 こいつは、最初に会った大剣を持つ魔人だな。

 以前は影だったが、今度は分身か……。


 他も同様か。


 槍を持った【ナソガベの復体】、こいつも以前に会ってるな。

 金砕棒を持つ【ケンスキンの復体】、戦鎚を持つ【アジェンキの復体】、長剣を持つ【シデシブの復体】、曲刀を二本持った【ケリカナの復体】。


 どいつもこいつも、『人の身には脅威である』と説明付き。


 元は、プレイヤーかNPCだったのであろうが、救う方法がわからない以上仕方ない……。


 こちらの世界に入って、PKされたこと、騙され捕まったこと、今さっき胸糞悪い話を聞かされたこと、それら全ての怒りと鬱憤を全力でぶつけてやる!


 ま、平たく言うと、八つ当たりですけどね。


「雨燕」


 武技を放ち、先行する、アンデット達の隙間を縫うように、金砕棒を持つ魔人へと突っ込んでいく。確かケンスキンとか言ったか。




 いやー暴れた。暴れた。

 大分すっきりした。


 魔人は六体。

 ただし、千里眼で俯瞰しながらでよく分かったのだが、こいつら他の魔人と連携をしない。

 同士討ちこそ無いが、互いの行動を阻害し合っている。

 強さも、ルノーチで戦った融合体の方が上か?


 そして、何よりプリスが凄い。

 魔人を次々に拘束して行く。


 拘束時間こそ、短いが確実に攻撃の手を減らす。

 ここぞと言うタイミングで。

 おそらく、同時にデバフも掛かっている。


 こんな事、オレの知っているプリスは出来なかったはず。

 月子さん、預けている間に何かした?


「月時雨」


 剣が、青い三日月に似た残像を表したまま、魔人を袈裟斬りにする。


 曲刀を持ったケリカナは、その一撃でHPを全損させたようだ。

 音を立てて床に崩れ落ちる。


「ふぅ」


 千里眼を解除し、数歩後ろに下がる。

 いや、ふらついて後ずさりした、と言うのが正しい。


 二箇所の視点を処理しながら剣を振るう。

 その事は多少慣れては来た。ただやはり、疲労が大きい。

 反応が鈍り、体が言うことを効かなくなってきている。


 アンデットはミノさんしか残って無い。

 プリスのMPももうすぐ枯渇しそうだ。


 残りの魔人は、四体。

 相応にダメージを与えてはいるが、やはり強敵揃い。


 何より気になるのが、魔人の死体が消えていない事だ。


 最後は融合があるのか? あるんだろうな。

 ……無理ゲー。


 大分気分は晴れたし、もう死に戻っても良いかね。

 遠からずそうなりそう。


魔界の煙(デモン・スモーク)


 不意に後方から声がしたと同時に、オレの周りに黒い煙がまとわりつく。

 プレイヤーが残ってたか。忘れてた。


 ミノさんが声のした方へ、手にした戦斧を放り投げる。

 その直撃を受けたプレイヤーが粒子と化す。


 体の自由が効かなくなる。

 いや、動くのだが、非道く重い。


 『呪い』。状態異常だ。

 たまらず、両膝をつく。


「ジン!」


 ブリスの鋭い声が届く。


 長剣を持った魔人がオレに迫る。


 マズイ。

 避けられない。


「よし、手足を切り落とせ。殺すな。生け捕れ」

 隠れているプレイヤーの声が響く。


 逃げてなかったのか。

 しかし、生け捕りはマズイ。


 どうする?

 ……あらがう手が、無い。


 クソ。

 判断を間違えたか?


 無謀過ぎた。

 単独でどうにかなるなんて思い上がりだった。

 ブリスは月子さんの元に居させるべきだった。

 それなら、最悪オレ一人の犠牲で済んだかもしれない……。


 一瞬で後悔が頭を埋め尽くす。


 ログアウト、間に合うか?

 重い腕でメニューを操作しようと必死に動かす。


石化の瞳(ゴーゴン・アイ)


 しかし、オレの腕の動きが止まる。

 ……石化か? 四肢が徐々に硬直していく感覚がある。

 時間経過で完全に動けなくなるはず。猶予はどれだけだったか……。


 魔人が、長剣を振りかぶる。


 横から黒い影が飛び出し、オレの前に立ち視界を塞ぐ。


 ミノさんが身を盾にして、魔人の一撃を防いでいた。


 その肩口を切り裂き、背中から魔人の剣先が飛び出している。

 そして、巨体が光の粒子となって消えて行く。

 消滅する直前、ミノさんが力強く親指を立てるのが見えた。


 何故?


「ジン!!」


 響いた声と同時に、目の前の魔人の首が刈り取られる。


 崩れ落ちる魔人の体。

 その向こうに立っていたのは。


「リィリー?」


 怒りを露わにした、ゴスっ娘は、しかし、小さな溜息をついた後、呆れ顔で言った。


「……そんな顔、しないでよ」


 え?

 オレ、どんな顔してた?

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