79.潜入十三日目
十三日目
子爵の館を見張り続けているが、外出の様子が無い。
外出していないと言う事は無いのだろうが、ログインしているタイミングに合わない。
これは、本当に忍びこむしか無いのだろうか。
幸い、ゲーム内は夜。
しかし、そんな事可能なのか?
いや、無理だ。
鍵が開けられない。
鍵の掛かってないところなんかあるか?
あ、煙突?
付いてたかな。あの屋敷に。
ひとまず屋敷の方へ足を向けつつ、片目だけ千里眼を飛ばして様子を窺う。
二画面視点で行動するのも大分慣れてきた。
俯瞰で屋敷を確認するとそのバルコニーを動く影がある。
明らかに家人では無い。
急いで視点を近づける。
影はバルコニーの縁から屋根へと飛び移る。
賊だ。
千里眼でその顔を捉える。
見覚えは?
ある!
顔自体ははっきり覚えてないが、その黒縁メガネ!
この前オレをPKしたミニアのかけていたソレと同じものだ!
偶然か?
どっちでも良い。
とりあえず、捕まえる。
侵入者として突き出せば子爵にお目通り叶うかもしれない。
上空から、路地に降り立った賊の姿を捉えながら、全力でそちらに向かう。
「待て」
平然と歩く、賊の後ろから静かに声を掛ける。
「私、ですか?」
振り返ったその顔はやはり、ミニアだった。
いや、記憶と同じ顔ではない。何かのスキルを使用しているかもしれない。
ただ、微かに面影が有る。
そして、声とメガネが同じだ!
「暗檻」
有無を言わせず拘束する。
「え!ちょっと、何するんですか!?」
「黙れ。
聞きたいことは一つ。
子爵の家で何をしていた?」
PKの事も問い詰めたかったのだが、生憎と今のオレはあの時とは別人に変装している。
「な、何のことですか?わかりません」
「とぼけるな。お前が子爵の家から出てきた所は目撃してる。このまま突き出しても良いんだぞ?」
ミニアは、ナイフを取り出し、その刃を牢に突き立てる。
「無駄だ。そんな事では破れない」
「ふーん。そっか。じゃ、別の手段だなー。
誰かー。助けてー!!」
「な!」
ミニアが急に大声を上げる。
今までと全く違う、切羽詰まった女性の声で。
「キャー!助けてー」
「オイ、ヤメろ!」
「助けてー!」
騒ぎを聞きつけたのだろう。後ろから足音が聞こえる。
それも数名。
「何だ?」「どこだ?」「あっちだ!」
どうする?
考えてる時間はない。
いや、話せばわかるはず。
あっという間に数人のNPCに囲まれていた。
「助けてください!」
ミニアはいつの間にか、質素なドレスをその身に纏っていた。
「どういう事だ?」
NPCがオレに剣を突き付けながら問い詰める。
「こいつが、ムノス子爵の家に忍び込んでいた。だからこうして拘束している」
「嘘です。私、そんなこと出来ません……」
そう言うと、ミネアは両手で顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。
NPCはオレに剣を向けたままだ。
「ひとまずお前を拘束させて貰う」
「は?」
術を発動していたため、抵抗する術がなかった。
男三人に取り囲まれ、地面に引き倒される。
「おい、賊はアッチだ」
「五月蝿い。話は後で聞く」
うーん、素の筋力が非力なので抵抗できない。
「ありがとうございました。助かりました」
「あ、待ちなさい」
NPCの静止も聞かずにミニアは姿を消してしまったようだ。
「とりあえず、話は詰め所で聞こう」
オレを立たせながらNPCはそう言った。
これが、俗にいう誤認逮捕と言う奴か……。
ま、訳を話せば開放されるだろう。
この時はまだ、そんな風に甘く考えていた。
■■■■■
連れて行かれた、詰め所の一室。
手錠に足枷をはめられ、椅子に座らされている。
向かいには高圧的なNPC。
事実確認にムノス子爵の家へ部下を派遣しているらしい。
「なあ、ムノス子爵ってのはどういう人物なんだ?」
「……よく出来たお方だ。利己的な貴族の中にあって民草の事を考えているのはあの方だけではなかろうか。
それ故、敵も多いみたいだが」
拘束されてはいるものの、罪人と確定していないのでこういった世間話には応じて来る。
「失礼します」
ドアを開け、子爵邸の様子を見に行っていた部下が入ってくる。
そして、NPCに耳打ちをする。
NPCが驚愕で目を見開くのがはっきりと分かる。
「オレの無実は証明されたか?」
「逆だ。子爵は殺害されたらしい。自室でだ。今のところお前が第一容疑者だな」
「はぁ!?」
「私も子爵邸に向かう。こいつを牢に入れておけ」
「ハッ!」
報告を持ってきた部下に、引きずられ地下の牢、その一つに押し込められた。
あまりの事態に、頭が真っ白になっていた。
まずい。
このままでは殺人犯に仕立てあげられかねない。
「オイ!ふざけんな!出せ!オレは関係ない!!」
鉄格子を掴みながら、叫んだが既に遅かった。
バタン、と重い扉を閉める音が代わりに返ってきただけだった。
クソ。
何なんだ。
置いてあった簡易ベットを蹴り上げようと、右足を振り上げると同時に足枷が左足を釣り上げ、受け身もままならず背中から地面に叩きつけられる。
衝撃で、冷静になる。
ひとまず、状況の確認だな。
メニューを開く。
出来ること出来ないことの確認。
まずは、メッセージ……送受信不可。
次いで、転移……も不可。
所持アイテムに変化は無し。
魔法は……使えない、か。
ん、と言うか、この手錠、装備品扱いで外せるぞ?
良いのか?
こんな仕様で。
まあ、いいや。
最後にログアウト、と。
出来た。
ログインしたら宿屋に戻ってないだろうか。
微かな期待を胸に再度ログイン。
やはり、牢屋の中。
ふむ。
次は手錠を外すか。
「あの」
突然声を掛けられ、肩が跳ね上がる。
他にも人が居たのか。
声がした方を向き直ると、丁度向かいの牢屋の中で男性がこちらを真剣な眼差しで見つめていた。
「失礼ですが、ゲームプレイヤーの方ですよね?」
髪をオールバックにして、オレと同じように両手両足に錠を嵌められている。
両手で鉄格子を掴んで身を乗り出しながら尋ねて来る。
「え、ええ。そうですが」
丁寧な口調だが、こんな場所にいるということは、犯罪者だろう。
「やはりそうですか。見たところNPCのマーカーであるのに、何やらウインドウを操作している。失礼を承知で、声を掛けてしまいました。
いや、実は私、ここ数日、ここに拘束されてまして、ゲーム内で人と話すのが随分と久しぶりなのです。
良ければ少し話し相手になってもらえませんか?」
そういう事か。
ならば。
「構いませんよ。その代わり、ここの事を教えて下さい」
「ええ。私の試した限り、ですが。
まず、ログイン、ログアウトは何時でも可能です。
逆に言えばそれしか出来ない、とも言いますが。
外部、フレンドとのメッセージのやり取りは出来ませんし、武技、魔法もこの手錠のせいで発動できない」
「なるほど。そう言えば死に戻りは?」
「それは、試したことは無いですね。試そうにも手段がないので」
「ですよね」
「つまり、罪を償うまではこのまま、という訳です」
「アナタは数日前からここに居ると言ってましたよね? まさかログイン中ずっとここでじっとしてたんですか?」
「そのまさか、と言いたいところですが、流石にそこまで時間を持て余しては居ません。ログイン状態で外部に映像を出力して他のことをしていますよ」
なるほど。
しかし、それは、そんな手段を思いつく程、ここに居るという事でもあるのでは?
「失礼を承知でお聞きしますが、一体何をなさったんですか?」
「うーん、何と問われると難しいのです。信じてもらえるかわかりませんが、嵌められたのです」
「嵌められた?」
「ええ。ご存知か分かりませんが、今プレイヤーが思想の違いで二つに分裂している。
相手は上手く、ゲーム内の権力に取り入り、有る事無い事言ったのでしょう。
覚えも無い事を言われ、気付いたらこの有様です。
そう言う貴方は?
こう言っては問題ですが、見た目を偽れる程の高レベルならNPCから逃げるなど簡単でしょうに」
「オレは……冤罪です。殺人の容疑が掛けられている……」
「それは、穏やかではありませんね。
しかし、冤罪で拘束とは。
よほどの大事件ですかね」
信じていないのか、少し茶化したように言った。
「余程の大事件なのでしょうね。殺されたのは貴族、ムノス子爵だそうですよ」
オレは溜息をつきながら言い放った。
「何ですって!? 子爵が?」
突然大声を上げて目を見開く。
「え、ええ」
「その話、確かなのです? 貴方は現場に居たのですか? 死体を見た?」
「い、いや、憲兵がそう言っていただけで、オレは何も見てませんが……」
「すいません。暫くログアウトして、情報を収集して来ます。クソ、抗戦派の連中め……」
呟いた独り言を聞き漏らさなかった。
抗戦派の連中と苦虫を噛み潰したような言い方をしたところを見ると、彼は和平派なのではないか。
とすると、スランドの協力者に繋がるかもしれない。




