77.潜入二日目
二日目
ログインしたアコウズの宿屋で、暫く窓下の街の様子を眺める。
そこには、C2Oと変わらず、プレイヤーとNPCが街を行き交う姿があった。
そんな様子を眺めながらニケさんから来た、お別れのメッセージに目を通す。
リアルの連絡先が付いてる辺り、返信はこちらに、ということだろう。
後で、返信することとする。
さて、出発しようか。
その前に、【変装】を調整。
職業を、曰く、不遇職の『軽業師』に。
魔法に関わるステータスを除くと、この職が一番オレのステータスバランスに近い。
AGI、DEX重視の紙防御。
あわせて、【体術】【突進】【跳躍】のスキルも取得しておく。
これで、なんちゃって軽業師としてバレずにやっていけるかね?
宿屋から出て、ひとまず、この町の冒険者ギルドへ。
そこで、見破られるようなら早々に撤退だな。
冒険者ギルドの様子もC2Oと何ら変わらない。
壁に依頼の紙が張り出されていて、カウンターには人相の悪い親父が座っている。
そして、その依頼をプレイヤーが思案顔で選別している。
最も、WCOにしてみればここは最前線なので、それほどプレイヤーの数は多くないように思える。
暫く、その様子を眺めていたら不意に声を掛けられた。
「置き去りのイラズラにでも合ったか?」
立っていたのは、鉛色の全身鎧を纏った男性プレイヤーだった。
短髪に無精髭。
「え、あ、そうです。やられました」
男の奥に、魔道士風の男女、そして、弓を持った女性が立っている。
同じパーティーを組む、仲間なのだろう。
「そうか。災難だったな。帰るアテはあるのか?」
「いえ。どうしようかと考えてた所で」
「良かったら、送っていこうか。
オレ達はこれから、クエストでキョウまで行くんだが、幸い今日はパーティーに空きがある。
どうだ?」
親切心か、それとも、何か気付かれたか。
どうする?
気付かれたとした、なぜ気付かれたのかの原因を探る必要があるが。
「良いんですか?
何も、お礼とか出来そうにないですけど……」
「構わないさ。つまらないいたずらをする馬鹿のせいで嫌な思いをさせたな。その、償いだと思ってくれていい」
「あの、どうしてオレがイタズラに引っかかったと?」
「ああ、オレは【聖騎士】でな。相手の職業、レベルがわかる【看破】を使えるんだ。
見慣れない顔だから、ちょっと見させてもらったらレベル3だろ?
気になって声を掛けてみたんだ」
なるほど。【看破】。
ちょっと背中が寒くなるスキルだな。
最前線で低レベル。バレると不自然過ぎるが、倉本から聞いていて助かった。
「そうでしたか。オレはジン。昨日この世界に来ました」
「オレは、雷十郎。それとパーティーメンバーのナノ、リゼ、兎だ。よろしく」
雷十郎さんからパーティー申請が来る。
大丈夫だろうか?
行動全てが、バレないか心配になって来る。
パーティー申請を受けないは不自然だ。
迷っても意味が無い。
結果身バレしても、まぁ仕方ないか。
[受理]を選択。
「よろしくお願いします」
「ちょっと待っててな。もう少ししたら、ここにNPCがやって来る。そいつを無事にキョウまで送り届けるのがオレたちが受けてるクエストなんだ」
「護衛ですか」
「そうだな」
「君、軽業師とか正気?」
話かけてきたのは、魔法使い風の女性、リゼ。ジョブは高僧だ。
「ええ。正気とは?」
「何にも出来ないわよ?調べた?」
「いえ。全く」
リゼはこめかみを抑えて天を仰ぐ。
「あちゃ~。君の選んだ『軽業師』は不遇職ナンバーワン。曰く、存在意義がわからない。
早く、レベルを20まで上げて、転職することね」
「はぁ。アドバイスありがとうございます」
酷い言われようだな。
「お、来たようだ」
やって来たのは、フード付きのマントを羽織った旅人風の男だった。
「近頃、モンスターも増えたし、色々と物騒でね。
そういった訳で、暫く護衛をお願いするよ。報酬は現地で払う」
「モンスターはオレたちに任せて、自分の身を守ることに専念してくれ」
フィールドに出て雷十郎さんに最初に言われた言葉だ。
ひょっとして、オレも護衛対象になってたりします?
「わかりました」
「死ななければ私が回復してあげるから」
と、リゼ。
「頑張ります」
一行は、街道を西に進んでいく。
途中、何度かモンスターに遭遇した。
周囲の心配を他所に、オレも参戦。
敵の攻撃は、気配察知と素のAGIのお陰て難なく躱せる。
そこにタイミングを合わせてカウンターの拳を叩き込む。
完璧に決まったはずのカウンターは、しかし、敵のHPの一割も減らせない。
非力!
軽業師の不遇職たる所以を思い知った気がする。
まぁ、非力なのはオレのステータスのせいなんだけど。
「ひょうひょうと、まぁ、よく躱すわね。君のレベルからだと相当な強敵だと思うけど」
リゼが呆れたように言う。
「ど、動体視力は、良いんですよ」
適当に理由を付けて、ごまかす。
先頭を歩いていた雷十郎さんが、足を止める。
その向こうに、プレイヤーが五人ほど立っている。
「ちょっと、ストップ」
向こうから、黒い鎧姿の男が雷十郎さんに話し掛けてきた
「何だ?」
「護衛のクエスト中か?」
「そうだが?」
「目的地はキョウ?」
「そうだ」
「ちょっとさ、その、NPC、見せてもらっていい? スパイが入って来たって話があってさ」
スパイ?
オレのことか?
「構わん」
あっさりと許可を出す、雷十郎さん。
「ちょっと! 護衛じゃないんですか!?」
NPCが抗議の声を上げる。
「アンタに疑いが掛かった。別にやましい所が無ければ平気だろ?」
既に、プレイヤーに取り囲まれているNPCへ雷十郎さんが言い放った。
「はいはい。ちょっとだけ持ち物調べさせてね」
「ふざけるな! 何故、そんなことせねばならない!」
「うるせぇな。大人しくしろよ」
そう言って黒い鎧男がNPCに近づいた瞬間、NPCがマントで隠した懐からナイフを抜きプレイヤーの首元に伸ばす。
が、そのナイフは空を切り、逆にNPCの腹部には黒い鎧男の剣が深々と突き刺さっていた。
「危ねぇな」
剣を、NPCの腹から引き抜きながら、感情も込めずにそう言い放った。
地面の転がったNPCの背中に黒い鎧男が再度剣を突き立てる。
NPCはそれで事切れたようだ。
死体を蹴り上げ、仰向けにする。
そして、その死体を持ち物を漁る、プレイヤー達。
「あったぞ」
そう言って取り出したのは、封筒か?
オレが、スランドから預かった親書に良く似ている。
「よし、残りは一人だ。
お前はそれを届けてこい。残りはここで見張りの続きだ」
言われた一人は、親書を受け取ると、転移で姿を消した。
黒い鎧男は雷十郎さんに向けて頭を下げた。
「すまなかった。結果としてクエストを妨害してしまった」
しかし、雷十郎さんは、軽く右手を上げて答えた。
「いや、気にするな。事情が事情だ。理解してるさ」
「助かる」
「さて、クエストが無くなってキョウへ戻る理由が無くなったけど、どうしようか」
「この子を次の街まで送ってから考えれば良いんじゃない?」
この子、とは俺のことだろう。
「そうだな。じゃ、行こうか」
何だ。これは。
NPCが、今、殺されたというのに、誰も気にしないのか。
いや、NPC何て、そんなものだろう。気にするのは、オレくらいか……。
あのNPCは本当にスパイだったのか?
あの封筒は親書だったのか?
一歩間違えば、あそこに転がっていたのはオレの方だったのかもしれない。
「雷十郎さん、さっきのは?」
先程の現場からだいぶ離れ、少し気分が落ち着いたところで尋ねる。
「ああ、敵のスパイだったみたいだな」
「敵?」
「そうか、君はまだ始めたばかりで知らないか。
このゲーム世界では東西二つのゲームが戦争をしているんだ。
どうも、敵がこっちにNPCを送り込んで何かやってるらしい」
「何か、ってなんですか?」
「詳しくは知らんが、和平交渉だとかなんとか」
「和平?
和平の使者を、殺したんですか?」
「うん、まぁ、そこんとこはちょっと微妙なんだがな。
一ヶ月ほど前に、向こうとRvR戦闘があってな。オレたちが負けてるんだ。
そんで、いま、二つの勢力が出来上がりつつある。
抗戦派と、和平派だな」
「雷十郎さんとさっきの人達は、抗戦派ということですか?」
「あいつらは、抗戦派の中心だ。
オレもまぁどちらかと言えばそっち寄りかな。
負けっぱなしは嫌なんで、次は叩きのめしてやりたいな!!」
「そうですか……」
『争い、憎しみ合って何になる?その後に何が残る?
お互いの世界を行き来出来るようになる。
その先の未知の世界へ胸を躍らせる。
それで十分ではないか』
スランド、君の言葉は勝者のそれでしか無い様だ。
君と、君の協力者が選ぶ道はとても困難なものかもしれない。
オレは、次の町で雷十郎さん達と別れることにした。
宿屋で、今日の出来事を簡単にまとめ、スランドにメッセージを送っておく。
10/22 ご指摘に伴いスキル名を変更しました。




