70.再び戦場へ
「勝った割には浮かない顔ね」
リィリーが、オレとプリスのMPを回復しながら言った。
「そう、かな?」
どんな顔をしているのだろう。
いや、多分疲れただけだと思いますよ。
周りのプレイヤー達からは勝利の歓声が上がっている。
「ジンさん! ラストアタックお見事でした!」
「ああ、それにしても、こっちにいたのか」
「私がお願いしたの。何か合ったら駆けつけるから、警戒してって」
「お願いされました」
「そうか、助かったよ」
リィリー、桜、楓とハイタッチを交す。
「スランド、フェイ、カリシアも、助かった!」
「報酬! 忘れるなよ!」
「わかってる!」
「ジン君、勝利の余韻に浸ってる所申し訳ないけど、向こうが心配だわ」
ニケさんとネフティスが近寄ってきた。
「クロノスから、返信が無いの」
「え?」
「私達は、直ぐに戻ります」
「はい。オレもすぐ行きます」
ニケさんはオレの言葉に頷くと、リンナと二人、転移で姿を消した。
「プリスもうひと踏ん張りだ」
「うん」
「リィリーも良いよね?」
「いちいち確認しないで」
「わかった。宜しく。
二人共ありがとう。助かった」
桜と楓に礼を言う。
「後でそっちに顔を出します。アイテムの補給とかあるので」
「待っててねー!」
軽く手を上げそれに応える。
そして、転移。
戦場の本陣には、明らかに戦いの後があった。
しかし、クロノスさんは何事もなかったような顔でニケさんと話をしていた。
「クロノスさん!」
「やあ。大変だったみたいだね」
「辛うじて勝ちました。こっちは何があったんですか?」
「プレイヤーの一人が、ふらりと近づいて来てね。突然、魔人に姿を変えたんだ。
ニケから警戒のメッセージをもらってたから、なんとか対処できたけどね」
スランドの話を聞いた直後に警告を発してたということか。
「無事で良かったです。
魔人は何人でしたか?」
「一人だけだ」
「あちらで、九人。ここに一人。魔王の配下は十人。
これで打ち止め、だといいけど……」
ニケさんの心配も当然だ。
勝ってこそいるが、決して簡単な敵ではない。
もう出現してほしくないのが本音だ。
「戦況はどうです?」
眼下に広がる戦場に目をやりながら尋ねる。
「膠着状態だ。ただ、向こうとしては後がなくなったはずだから、攻めに転ずるほかないだろう。
落ち着かないのはわかるが、焦っても何も出来ない。
ここから最前線へ飛べる訳でないからな。
一仕事終わった後でもある。ここで戦況を眺めよう」
クロノスさんの言う通りだった。
戦場には人が溢れ、前線へ出るだけでも大変だろう。
そして、オレもリィリーもどちらかと言えば前線で力を発揮するタイプ。
後は、戦場の戦士たちに任せる他無いか。
「そうですね」
クロノスさんの用意してくれた椅子に腰を掛ける。
隣にリィリー、そして、その膝の上にプリスが座る。
「リィリーも手を回してくれいるのは知らなかった。ありがとう」
「こっちに来ないギルドメンバーに注意するように言っただけよ。それに、君のためじゃなくて、プリスの為だから」
「そっか。でも、桜が来ないのは勿体無いな」
「何で?」
「あのドラゴンは、大きな戦力だ」
「桜も楓も、女の子だもん。戦争なんか興味ないわ」
ん?
「君は違うの?」
「え? 何が?」
んん?
オーケー。整理しよう。
桜と楓は女の子だ。
女の子は戦争に興味がない。
でも、リィリーは戦場にいる。
え。
男?
えぇ?
ここに来て、とんでもない疑惑が発生した。
これは、早急に確認すべきだ。
しかし、どうやって?
「えーっと、リィリーは、その……」
女の子?
何て、聞ける訳が無い。
「何? どうしたの?」
「いや、戦場に女の子がいてもおかしくないよね?」
ちょっと、自分でも何言ってるかわかんないです。
「別におかしいとは思わないけど。
桜も楓も興味が無い。それだけよ?
何か、おかしな事言ったかしら……」
リィリーが不安そうな顔をする。
「貴女はこういったのよ。
『桜も楓も、女の子だもん。戦争なんか興味ないわ』って。
これって、裏を返すと、戦場に来ている自分は女の子じゃありませんとも受け取れるわよね」
ニケさんが笑いを噛み殺しながら、リィリーに言う。
聞いてたのか。
「へ?」
目を丸くするリィリー。
やや間を置いてこちらに向き直る。
「ジンは、私が、男、ネカマ、じゃ、ないかって、疑った、って、事!?」
オレの二の腕をガシガシ叩きながら抗議する。
「いや、だって、言い方が……」
「バーカ! バーカ!」
痛みこそ、伝わってこないが本気で殴ってるぞ。きっと。
「おーい。あっちの連中は本気で戦ってるんだ。イチャイチャするなー」
「「イチャイチャはしてない!」」
クロノスさんの軽口に、二人で同時に抗議の声を上げる。
ニケさんが生暖かい目でこちらを見ているのが見えた。
「少し、押され出したか」
戦闘は、残り一時間を切っている。
あと、半分とは言えそろそろ疲労も溜まってくる頃だろう。
「切り札は?」
ニケさんが、クロノスさんに確認する。
「そんな物は無いさ。隠しておけるほどのカードは配られてない。少なくともコチラ側には。
前線を信じよう。ここまでくれば残るは気力だけ。後で檄でも飛ばすさ」
暇だなー。
千里眼で戦場の様子を確認するぐらいしか、やることがない。
千里眼越しに魔法を飛ばそうかとも思ったが、敵味方が入り乱れているので、逆に邪魔になりかねない。
召喚した死霊達も、もはや殆ど残っていない。無念を晴らして輪廻に戻れたのだろうか。
残っているのは、ミノさんとケンタウロスの軍団か。奮戦はしているが、それもあと少しだろう。
「暇ね」
「暇だよ」
「お菓子! おかわり」
「ごめんね。プリス。もう無いの」
「ちょっと、戦場荒らしてこようかな。右側なら、人が少ない分、前にいけそうだし」
オレは、意を決して立ち上がる。
ただ座ってるのは、どうも性に合わない。
リィリーは?
「じゃ、前線までエスコートお願いね」
意思を確認する前に、立ち上がってそう言った。
「仰せのままに」
片膝付いて、恭しく頭を垂れる。
「苦しゅうない」
「苦しゅうない」
リィリーに続きプリスも芝居ががった返事を返してきた。
「差し入れでーす!」
本陣に、桜と楓、ミックが入ってきた。
「補給は、これで、最後、です。
補給部隊へ、引き渡して、来ます」
ミックが、クロノスさんに言う。
「それと、差し入れの、飲み物も、用意してます」
「いや、それは、後にしよう。前線の仲間に申し訳が立たない」
「そう、言うと、思いました」
楓は肩に、ミーちゃんを乗せている。
桜の頭の上にはトカゲほどの大きさになったプラムがいる。
あんなに小さくなれるのか。
「あっちの様子は?」
「NPCの騎士団やら衛兵やらが来て、現場の整理を始めてます!」
「そうか」
「二人は、戦いに行かないの? 切り札?」
「いや、これから行こうと思ってたとこだけど……。
桜! プラムって何人乗れる?」
「え、二人か、三人くらいなら」
「モノは、相談なんだが、オレたちを最前線まで連れてってくれないか?
上空を旋回してくれれば勝手に飛び降りるから」
「それくらい構いませんけど」
「遅れて派手に登場ですね! 流石ジンさん!」
「ヤメろ。その言い方」
「面白そうね! 私も行くわ」
ニケさんが割り込んできた。
「何? 前線まで行くのか?
そうか、ドラゴンか!」
クロノスさんが桜を見て悟ったように言う。
「よし、僕も行くぞ!」
「待って下さい。オレとリィリーが先です」
「ちょっとー! 私のドラゴンです!!
行きたい人は誰ですか? 挙手!」
オレと、リィリー、クロノスさんとニケさん、そして楓が手を上げる。
お前も?
「クロノスはダメよ。大将がここに居なくてどうするの。絶対ダメ」
ニケさんがライバルを蹴落とす。
「楓、女の子に戦場は似合わない」
「何ですか!? その理屈は!?」
後ろからリィリーが、オレのふくらはぎをガンガン蹴っている気配があるが、気のせいだろう……。
「じゃ、残りの三人で良いですね? プラム」
呼び掛けに答え、プラムは桜の頭上から飛び立ち、空中で大きく一回転。
一瞬、その体から光を放つと五メートルはあろうかという巨体を出現させる。
「プラム。聞いてたよね? この人達をあそこまで運んで。無理はしないでね」
「グァ」
長い首を下げたプラムの顔を撫でながら、桜が優しく言う。
「よし、行こう。巻き返しだ!」




