7.千里眼
翌日、ログインしたオレは昨日の二人組に遭遇しないことを祈りながら早足で冒険者ギルドに駆け込む。
昨日は地下6階まで行けた。
今日こそ最深部に到達したい。
が、オレの願いも虚しく何度やっても7階途中までが現時点での限界の様だ。
そのあたりでMPが枯渇する。
この迷宮、入る度に形を変える。
つまり下階へ下る階段の位置が毎回違うのだ。
必然、階段を探して迷宮内部を右往左往するので戦闘回数が増える。
マッピング出来て最短コースで戦闘回数抑えられれば結果は違うのだろうがそれが出来ない。
あとは、MP回復スキルかアイテムだな。
メニューを開いて、スキルを探す。
スキル:【千里眼】#必要SP 30
遠方へ視界を運ぶ。
ん、これ、使えるんじゃないか?
説明が適当なんでちょっとおっかないが、このスキルが『視界』だけ移動させる様な物だとしたら、ダンジョンの始点、セーフティエリアからダンジョン内の様子を探り、敵の位置と下り階段の場所を調べられる。
攻略が格段に効率化する。
やってみよう!【千里眼】取得。
スキル取得と共に、使い方は頭の中に入ってきた。
目を閉じ、暗闇をじっと視る。
瞬間、視界がクリアになる。
瞼を感覚で確かめる。確かに閉じたままだ。
上下、左右に視界を動かす。
首を動かすイメージ。
そして移動。
前に数歩。
振り返る。
そこには、目を閉じたオレが直立していた。
この瞬間敵に襲われたらひとたまりもないな。
さて、視界の可動範囲は?
再度振り返り前に進む。
速度は歩いているのとあまり変わらない。
ただ、視界の端に[C{4842, 70580, 325,4332, 70824, 184,0, 1, 0}]という数字の羅列が表示されていて、移動と共に数値が変化する。
座標のようだが、やけにシステマチックだな。
前に壁が迫る。と、50センチ程手前で、進めなくなる。
前に進むよう意識しても壁に近づけない。
ある程度以上は接近できないのか。
上下の移動は?
上を向いて、移動を意識する。
視界の中の天井が大きくなる。そして、やはり50センチ程、手前で停止。
[視界移動不可物体領域]と赤い文字。
視点を動かし下を見下ろす。
そのまま移動する。
高さは、2メートル50センチくらいか。
軽く巨人になった気分。
いや、巨人ってもっと大きいのだろうけど。
今度は視界を下げる。
床まで行くかと思ったが、元の高さ、つまり、オレが本来立って見ている視界の高さで止まる。
[視界移動不可物体領域]の赤い文字。
そうか、下に視界移動できちゃうと、色々とまずいもんな。うん。
視界を天井まで戻し、洞窟内の探索を進める。
迷宮内部くらいは移動可能だと嬉しいのだが。
でないと、取った意味があまりない。
と、視界の端に、ネズミの姿を捉える。
識別すると、HPバーの他に
[enemy object]
[X:4842, Y:70580, Z:235, S:0x100001]
と、やはり座標のようなものが表示される。
この状態で攻撃が出来るか否か。
「氷柱」
魔法を唱える。
氷の矢が出現!発動した!
そして、ネズミに刺さる。本来であればネズミを一撃死させるはずの攻撃だが、光の粒子となって氷が消滅するのみである。
ネズミは、氷の矢が刺さったことすら気づいた様子はない。
[act magic, 0020002]
[errorcode:8725098, in safety area]
[action regist]
と、メッセージがめまぐるしく出現して消える。
オレの本体がセーフティーエリアの中にあるから、ダメージ無効てことか?。
ネズミの様子は全く変化しておらず、何が起きたのか気づいていないようだ。
後で再実験だな。
ただ、セーフティーエリアの外で棒立ちはちょっとリスクがでかいなぁ……。
その後、しばらく実験を繰り返した。
迷宮内の広さであればくまなく視界移動可能。
意識すれば走るよりかなり早く移動できる。
階段を使って下のフロアへは移動できない。
セーフティーエリア外であれば魔法発動で敵にダメージを与えられる。
本体に敵が近づくと【気配察知】が発動する。
などの事柄が判明した。
これは迷宮踏破に向けて大きな収穫だ。
【千里眼】を使って各フロア最短距離で移動することでMPを節約し、ついに、地下10階に足を踏み入れることに成功する。
地下10階は、セーフティーエリアのすぐ前が壁で区切られ、そして、大きな扉が配されていた。
これを開けて中に入ればボス戦ということだろう。
今のオレに勝ち目はあるんだろうか。
基本的に中距離から魔法で攻撃、近づいてきた敵は躱すか剣で往なす。
そんな戦闘スタイルだ。
一回でも攻撃を喰らえばアウト。
多分範囲魔法とか使う魔道士系のボスなら歯がたたないだろう。
逆に脳筋ならまだなんとかなりそうな気がする。
意を決して、オレはドアを開ける。
そこは広いホールになっていた。
中央までゆっくりと歩いて行く。
「ヴモォォォオオォォォォォ」
叫び声が鳴り響き、思わず耳を塞ぐ。
声はどこから?
後ろ。振り返る!
視界の端に高速で動く黒い物体を捉える。
とっさに反対へ身を投げ出して躱す。
次の瞬間、さっきまでオレのいた場所に、巨大な斧が打ち下ろされていた。
それを振り下ろした主は?素早く識別。
モンスター:【ミノタウロス】 #LV.16
牛頭人身の怪物
夜と死の神の眷属
よし。脳筋だ!
と喜んでいられるような相手では無さそうだ。
その体躯は三メートル程だろうか。
識別してHPバーを確認。
ボスだからであろう。
HPバーが三本重なっていた。
弱点、なし!クソ。
「氷柱」
更に距離を取りながら魔法発動。
HPバーを5%ほど削る。
おいおい。
倒し切るまでに単純計算で60発必要か?
今のオレのMP総量だと
最大で40発ちょいが限度なんですけど。
ここに到着するまでで、既に三分の一は消費している。
次は、直接攻撃か。
斧を振り回すミノタウロスの隙を窺う。
最初の一撃。思いっきり振り下ろしてきたあの攻撃なら、躱しつつ飛び込んで一太刀浴びせれるだろう。
魔法を浴びせつつ、機会をうかがう。
20発。HPバーが一本。つまり三分の一を削った。
「ヴモォォォオオォォォォォ!!」
来た。さっきのやつだ。
ミノタウロスが斧を上段に振りかぶり、渾身の力で打ち下ろす。
飛び込んで交わしながら、腹部に剣を突き刺す。
が、やはり、魔法より効きが悪い。減らせたHPバーは1〜2%程。
再び距離をとる。
再度、斧を上段に振りかぶる。
タイミングを合わせて懐に飛び込む。その刹那、ミノタウロスの左手がオレの頭部を直撃していた。
嵌められた。同じパターンと見せかけてオレを誘い込んだのか。中々賢いじゃないか……
死に戻る直前、見上げたミノタウロスがニヤリと笑うのが見えた。
勝ち誇ったような顔で。