59.運営召喚
「オイ、埒が明かない。運営を呼べないか?」
二式葉がそっと耳打ちする。
どうやって?
「お前、そんなアイテム持ってるそうじゃないか」
何のことだ?
「アレィの言ってたヤツだ」
あ。
鎖のブレスレットを取り出す。
『アレは、私へコンタクトを取れるという、とても素敵なアイテムなんですよ』
とは言え、どうやって使うんだろうね。これ。
仕方ない、「おーい」とブレスレットに向かって小声で呼びかけてみる。
反応なし。
コンコンと指で叩いてみる。
反応なし。
変身……?
いやそれはアレィの罠だ!
「二式葉。刀の切れ味はどうだ?」
「うん? 抜群だぞ!」
「そうか。なら、こいつを叩き切ってくれ!」
『ふえぇぇぇ』
なんだ、聞こえてるんじゃないか。
「オイ、出てこい。じゃないと刀の錆になるぞ」
会議テーブルの真ん中にブレスレットを放り投げる。
そして、一瞬ブレスレットから光が立ち上り、アレィが姿を表わす。
「もうー何ですか?
呼び出すならもっと優しくして下さい」
「知るか。皆さんがゲームにお怒りだぞ」
「えー」
ぐるりと囲まれた視線を確認するアレィ。
「どうなってるの? これ」
ニケさんの驚きは当然だろう。
「お前、こんなアイテムまで持ってるの? チートじゃね?」
誰だ? 知らん奴にお前呼ばわりされる覚えはない。
「今まで使ったこと無かった。欲しいならやるよ。その代わり、呪いで紙防御になるけど」
「それでも良い。くれ」
マジで?
「ちょっと、勝手に所有権変更しないで下さい!」
しかし、まさか本当に現れるとは。
「さて、こうして皆さんお集まりということは、イベントの事と予想します」
と、確認の問いかけに首肯を返すクロノスさん。
「ご質問をお受けします」
そして、二者のやり取りが始まる。
「次の戦争イベント、戦う相手について教えてほしいのですが」
「西国で興された新規軍事集団。NPCがご説明した通りです」
「それは、WCOのプレイヤーですか?」
「お答えできません」
「……何故です?」
「私の権限外だからです」
「……それは、間接的に肯定とも取れるのですが」
「そう言う解釈も可能かと思います」
「権限を持っているのは誰ですか?」
「モイカ、メノゥ。この二者であればそれぞれ違った回答をする可能性があります」
「ここに呼べますか?」
「可能です」
「呼んで下さい」
「一時間、三千万円になります!」
金取るのかよ!
「ちょっと、高くないですか?」
冷静に返すクロノスさん。
「スベってますよ!」
「……つまらない」
メノゥとモイカ出現する。
「むぅ、なかなか難しいものですね」
「どうも。皆さんのアイドル、メノゥです!
昨日お会いした方々もたくさんいらっしゃいますね。今度、美男美女コンテストを計画してます!是非参加して下さいね!!
もちろん水着着用ですよ」
何が、もちろんなのか。
「さて、私たちに答えられる範囲で答えると、モイカ宜しく」
「……ここで話し合われていた仮説は、否定できない」
「肯定するんですか?」
「今はまだ、肯定しない。これ以外答えられない」
「では、いつなら教えてもらえるのですか?」
「ノーコメント」
ふむ。
回りくどいやり取りが続くな。
「アレィ、氷川さんを呼んでくれ。それが補填で良い」
「え、要らないって言ったじゃないですか?」
「そんな事言ったっけ?」
「言いましたよ!」
「それは、あの時オレが持っていた瞬間移動の補填を要らないって言ったんだよ。
その後の対応によって、チート呼ばわりされて、ゲームのプレイに支障が出たことは補填してもらわないと」
「ふえぇえぇぇ。言いがかりじゃないですか」
「それは氷川さんに判断して貰いたいな」
「ちょっと、お待ち下さい……」
アレィの姿が、一度消える。
「我々が負けた場合、どうなるのですか?」
クロノスさんが、再度質問を重ねる。
「どうにもならない。この世界はその結果を歴史として進行していく」
ここでメノゥが、右手を上げる。
「氷川が捕まったみたいです。
ここに呼べるようなので少々お待ち下さい。
その間に、さっきの美男美女コンテスト、どうでしょう?
もちろん水着で!」
何故、水着を強調する。
「二式葉さん、いかがですか?」
「は? 何故私に? 出ないぞ。そんなの」
「そんな事言わずに目指せ三連覇ですよ!」
「ごめんだ」
「そうですか。後はペア戦とか考えたんですけど、どう考えても二式葉さん・ジンさん有利ですもんね」
「宝探しにしようず」
「それ、強奪ありなら結局アイツラ有利だぞ」
そんな、雑談で若干場の雰囲気が和み始める。
プリスを見ると月子さんに抱かれたまま眠ってしまっていた。
「任せっきりで、すいません」
重ねて月子さんに謝罪する。
「大丈夫よ。いい子ね。プリスちゃんは」
そうなのだろうか?
身近に、これほど年の離れた子がいないのでよくわからない。
「お待たせしました。氷川が参ります」
「いやいやいや、これはこれは。C2Oのトッププレイヤー勢揃いではないですか。
さて、ジン君、話は聞いた。
補填というのはちょっと言い掛かりに近いが、一応筋は通させてもらった」
前回と同じピエロ姿で現れた氷川さんは、会議テーブルの中心でぐるりと周囲を見回した後、オレに向き直る。
「感謝します」
「それに……」
オレを見ていた氷川さんの視線が一瞬逸れる。
何だ?
「運営サイドとコンタクトを取ることが出来るアイテムを一プレイヤーが持っているのは好ましくないよね。
この機会に没収させてもらうから」
一拍おいて、そう続ける。
何か、言葉を飲み込んだ。そんな気配があった。
誰を見た? 視線の先はおそらく月子さん、そして、プリス?
考えすぎだろうか。
「……別にどうぞ。こんな機会でも無ければ使わないですし」
「ふえぇぇぇ」
アレィが、不満そうな顔をこちらに向けているのは何故だろう。
「全く、こんなアイテム存在すら聞かされてなかったよ。ウチのスタッフ達は何故報告を上げないんだ!」
「相変わらず大変そうですね。無理言ってお呼び立てしてスイマセン。そこのクロノスさんから話があります」
「どうも。はじめまして。クロノスです」
「はじめまして。氷川です。運営責任者という立場になります。
道々報告は聞いてます。
あまり時間も無いので手短に説明しますが、皆さんが立てた推論は間違っていません。
五日後のイベントで進行してくるのはWCOのプレイヤー達です」
あっさり言い放ったな。
「その情報は、運営から公式に発表しないのですか?」
「いずれはします。ただ、今はまだしません。理由もお教えできません。
ですので、皆さんも噂として聞いたということにしてくださると助かります」
「わかりました」
「なお、相手方のプレイヤー数はC2Oを上回っており、次回イベント参加人数もC2Oの1.5倍程度になると私は予想しています。
さらに、プレイヤーの平均レベルもあちらが上です。
これは、相手方のゲームの方が、サービス開始が早かった、と言うことに起因しています」
「げー」「無理ゲー」「厳しい」といった声が上がる。
「勝てる見込みは無いということですか?」
クロノスさんが静かに問う。
「それは、どうでしょう。
レベル、人数が勝敗を決める絶対条件ではないと思います。
相手方はこのゲームのβ版同様、クラス制を採用した成長システムになっています。
しかし、我々は、正式版開始時にクラス制を採用せず、スキル制に舵を切りました。
これは、WCOよりサービス開始が遅れることが決定的となった段階で、レベルが劣っている段階でも、相手方と戦っていける手段として採用したものです」
「当初より、二つのゲーム間で戦争イベントを行う予定だった、と言うことですか?」
「そうです」
「であるならば、何故スタートが同じでなかったのですか?」
「クロノスさん、このゲーム内で図書館へ行ったことは?」
「ありません」
「ジン君、君は何度か行ってますよね? どう感じましたか?」
「莫大な情報量だと思いました。
正直、細かすぎるぐらいに作りこまれている、と言う印象ですかね」
そう。
ゲームの設定にしては細かすぎる。
神話関連、魔術含めた学問書、そして、この国、世界の過去千八百年の歴史書、その間にあった様々な事件の記録。その他にも料理や文学、観光案内など、蔵書は多岐にわたる。
オレはその一部にしか、目を通していないのだがあの図書館の本が全てユニークな内容を持つオブジェクトだとしたら異常なデータ量だと思う。
ただ、その一部ではあるが、実際にその情報に触れると、この世界へ見方、捉え方が俄然変わってくる。
本当に、この世界は過去から陸続きであるかのように思えてくる。
「そう!細かいだろう!
作りこまれた世界感、素晴らしいだろう。あれらは僕自身の研究テーマへの投資!
もちろん、図書館だけじゃなく、この世界の根底をなす神話と神々。
そして、NPC。
その全てに人格があり、歴史があり、思想がある。
用意するのに、ちょっと笑えないくらいの時間が掛かってるけどね!」
え。
「まさか、サービス開始が遅れた原因って……」
「いや、まぁ、僕だけのせいでは無いんだよ!……多分」
慌てて否定するが、説得力が無い。
個人的なこだわりに色々と振り回されてるわけか。
それに、研究テーマって?
この人、勤め人のサービス運用者じゃないのか?
「という訳だから、皆さん是非図書館に行ってみてね!」
「なるほど。
今度、足を運んでみます。
話を戻します。イベントに負けた場合、どうなるのですか?」
「直接的なペナルティはありません。
今後何度か、同様のイベントが発生するかもしれません。
そして、その結果により、この世界が変化していくと思っていただければ。
仮にイベントで負け続け、王都が陥落と言うことになっても、ケームはプレイ可能です。
ただし、プレイ環境があちらのゲームに比べ不利になる、と言う可能性は考えられます」
「負け続け、ですか。
そうなる可能性は低くは無さそうですが」
クロノスさんが苦笑を浮かべるが、氷川さんは小さく首を傾げる。
「おや、何故そう思うのですか?
先程もいましたが、レベル差、そして人数差も覆すだけの能力を皆さんは持っています。
流石に、次回は難しいでしょうが、その先は互角に戦って行けると思ってますよ。
私は、昨日の闘技大会を見て、それを確信しましたが。
優勝チームは、人数差を問題にしない戦いで勝ち上がり、ジンくんは本戦参加者の中でもかなり低いレベルだった。
ただ、その脅威は、実際に戦った皆さんの方がわかってるんじゃないでしょうか?」
クロノスさんは腕を組み、暫し天井を見つめる。
「そう言われてみれば、そうですが……」
「さて、そろそろ私は失礼します。
色々と思うところはあるだろうが、あまり深く考えずゲームを楽しんで欲しいですね。
この世界は、私の想像を遥かに超える拡張を見せています。
神話に仕立て上げた物語すら意味を持つ程に」
と言って、氷川さんの姿が掻き消え、AI娘達もそれに続く。アレィとメノゥは小さく手を振り、愛嬌を振りまきながら退場して行った。
暫し、会議室を静寂を支配する。
情報が多すぎだ。
「クロノス。今日はこの辺にしないか?
色々な話が出た。各々思うところがあるだろう。
こういう時は、少し時間を置いた方が良い」
二式葉が静かに提案をした。
「……そうですね。そうしましょう。
すいません。纏まりのない会議となっていましましたが、イベントに向け、Creator's Homeとクラフター互助会の両生産者ギルドの皆様には、消費アイテム等を大量に御用達頂くと思います。
熊熊団、白銀騎士団、La Roue de Fortune及び、ソロの皆様は戦術含めどう戦うか、これをまた別に機会を設けたいと思います」
各々が了の返事を返す中、二式葉が異論を唱える。
「先陣は私だ。それだけは譲らない。それ以外は好きに決めてくれて構わない」
「……検討します」
それが、お開きの合図となった。




