36.夏の終り
翌日、センヨーの教会へプリスを迎えに行く。
しかし、教会では葬儀が行われているようだ。
シスターに声を掛ける雰囲気でもないので、冒険者ギルドへ行き先を変える。
「よう! 親父」
「兄ちゃん! 無事だったのか?」
「おう」
「すまねえ。
今回の事は本当にすまなかったと思ってる。これが、報酬だ。渡しておく」
<ポーン>
<クエスト【東の森の調査】を達成しました>
<ギルドランクがCに上昇しました>
メニューを開いてクエストを確認する。
クエスト:【達成】【東の森の調査】 #難易度 C-
東の森の人影は『封印の石碑』をの破壊を目論む者達であった。
調査団と協力し、破壊を阻止した。
エクストラボーナス:魔人撃破
「プリスに花でも買ってやってくれ」
「ん? まぁ良いけど。
しかし、親父のとこの依頼はきな臭いものばっかりだな」
「面目ねぇ。
おかげで、衛兵団の二人は無事だったよ」
「そうか。それは良かった。
それで、石碑の封印が無くなるとどうなるんだ?」
「知らねえ。解かれたって話を聞いたことが無い」
「何が封印されてるんだ?」
「あの封印より東に、古代の魔法遺跡が存在する、なんて伝承はあるが本当かどうか」
ほう。それは是非行ってみたい。
神器をオレが持ってるってことは、行けちゃったりするのかな?
「昨日の怪しい連中が『魔人』を召喚してたんだが、それについては?」
「衛兵も言ってたな。それも古い伝承だ。オレは今まで信じてなかったんだがな」
「何者なんだ?」
「分からん。衛兵も調べるだろうが、手がかりが少ないわな」
「この前の、首飾りの依頼。アレで絡んできた連中とつながってるかもしれない」
「何だと? おい、それはどういう事だ?」
「いや、勘だ。同じ匂いがした」
これ以上言うと、オレが神器持ってる事が露呈しかねない。
それと、古代魔法遺跡とか、実入りが多そうな響き、見逃せないよね。
封印の解き方がわからないから、今すぐ行けるわけじゃないけど。
「そう言えば、前に言ってた手練の冒険者って?」
「昨日いた、フェイって奴だ。
一緒に戦ったんだろう? どうだった?」
「強いね。
今度ここに来たら、連絡取りたいって伝えてもらえるか?」
「ああわかった」
「それと、プリスが遊びに来たら、明日迎えに行くって伝えてくれ」
「は?
何言ってるんだ?」
「頼んだぞ」
「お、おい! 兄ちゃん!」
親父に言付けを頼んで、冒険者ギルドを後にする。
【転移】でルノーチに飛んで、今日も宿屋でログアウトする。
また、首飾りを奪われるの癪だから、センヨーに滞在するのは極力避けたい。
プリスも明日、こっちに連れて来てしまおう。
昨日の戦い振りなら問題無いだろう。
さ、オレはオレで別の戦いが残ってる。夏の課題という……。
■■■■■
「よー、久しぶり」
九月一日。
残暑真っ盛り。
今日から、また、級友と机を並べる日々が始まる。
「しっかし、真っ白だな」
ほっとけ。
しばらく見ぬ間に程よく日焼けしたクラスメイト達。
それとは対象的なオレの姿を、級友田中がからかう。
「外出てなかったんだから、仕方ないだろ」
「あーなんか、言ってたな。ご愁傷様」
夏休みの始まり。ゲリラ豪雨に襲われ、ビショビショになった地下街への階段。
盛大に足を滑らせたオレは、肋骨を骨折し長期休暇は療養と化してしまった訳だ。
「その間何してたの?」
「ゲーム」
「へー。何? 面白いのあった?」
「それなりに」
「ほう。教えろよ。実はな……」
と、そんなやり取りや、教室全体を包んでいたざわめきは、チャイムと同時に教室に入ってきた教師により中断された。
■■■■■
ログインして、センヨーの教会へ。
今日こそ、プリスをルノーチまで。
「シスター。プリスいますか?」
教会の礼拝堂の中で、シスターは長椅子に座っていた。
そこは、礼拝客の場所では?
「ジンさん……どうしましたか?」
「プリスはどこにいますか?」
「プリスは……」
そう言って俯いてしまう。
「どこかに、お使いですか?」
シスターはゆっくりと顔を上げて、じっくりとオレの顔を見る。
「プリスは、レイエ神の元へ旅立ちました」
「は? どこです?」
まだ、クエスト完了してないのだが。
「先日、貴方もご一緒だったと聞きましたが……」
「いつ帰ってくるんですか?」
シスターは、ゆっくりと首を横にふる。
そして、再び俯き、小さな声で言った。
「もう、帰ってきません……
プリスは、死んだのです」
死んだ?
「そう……、死んだのです。もう、戻ってきません」
「え、いや、何言ってるんですか。
死んだって、そんな訳無いじゃないですか。生き返るでしょ」
「そのような、奇跡は、存在しません……」
死んだ?
「え、なんで?」
何で、復活しないんだ?
NPC、だからか?
「衛兵の皆様をお守りして、とても立派な最期だった、と聞いております」
違う。そうじゃない。
聞きたいのはそう云うことじゃ無い。
それは、見ていた。
それは、知ってる。
知っている。
見ていた。
プリスが魔法に飲み込まれるのを。
どれくらい教会に座っていたのだろうか。
どうやってここまで、歩いてきたのだろうか。
オレは、東の森の中に立っていた。
最後にプリスといた場所。
知らなかった。
NPCにとって、いや、プリスにとって死が何を意味するのかを。
『危ねーじゃねーか。何考えてんだ』
何も考えていなかった。
『いやいや、親父はプリスの強さを知らないからそんなこと言えるんだよ』
知らなかったのは、オレの方だ。
何も、知らなかった。
知っていなければ、いけなかった。
地面に、髪飾りが落ちていた。
更紗が作った物、プリスにあげた物だった。
『うわー綺麗!ありがとう!』
プリス。
まだ、クエストが終わってないぞ。
『私もルノーチに行ったら、そのお店に連れてってもらうんだ!』
服を、買いに行くんだろう?
『全員を連れて、先にここを離脱してくれ。オレは神器を拾ってからいく』
神器なんか、捨て置けばよかった。
あの時、離脱を優先していれば。
ここで、最後に振り返ったプリスの顔は?
思い出せない。
どんな顔だったろう。
ここで、確かに振り返ったのだ。
「こんな、物……」
オレは、首飾りを地面に投げつけ、髪飾りを拾う。
「プリス……」
『魂が有る。
依代が有る。
分け御霊が有る。
声が有る』
何かが、聞こえた。
周りには、誰もいない。
ただ、首飾りが光を放っていた。
それは、とても優しい光に見えた。
『魂は輪廻に戻り、安らぎを得ねばならぬ。
魂は輪廻に戻る事を拒み、安らぎ汝に求める』
これは古き約定。
汝に輪廻と安らぎの理を授ける。
汝は如何するや』
何かが、問いかけてくる。
意味が分からない。
『如何するや』
どうでもいい。
『如何するや。
汝の望みは』
望み?
……一つしか無い。
「……プリス。
そう……プリスに、会いたい」
『魂と汝の願い、聞き届けよう。
これは、慈悲ではない。
古き定め』
<ポーン>
<称号【夜と死の神の約定】を取得しました>
<称号効果によりスキル【死霊契約】を強制取得しました>
<SP不足ペナルティにより【死霊契約】の取得コストが上昇しています>
<契約霊『プリシア・リブ・ビアーシェ』を召喚しました>
何が起こった?
理解が追いつかない。
目の前に、暗い瞳をした少女がいた。
何も言わない。
その瞳は、ただ、こちらを見据える。責めるように。
「う、あ、ああ……」
オレは、逃げ出していた。




