35.クエスト 東の森の調査
プリスを伴い、冒険者ギルドに入る。
「おう、ちゃんと来たな。ん、プリスも一緒に行くのか?」
「そうだ。大丈夫だよな?」
「危ねーじゃねーか。何考えてんだ」
「いやいや、親父はプリスの強さを知らないからそんなこと言えるんだよ」
「プリス、強くなったよ! 狼だって倒せるよ!」
「ということだ」
二人で親父にドヤ顔を向ける。
「あんま無茶させんなよ。何かあったら、ちゃんと守るんだぞ。そっちの奥の部屋で待っててくれ。じきに衛兵が来る」
案内された部屋には、先客が一人いた。
「あ、さっきの人!」
先程、フィールドでプリスの弓を改造してくれた人だ。
「先程はどうも。あなたもクエストですか?」
部屋には四人掛けのテーブルが置かれている。
そこにプリスと並んで腰を掛けながら先客に話しかける。
「あ、そうです。先ほどのお二人でしたか。奇遇ですね」
向こうは【迷彩】のせいでオレには気付かなかった様だが、プリスのことはわかったようだ。
「オレはジン。こっちはプリスです」
「僕は、フェイ。よろしくお願いします」
「失礼する」
互いの自己紹介が終わったタイミングで、男が二人入ってきた。
テーブルの横に立ち並び、一人が一歩前に出る。
「私はセンヨーの駐屯団長をしている、エイベルだ。今回は協力感謝する」
と軽く頭を下げる。
単発で口髭を傭えた壮年の男性だ。
「今日は私と部下のビルとともに東の森の調査へ同行していただく」
と言うと、ビルと呼ばれた青年がテーブルの上に絵地図を広げる。
団長が「ここがセンヨー」と、地図の中心に指を立て、そのまま右端へと動かして行く。
森を示す木々の書き込みの上を通り、石碑のような物が描かれた、その上で指を止める。
「森の奥に『封印の石碑』と呼ばれる、石碑があり、その付近で不審な人影の目撃情報が寄せられている。
本日は、この石碑を中心に付近の調査を行う予定である。万が一、盗賊などを発見しても、極力攻撃せず、報告だけに留めて欲しい。その規模が分かれば本日は十分である」
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「奴らは何をしておるのだ?」
ここは、東の森の中、地図で示された『封印の石碑』の後方の茂みの中だ。
ここに至るまでの道中に、怪しい人影はなく、散発的に現れるモンスターも、フェイの一射で簡単に葬っていた。
オレたちの前方、『封印の石碑』の周囲には木は生えておらず、やや開けた空間となっている。半径100メートルくらいか。
そこの端に身を潜め、様子を探っているのだが、どうも様子が不穏だ。
【識別】をしてみると、うち一人がプレイヤーだと?
『封印の石碑』の前にはローブ姿の三人の人影が見える。
この位置から、ちょうど三人の背中が見え、更に奥に頭二つ分程大きな石碑が存在している。
ただし、その石碑には、怪しい光を放つ魔法陣の様な文様が張り付いている。
三人の内、真ん中に位置する一人が、その文様に向け両手で何かを掲げているように見える。
「まさか、封印を解こうとしておるのか? いや、しかし……」
団長が、狼狽したように呟く。
声を潜め、尋ねる。
「ちょっと、事態が飲み込めないんだが、封印が解けると何が起こるんだ?」
「知らぬ。あってはならぬ事と言われておる」
「そんな封印が簡単に解けるのか?」
「そんなはずはない。神器でも無い限り、解けない筈だ」
神器ね。何か、聞いたことある。この間、ルノーチで三下に持って行かれたね。
「で、今日は報告だけって話だけど」
「封印が解かれるのは、避けねばならぬ……。いや、しかし、まだ、あいつらが封印を解いていると決まったわけでない。どうする……」
ふむ。こう話をしている間にも、石碑が放つ光は徐々に強くなっている。
明らかにマズそうな雰囲気だが。
「わかった。アイツラが何をしてるか、ちょっと確認しよう。少し静かにしてくれ」
と言って、【千里眼】で視界を飛ばす。
中央の人物に近づき、両手で掲げている物を改める。
「掲げているのは神器だ。見たことがある」
千里眼を維持したまま、会話を続ける。
「何だと!」
「それは、真ん中の奴の両手の上かい?」
「そうだが……」
と、答えるやいなや、目の前の神器が何かに弾かれ、地面に落ちる。と、同時に石碑の光は掻き消えた。
「どうですか?」
フェイが放った矢は、目視できていないであろう小さな的を射抜いていた。
「火熱」
地に落ちた神器に魔法を掛ける。これでしばらくは手に取ることが出来ないはずだ。
千里眼を解除し、「凄いな!」とフェイに素直な感想を言う。
その直後、団長が「突撃!」と声を上げ、茂みから飛び出していった。
部下もそれに続く。
流石に、調査だけ、とう言うわけには行かない様だ。
「プリス、攻撃はしなくていいから、あの二人が傷ついたら魔法を掛けてやってくれ」
「うん! わかった」
「フェイ、オレは彼らのサポートに行くから、後方支援とプリスをお願いできるか?」
「うん。任せて」
「よし、行こう」
オレも茂みを飛び出し、状況を確認。
敵の三人は、迎え撃つつもりらしい。
飛び出した衛兵たちは、しかし、攻撃魔法で迎撃され、その足を止める。
相手の三人は全員魔道士か?厄介だな。
首飾りは敵の後方に落ちたままだ。
「迅雷」
攻撃魔法で牽制を仕掛ける。
その直後、後方から放たれた矢が敵を捉える。
オレは衛兵たちに走り寄り、「ひとまず後方へ」と短く指示をする。
そのまま氷針を握りこみ、敵に向かう。
反撃が来るかと思ったが様子がおかしい。
一人がかがみ込み、地面に倒れた仲間に手を当てている。その体を中心とし、魔法陣の様な文様が地面に出現している。
フェイが二射、三射と矢を放つが、その矢は敵に至る前に大きく軌道を反らす。
風圧。
飛来物から身を守る魔法の正しい使い方だ。
次の瞬間、黒い触手の様な物が魔法陣の周りから生え、地面に転がる体を包み込む。
思わず、足を止める。
そして、魔法陣から紫の光が立ち上り、収束する。
その後、立っていたのは山羊の顔をし、二本足で立つ化物。大きさは3メートル程。その手には巨大な剣が握られていた。
剣呑な雰囲気だ。
素早く識別。
モンスター:【メセズトの影】LV.40
魔王タイテムに仕える十の魔人が一人、メセズトの姿を写し取ったもの。
魔人本来の力には遠く及ばないが、人の身には脅威である。
うわー。スゴそう。だってHPバーが四本もある。
先手必勝。
MPポーションを使い、MPを回復。
そしてすかさず、超火力火柱。
ドーン。
終わるはずだった。
今まで、この一撃を耐えた者などいなかった。
だが、目の前の魔人はその場に平然と立ち尽くしていた。
HPバーは?
残り三本と二割!?
マズい!
MPポーションの残りは?四つ。
魔道士二人もまだ健在だ。
MPポーションを使いながらゆっくり後退する。背中を見せるのは危険だ。
後方から次々と矢が飛来し、魔人に突き刺さっていく。
HPバーが一本粉砕した。残り、三本。
次の瞬間、魔人が、「ギシャァァアァァァァァァァ」言う咆哮をあげ、大きく跳躍。
オレたちの頭上を軽々と飛び越る。
挟みこまれ、そして、退路を絶たれた。
オレは、後方の魔人へ全速で間合いを詰める。
「フェイ! 魔道士達を頼む!」
「分かりました」
「プリス! 回復頼む」
「うん!」
挟み込まれたまま、両方から広域魔法を掛けられたらたまらない。
フェイも、意図を理解してくれただろ。
中心から外れるように動きながら、魔道士たちを矢で牽制している。
プリスはその影に隠れるように、付いて行っている。
衛兵? 棒立ちだ。ほっておこう。
オレは自身にAIG、VIT、MINそして、INTの強化を施す。
そして、氷針を握り、魔人の懐に入り込む。
ミノタウロス戦で学んだ戦法だ。
離れていると、何をしてくるかわからない。
逆に近づいてしまえば、速さで翻弄できる。
魔人が繰り出す大剣は大振りで軌道が丸わかりだ。
躱して、氷針と武技の連打。
が、流石に今までの敵とは強さが違う。
氷盾を粉砕し、そのまま、大剣を当ててくる。
クソ、しんどい。運営さん瞬間移動返して!
氷盾に一度威力を殺され、動きをずらされたその一撃は、死にこそしないがオレのHPバーを一気に八割程奪っていく。
すかさず、プリスから回復魔法が飛んでくる。
優秀な回復役だ。
大声で褒めて上げたい、がそんな余裕は無さそうだ。
距離を取りつつ、飛泉と迅雷を続けざまに浴びせる。
水と電気の合わせ技だ!
相乗効果? 知るか。雰囲気だ。
飛び込みざまに風圧をぶつけ、体制を崩す。そこに氷針と武技を叩き込む。
少しづつ、確実にHPを削っていく。HPバー二本目と同時にMPが尽きる。
終りが見えてきたか?
MPを回復し、切れかけの強化をかけ直し、少しを距離取りながら魔法を叩き込む。
魔人は魔法を浴びつつも全くひるまず、こちらに突撃の構えを見せる。
そして、巨体が彼我の距離を一気に詰めるように飛ぶ。
待ってた。
岩楯。突如出現した壁にその巨体を打ち付ける。
続けて「氷筍」。
魔人を周囲から取り囲む様に、氷の錐が地面から次々と出現する。
その幾つかは、魔人に突き刺さり、その場に釘付けにする。
素早くMPを回復し、動けない魔人に超高火力火柱をお見舞いする。
今度は強化付きだ。残りのHPは、丸々持っていける計算だがどうか?
炎に包まれた魔人は断末魔の声すら上げる暇もなく、黒の粒子となって掻き消えた。
ただ、まだ魔道士たちが残っている。
MPを回復しながら振り返る。
これで、MP回復手段は無くなった。
フェイが矢継ぎ早に攻撃を放ってはいるが、そのほぼ全てが、風の壁に阻まれている。
だが、周囲に残る矢がその猛攻の凄まじさを物語っている。
魔道士達は攻撃を避けるために石碑の前から随分離されていた。
決め手がない。
もう一度、魔人を召喚されたらおしまいだ。
向こうは二人。つまり、そのどちらかを生け贄に魔人を呼ばれてもおかしくない。
幸い、退路は開けた。
「フェイ! ここは一度退こう」
「退路が、開けたんですね?」
答えながらも、フェイは攻撃の手を緩めない。
「全員を連れて、先にここを離脱してくれ。オレは神器を拾ってからいく」
おそらく、敵にも聞こえているであろう。
ただ、もう、余裕が無い。
神器を放置しては、『封印』が解かれてしまう。その結果がどうなるかは分からないが、この戦いが無意味になる。
「わかりました」
フェイは同意しながら、棒立ちになっている衛兵達に近寄ってく。
弓のスキル、状況判断の早さ、そのどちらも素晴らしい。
後で、闘技大会に誘ってみようか。
親父の言っていた『心当たり』っていうのはおそらく彼のことだろう。
次の瞬間、敵が放ったであろう広範囲魔法が、黒い流体となり、地面を這いながら四人へ押し寄せる。
そこへ、その中で一番小さな影が、一歩前に出る。
プリスだった。
白い光の壁が四人の前に出現し、流体を抑えこむ。
魔法防御障壁?
そんな魔法まで使えたのか!
「プリス!」
耐え切れるのか? 全力で彼女の元へ近寄る。
他の三人は、この隙に離脱を始めた。
黒い魔法は、徐々に壁を侵食している様に見える。
「プリス!」
再度叫ぶ。逃げろ!!
障壁が崩壊したのは次の瞬間だった。
黒い、流体は、あっという間にプリスを飲み込む。
一瞬、本当に一瞬こちらを振り返り、そして、プリスの体は黒い塊と化した後、霧散していった。
死に戻りか。
クソ。
つらい思いをさせた。
先にセンヨーで待っていろ。
後で、思いっきり褒めてやる!
魔道士達はまだ、幸いなことに二人固まって立っていた。
こちらへ攻撃を仕掛けようとしている。
プリスの敵を取りたいが、今、優先すべきは神器だ。
「閃光」
強烈な光が辺りを白一色に染める。
目眩まし、ただそれだけの魔法だが、今は十分だ。
二人が立っていた辺りに「氷筍」!
まとめて氷の檻に閉じ込めたはずだ。確認している余裕はない。
この隙に、地面に落ちたままだった神器を回収する。
そのまま、森の中へ走りこみ、二人が追ってくる前に【転移】でルノーチへ飛ぶ。
今日、センヨーへ戻るのは危険だ。
奴らが追ってくる可能性があるし、プリスの顔を見たら、抱きしめてしまうかもしれない。
そう、それは、とても危険だ。
素早く、宿屋に入り、一度ログアウトした。




