33.プリス
「着いたよ。シスターただいまー!」
小さな教会だった。礼拝堂は100人入らないぐらいだろうか。奥には祀る神様であろう、豊かな髭を傭えた老人が杖を掲げた像が置かれている。誰だろうね。
プリスは奥へシスターを呼びに行った。
オレは、礼拝堂の長椅子に腰掛けて待つ。
奥から修道服を着た若い女性が出てくる。
「はじめまして。シジク正教会のシスター、ナタリーと申します。ここで、宣教とプリス達、孤児の面倒を見ております」
「はじめまして。ジンです」
「奥で少し、お話をさせて下さい」
シスターに、応接室であろうか、小さな部屋に案内された。
「プリスから、貴方にルノーチに連れて行っていただく約束をしたと伺いましたが、本当ですか?」
「ええ。服屋と両親のお墓参りに行きたいと。ご迷惑でしたか?」
「いえ。それならば一つお願いがございます」
「何でしょう?」
「ルノーチへ行く前に、あの子に稽古をつけてやっていただけませんでしょうか?」
「稽古?」
「ギルドからの紹介状には、貴方が、とても実力ある冒険者の方である、と書かれていました。ですので、ルノーチへプリスを連れて行くというのでしたら、あの子を、そうですね、道中のシルバーウルフを一人で倒せるぐらいにしていただけませんでしょうか?」
紹介状?
……あ、親父がプリスに渡してた封筒か。
それにしても、シルバーウルフを討伐出来る強さって、結構なレベルじゃないか。
コレがクエストの難易度の正体か?
「何故です?」
「それがプリスの為だからです」
「あんな小さい子に?
それに詳しくは知りませんが、神職なら殺生は好ましくないのでは?」
「あの子は、神に仕える身ではありません。殺生は好ましいものではありませんが、それがあの子に必要であるならば神も慈悲を与えるでしょう」
なんか、奥歯にものの挟まった様な言い方だな。
ただ、これ以上探っても何も出てこないかな。
「わかりました」
キャンセル不可だし、こう言うしか無い。
「ありがとうございます」
シスターが深々と頭を下げた。
ちょっと、いや、大分厄介なクエスト受けちゃったな。
■■■■■
という訳で、センヨー西のフィールドへやってきた。
通常であれば、ゲーム開始直後のプレイヤー達がレベル上げと操作感覚の慣らしに励む場所だ。
「さあ、これからルノーチに行くためにプリスに特訓だ」
「えー、やだー」
NPCもプレイヤーと同じく戦闘で、経験値が入りレベルアップするらしい。
プリスのレベルは当然の様に1。桜と楓がボス討伐したのが、確か12だったはず。
とすれば、15くらいまで上げればいいかな。
シスターは、『シルバーウルフを討伐出来る強さ』て言ってたから、取り巻きはオレが潰しても良いよね。
問題は、どうやってそこまでレベル上げるか、だけれど。
「だめだ。シスターとの約束でもある。立派に戦えるようになってもらう」
不満気な表情でオレを見上げるが、シスターには逆らえないらしい。
「で、プリスは何が出来る?」
「回復魔法が使えるよ」
「武器は?」
「使ったこと無い」
「じゃ、モンスター退治は?」
「したことない」
そりゃそうか。
「じゃ、まずは剣からかな。頑張れば服屋さん行けるぞ」
ひとまず見習いシリーズの長剣を手渡し、モンスターと戦わせてみる。
この辺に出没するのは【ホーンラビット】 と言う、小さな角を持ったウサギだ。
攻撃力はさほど高くなく、まさに、序盤の雑魚。VIT強化の魔法をプリスに施し、しばらく様子を見る。
「えい。えい。当たんない! いやー。まてー」
自分の身長程の剣をブン、ブンと振り回すがかすりもしない。
一通りの武器を使わせて見ようかと思ったが、ちょっとコレは厳しそうだ。
AGIとDEXを強化して、速さと命中を補ってみる。
お、多少はマシになったか。ついでにSTR強化だ。
10分近く格闘し、何度目かに振り下ろした一撃がウサギに命中し敵のHPを全損させる。
もう、プリス地面にへたり込んでいる。疲労困憊で動けないようだ。
「よくやった」
と、労うが返事は溜息で返ってきた。
溜息吐きたいのはこっちだよ。
近接は無理だな。こりゃ。残るは弓か魔法だが、手持ちの見習いの弓はプリスには大きすぎるか?
「プリスは攻撃魔法使えるのかな?」
「……女神様たちの魔法?
使えないよ」
だと思ったよ。
「うーん、今日はこれで終わりにしよう。明日また再開だ」
何か、方法を考えないとヤバい。
プリスを教会に送って行き、また明日来るから、と伝え別れる。
シスターの言ってた、ボスを倒すって達成できないんじゃないだろうかと、若干途方にくれつつ、【転移】でルノーチに飛ぶ。
ルノーチの武器屋でクロスボウと、矢を購入する。
明日はこれをプリスに試してもらおう。
その足でCreator's Homeへ向かう。
「こんにちはー」
ドアを開けミックさんに挨拶する。
他に知り合いは居ないようだ。
「はじめまして、でしょうか? ギルド、Creator's Homeへ、ようこそ」
あ、そうか。【迷彩】の影響か。
ミックに事情を説明し、フレンド登録してもらう。
「ふむ。奇妙な感覚ですね。確かに、以前お会いしているようだ。
失礼しました。それで、本日の御用とご注文は?」
「更紗は居ますか? ちょっと連絡取りたいんですが」
「更紗でしたら、ちょうど、奥で、作業をしておりますので、呼んでまいりましょう」
ミックがギルドの奥へと消えていった。
手持ち無沙汰になったので、店の壁に展示されている商品を見に行く。
何か他に、プリスに扱えそうな武器、は、無さそうだ……。
と、そこにある品の一つを手に取る。
「お待たせしました」
そこにミックが更紗を連れてやってきた。
「やあ、中央通りにいないから聞いたら、ここじゃないかって」
「えっと、どちらさん?」
また、このパターンか。
更紗ともフレンド登録を済ませる。
「リィリーが言ってた変なスキルってこれかー」
「ほら、オレって人気者だからな!」
「悪い方にね。防具の調子はどう?」
「良い感じだよ。一度命を救われた」
「大袈裟だなー」
いや、オレの場合、事実なんですけどね。
「で、用事って?」
「うん、今すぐじゃないんだけど、例えば子供服とかも注文出来るのかなと思って」
「子供服? ……まぁ作れないことは無いけど、何にするの?」
「んープレゼントかな」
「は?」
「納期は?」
「まぁ、一週間はかからないと思うけど」
「ふむ。わかった。ひょっとしたら近々お願いするかも」
「場合によっては断るかもね」
ぬ。
「何か、怪しい。非合法的な匂いがする」
失礼な。
「ボランティアだよ。それと、この髪飾り、君が作ったの?」
先程、手に取ったものだ。一輪の花があしらわれた小さな髪飾り。
「そうよ。綺麗でしょ」
「うん。これ貰うよ」
「え、良いけど、誰にあげるの? ねぇ!?」
「ちょっとした知り合い。そのうち紹介するよ。多分」
ここまで、プリスが来れれば。
■■■■■
翌日、早速プリスにクロスボウを渡す。
DEX強化を掛けたお陰か、プリスのセンスか、初めて放った一矢は、事もなく命中。
続く二射目で、事もなくホーンラビットを葬った。
「凄いじゃないか!」
「え、う、うん」
プリスは自分でも驚いている。
二体目、三体目と続けて倒していく。
お、レベルが上った。早いな。
プリス自身はレベルアップに気づいてないのか。
NPCはステータスの確認が出来ないということなのか。
「ジン! 私、まわりのモンスター倒してくる!」
昨日の苦戦ぶりから一転して、楽しくなったのだろう。
「目の届く範囲にいろよ」
念のためVITとAIG、STRを強化しておく。
しばらくはここで好きにやらせよう。
プリスが奮戦する様子を眺めているとメッセージが入る。桜からだ。
[MPポーション出来ました。会えるなら、今から持って行きましょうか?]
お、助かる。
[センヨーだけど大丈夫?]
と、地図を付けて送る。
[今から行きます]
と返事があり、暫くして桜がやってきた。
「こんなとこで、何やってるんですか?」
ウインドウを操作しながら尋ねて来る。
「うーん、特訓?」
提示されたMPポーションを受け取る。オレの所持金が自動で減って、アイテムボックスにMPポーションが追加される。
「ところで、神聖魔法使いに聞きたいんだけど、攻撃魔法って無いの?」
「私は今のところ無いですね。スキルLV1で、回復魔法、3で魔法防御障壁、5、7、9は状態異常回復、11で属性付与です。
15で対アンデッドの魔法が出るみたいですが」
「そうか、やっぱり回復メインなのね」
「当たり前じゃないですか。また、変なこと企んでますね?」
「またって、何だよ。楓は?」
「今日は、リアルでヒーヒー言ってるはずです。もう、夏も終りですからね」
「あぁ、なるほど」
「なんで、若干暇を持て余してた所です。どこか行きません?」
「あぁ、ごめん。ちょっとクエスト絡みでここを動けないんだ。
あと、夏も終わりということで、少々積み残しがある。残念な事に」
「そうですか。それは残念です。じゃ、また今度ですね」
桜が去ってから少しして、プリスが戻ってきた。
レベルが既に4になっていた。早いって!
あ、【戦神のお守り】の影響か!
取得経験値増加。
「つかれたー」
「おかえり。今日はこれくらいにしとくか」
「うん」
「この分なら、四、五日でルノーチに行けるんじゃないかな」
「本当?」
「あぁ。あとはプリスの頑張り次第だ」
「頑張る!」
「よし。じゃ、これを上げよう」
昨日買った髪飾りを渡す。
「え、何これ?」
「頑張ったプリスにご褒美だ」
「うわー綺麗! ありがとう!」
「気に入ったか?」
「うん!!!」
良かった。
正直、昨日は小さな子に剣をもたせている事に罪悪感を覚えた。これは、そのせめてもの償いだ。
まぁ、これくらいは良いだろう。アメと鞭と言うことで。
予想以上に喜んでくれてるみたいだ。




