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153.百合谷鈴

 杖を突きながら歩く、彼女の後ろを付いて行く。


 と、歩みを止め振り返る。


「あの、気になるので先に行ってもらえますか?」


 ですよねー。


 でもなぁ、ここで、ハイと言うのが果たして正解だろうか?


 逡巡するオレに、彼女は手で先へ行くよう促す。



 しかし、何時までたっても動こうとしないオレに彼女は諦めて再び歩き出す。


『でも、君はいつか扉を開けると思う』


 リィリーの言葉が蘇る。


 緊張で、内臓がグルグルする。


 一歩、二歩、三歩……。

 再び歩き始めた、彼女との間を詰めながら意を決して口を開く。


「待ってよ、リィリー(・・・・)



 扉を、ノック。



 髪型も格好も全然違うし、何より眼鏡を掛けているのでわからなかった。

 でも、そうと思って改めて見ると、声も、顔も、そして、照れ隠しに髪をいじる癖も、目の前の彼女は何もかもがリィリーだ。


 ニケさんの仕組んだことなのか? これは。


 彼女が立ち止まる。

 全ては勘違い、その可能性も、もちろんある……。



 太陽と、アスファルトの熱気が全身を包んでいるが、背筋だけが寒い……。



 彼女は、ゆっくりと振り返り、そして、口を開く。


「ほら、言ったとおりだ。君は、扉を開けた」


 少し、悲しそうに微笑みながら。


 当たってた!

 安堵で、一気に汗が噴き出る。


「えっと、とりあえずどこかでお茶でも飲みませんか?」


 涼しい所で。



■■■■■



 コーヒーショップの入って一息。


 あー涼しい。


「えっと……佐倉サクラ深慈シンジです。改めて、始めまして」

百合谷ユリタニリンです」


 まずは、自己紹介。


 アイスラテを、一口……。

 この後、何を話せば良いのだろうか?


「ニケさんに聞いたの?」


 フラペチーノの口をつけた後、百合谷さん切り出す。


「いや、何も知らなかった」


「じゃ、何で?」


 分かったの?


 そう、真剣な眼差しで問いかける百合谷さん。

 うん。眼鏡をかけてるけど、この子はリィリーだ!


「えーっと、新生児室の前で、こう、髪の毛をいじった時に」


 言いながら、その時の手の動きを真似する。


「それで?」


「うん。確信は無かったけど」


「リ、百合谷さんは? いつ?」


「……最初から」


 最初?


「病室?」


「バス。だって君、そのままじゃない」


 そうかな?


 そう言って、百合谷さんはフラペチーノをすする。




「ねぇ、鶴って、どういう意味なの?」


 たっぷり、間を置いてから、そう切り出す。

 もう、扉は開いた。あとは、逃がさないようにするだけだ。


 百合谷さんは、無言でそっとクラッチを持ち上げる。


 ん?

 どういう事だ?


「佐倉君、私はね君と同じ速さでは歩けないの」


「え?」


「……私の片足はね、動かないの」


 ……。


「え? それだけ?」


 そんな理由?


 呆気にとられるオレに、百合谷さんは怒りを露わにする。

 二人きりになって、初めて感情を表に出した。


「それだけって? ええ、それだけよ! 貴方にはわからないかもしれないけど!

 私は、ゲームの中でしか走れないの!」


 いや、だって。


「オレだって、走れないよ?」


 膝が壊れてるもん。


 オレの返答が予想外だったのか、百合谷さんは目を丸くする。

 かわいいなぁ。



「えっと、治らないの?」


 座り直した百合谷さんに、静かに尋ねる。


「……再生療法中。治る確率は半分。仮に治っても長いリハビリが必要……」


 そうか。


「オレは、君と同じ速さで歩くことが出来るけど……?」


「……無理よ」


 あっさりと否定。


 多分、足と一緒に、色々なもの失ったんだろうな……。

 オレと同じか、それ以上に。


「じゃ、後ろから付いていこう」


 ストーカーですね。ええ。


 それでもいいかなぁとか、真剣に考えてる自分が怖い。


「なにそれ……」


「だって、そうでもしないと鶴は逃げちゃうんでしょ?」


 返事は、無い。


 ただ、目を合わせようとせず俯いていた。


 右手が、せわしなく髪の毛をいじっている。


 アレは、困ったときに仕草かな?

 覚えておこう。



「そろそろ、行くね」


 顔を上げた百合谷さんがそう切り出す。


「ん、止めたほうが良いよ?」


「え?」


 オレは、窓の外を指差す。


 さっきまで照りつけていた太陽は隠れ、滝のような夕立だった。


 諦めて、座り直す百合谷さん。

 口を尖らせ、ちょっと困ったという、顔をする。


 ヤバい。


 咄嗟にニヤける口元を抑える。


「どうしたの?」


「ん、いや……かわいいなぁと思って」


 言った後に、恥ずかしさで耳が熱くなる。

 百合谷さんは、完全に俯いてしまった。



「佐倉君が走れないって、何で?」


 長い、沈黙を破って百合谷さんが口を開く。


 オレは、彼女に出会う前の事を話し始めた。



■■■■■



 雨は、すっかり上がっていた。

 水溜りは、夕焼けで赤く染まってる。


 百合谷さんと並んで歩く。

 彼女に歩みに合わせるように。


 水溜りを避けようとした、百合谷さんが体勢を崩す。

 咄嗟に、両手で、全身で、彼女を受け止める。


 あ、マズい!


 直後に慌てて二人距離を取る。



 ……。



「フフ」


 百合谷さんが笑い出した。


「今、運営が来るって思ったでしょ?」


 あ、そうか。

 ここは現実。

 ピンクのウサギは出現しない。


「うん。思った」


「私も」


 そう言って、二人で笑い合う。


 一頻り、笑った後、百合谷さんがふと、真面目な顔に戻る。


「ねえ、私と、リィリー、どっちが良い?」


 え?


 えー?


 何その究極の選択的な問題。


 うーん……。


「眼鏡に差で、百合谷さんかな」


 素直に、そう答えてみた。


「何それ?じゃ、向こうでも眼鏡かけようかな」


 そう言いながら、一歩オレに近づく。


「そしたら、甲乙つけがたいな」


「バーカ」


 そう言って、百合谷さんがオレに抱きついて来た。


 え、ちょ、運営が…………来ないのか。


 百合谷さんを抱きしめる。

 そして、耳元で小さく二度目の告白。

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