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152.三谷蛍

「母さん、氷川賢介って知ってる?」


 朝食を済ませ、慌ただしく出勤準備をする母親に隙を見て尋ねる。


「どちらさん?」


 オレの記憶が確かなら、この春からVR全般の許認可を扱う部署に転属になったはずだ。

 ならば、Create and Contradiction Onlineの運営責任者、氷川賢介の名前を知っているかと思ったのだが。


「Create and Contradiction Onlineってゲームの関係者」


「ああ。あれか。あれはアンタッチャブルだからなー」


 ん?

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら答える。


「アンタッチャブルって?」


「私達の管轄外。どうも、国の三セクが絡んでるんじゃないかって話」


 んー?

 国営なの?あのゲーム。


「でも、氷川って名前、思い出したわ。

 AI関係の学者。あんたが行くって言ってた大学で教壇に立ってるはずよ」


 んーー?

 学者なの?あの人。


 改めて謎が多いゲームだ……。

 朝食のパンをかじりながら、大学の教員名簿を検索する。


「しっかし、あんたが医者とはねー。

 それも飛び級までして。

 春はこのまま引きこもるんじゃないかって心配してたのに」


「うるさい」



 昨日、高校で三者面談があり、オレの希望を母親に伝えた。

 一年飛び級して、大学へ。そして、行く行くは医者に。

 突然言い出したので、教師も母親も驚いていたが学力的に問題ないし本人が決めたなら良いだろうと言う結論になった。


 誰かを助けて、笑顔を返してもらうのは良いなーと、漠然と思った訳です。

 C2Oをやって、そして、プリスと行動して。

 そしたら、医者と言う選択肢も悪くないなーなんて。

 ま、職業の選択肢なんて、元々それほど多くないしな。


 半世紀前に人が行っていた作業の大半は自動化されている。

 労働力人口比率は、労働力人口を非労働力人口が上回って久しい。

 医者だって、その実、患者と診断プログラムの仲立ちをしているだけに過ぎない。



「ハハ。

 ま、がんばんなさい。

 食器洗っておいてね。

 お土産、忘れ無いように。

 あんまり長居したら駄目だからね。

 じゃ、行ってきます」


「いってらっしゃい」


 嵐の様に言うだけ言って母親は家を飛び出して行った。



■■■■■



 ログインし、リビングに下りる。


 既にリィリーがテーブルに朝食を並べていた。


「「おはよう」」


「今日は何するの?」


 椅子に座るオレにリィリーが尋ねる。


「午前中は風雪月花に呼ばれてる」

「またぁ!?」


 うん。

 またなんだ……。


 そう、ジト目で見ないで下さい。


「一緒に行きますか?」

「私は、ヨーコと約束がある」


 そうですか。


 紅茶を注ごうと、ティーポットに手を伸ばす。

 が、リィリーも同じことを考えたようだ。


 二人でティーポットの手を伸ばしかけて、慌てて同時に引っ込める。


 もう、運営のペナルティを受けるのは嫌。

 二人の共通認識。


 故に、不自然な程に距離を空けて過ごすことが多くなった。

 この家で二人きりでいる時など、特に。


 でもまぁ、それも楽しいっす。


 てなことをリィリーに言ったら『へへへへーっ』と、照れながら笑ってた。



■■■■■



 自動運転のバスが、停車する。

 ドアが開き、外から蝉の声が流れ込んでくる。

 些細な事象が、現実世界とゲーム世界の違いを再認識させる。



 バス停から新たに乗って来た人の手に、ロフトストランドクラッチが見えた。

 オレは荷物を手に席を立ち、降車ドアの側へ移動し、吊革を掴む。

 他に席は空いていないが、わざわざ「どうぞ」とかやるのも気恥ずかしい。


 すれ違いざまに、「すいません」と、小さな声で礼を言われる。


 ん。

 バレていたか。


 軽く、頭を下げそれに応える。


 ちらりと見えたその相手は、眼鏡を掛けたショートカットの美少女だった。


 何か、違和感を覚えたが、バスが動き出し、手の中のデバイスに表示した数式に目を落とした時には既に忘れていた。




 目的地最寄りのバス停。

 降車すると同時にアスファルトの熱気が全身を包み込む。


 暑いなぁ……。


 続いて降りる何名かの中に先程の彼女の姿もあった。



 バス停から、歩いて三分程。


 『シダレディースクリニック』と言う看板が掲げられた建物。

 面会者専用の入り口の横に備えられた、入館システムにタッチする。


 指紋照合で、ディスプレイにオレの名前が表示される。

 続いて、訪問先の入力。

 予め聞かされていた、部屋番号と、面会先の患者名を入力する。

 『三谷蛍ミタニ ケイ』。

 ニケさんだ。


 『面会予約済み』という、表示が出てドアが開く。

 そのまま、病院内の案内に従い、教えられた部屋番号へ。



 302。部屋番号が間違っていないことを二度確認して、ドアをノック。


「はーい。中へどうぞー」


 ドアの向こうから、女性の声がする。

 受付をした時点で、オレの訪問は伝わっているからな。


 引戸に付いた指紋認証装置に親指を合わせ、「ピッ」と言う反応を確認してからドアを開ける。


「いらっしゃーい。暑かったでしょう?」


 ベッドの上で上半身を起こし、こちらに手を振りながらニケさん、いや、蛍さんは言った。


「えーっと、初めまして。佐倉です。ご出産おめでとうございます」


 そう、お辞儀をしながら言った。


「初めまして。三谷蛍です。ま、こっちに座って」


 そう言ってベッドの横の椅子を指す。


 蛍さんは、髪の色こそ違えど、ゲームで出会ったニケさんそのもので、いや、オレの知るニケさんよりも、ずっと幸せそうな顔をしている。

 ちょっとだけ、ふっくらているのもその印象に拍車をかけているのだろうか。


「あの、これお土産です」


 昨日、急遽母親と買いに行った品を渡す。

 中身はスタイ。

『あっても邪魔にならないもの。学生が変に高価なもの贈っても逆に気を使わせるから、この辺で』と言う、母親の意見に素直に従った結果だ。


「わざわざありがとう!」


 蛍さんは、土産を受け取った後、手元のデバイスを操作する。


「ごめんなさい。今日、もう一人お見舞いの人が来るの」


 え?


「あ、じゃ、僕はこれで」


 切り上げよう。

 赤ちゃんの顔くらいは見たかったが仕方ない。


「何言ってるの。来たばっかりじゃない」


 いや、しかし、ほぼ初対面だし。

 もう一人来るのであれば、辞去したほうが良くないか?


「いや、でも」


「居なきゃダメ!」


 そう言って、立ち上がろうとするオレを手で制す。


 コンコン。

 病室のドアがノックされる。


「どうぞー」


 ドアを開けて、中に入ってきたのは先程バスで出会ったメガネ美少女だった。


「ご出産おめでとうございます」


 そう言って、深々と頭を下げた。


「わざわざ来てもらってありがとう。

 こっち座ってね」


 蛍さんは、ベッドを挟んでオレの向かいにある椅子を指す。


 彼女は、その椅子に座る前にオレの方を見て軽く会釈をする。


「あの、これ。つまらないものですが」


「ありがとう!」


 渡した手土産は、オレの持ってきたものと同じくらいの大きさ。

 まさか、被ってないよね?

 いや、何枚あっても困らないと母親が言っていたから問題無いはず。


「なんとか、母子共に無事でした!

 赤ちゃん、見たい?」


 蛍さんはメガネ娘に尋ねる。


「見たいです!」


「じゃ、案内するね!」


 そう言って、蛍さんはベッドから下り、歩き出す。


 あ、歩いても平気なんだ。




 廊下から、ガラス越しに新生児室を眺める。


「真ん中の子が、うちの子。

 名前はまだ決まってないんだー」


「かわいい……。

 女の子ですか?」


 ちっちゃいなー、と言う感想しか無かった。


「そう。親バカだけど、美人だと思わない?」


「はい。きっと、すごい美人になりますよ。お母さんに似て」


「そうよね!貴女に負けないくらいの美人になって欲しいわ」


「え、私?私なんて、全然……」


「そんなことないわよ。ねぇ?」


 蛍さんが、オレに同意を求める。


「そうですね。みんな、美人だと思いますよ」


 歯の浮くような台詞だ。


「そんな、やめて下さい……」


 耳を真っ赤にして彼女は俯いてしまった。

 左手で、短い髪をクルクルといじっている。


 ……ん?


「あ、起きたかな」


 赤ちゃんが、ゆっくりと目を開ける。

 そして、顔をしかめたかと思うと、急に泣き出した。

 その小さな鳴き声が、微かに聞こえてくる。


「ありゃ……おっぱいかな?」


 蛍さんが新生児室に入ろうとする。


「あ、じゃ、私たちはこれで」


 彼女が、蛍さんにそう声をかける。


「せっかく来てもらったのにバタバタしちゃってごめんね」


「いえ、また今度ゆっくりと」


「そうね。今日はありがとう」


 蛍さんが、新生児室のドアを開けながらこちらに手を振る。


「ほら、君も行くよ」


 メガネ娘も手を振り返しながら、オレの方を見て言う。


 うむ。ここは、彼女に従おう。


 オレも蛍さんに軽く頭を下げた後、メガネ娘に付いて行く。

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