149.母娘
コハは海に面した港町。
と言っても港に船は無く、海の上にはレールが存在している。
その上を行き交う海上列車を、ただただ眺めていた。
海が見える公園のベンチに、リィリーと二人、腰を下ろしたまま。
ここに来て、どれだけ時間が経ったろうか?
互いに一言も発し無いまま、ただ時が過ぎるに任せていた。
月子さんの事、プリスの事。
たった数時間で、全てが変わってしまった。
その事実を、頭と心が受け入れるにはまだ少し時間が必要な気がしていた。
「待たせてごめんなさい」
そんな二人を見つけ、月子さんが声をかける。
「プリスは?」
どうしてますか?
「ご飯を食べて、また眠ったわ」
微笑みを浮かべながら月子さんは答える。
そして、
「勝手に決めてしまってごめんなさい」
と、深々と頭を下げる。
良いんです。
これで良かったんです。
そう、思っても口から言葉が出ないのは何故だろう?
「これで、良かったと、思います」
リィリーが、そう伝える。
そう、良かったんだ。
たから、謝らないで下さい。
「座ってください」
リィリーが、少し横へずれ、オレとリィリーの間に、一人分の空間を開ける。
そこに、月子さんが腰を下ろす。
「私には、娘がいました」
海を見下ろしながら月子さんが語り始めた。
「丁度、プリスと同じくらいの娘。
とても愛していた。
でも、突然の事故で、夫と一緒に失ってしまったわ……」
そこまで言って、そして、沈黙が訪れる。
「この世界でプリスに出会えて、とても幸せだった。
まるで、そう、あの頃の様に……」
再びの沈黙。
「プリスも月子さんに出会えて、幸せだと思います」
自然とそんな言葉が口から出ていた。
「これから、もっと幸せにして下さい。
いえ、幸せになって下さい」
彼女に残された時間がどれだけかわからない。
でも、言わずにはいられなかった。
「ありがとう。
今の言葉、忘れません。
プリスは、私が必ず幸せにします。
必ず、守り抜きます」
三度、沈黙が訪れる。
「私達は、最初に住んだ小さい家に引っ越します。
荷物は、今、氷川さんが運んでくれているわ。
今の家は、二人で暮らすには大きすぎるし、プリスが三階から、飛び降りたら大変でしょ?
今までみたいに。
……だから、あの家、もらって下さい」
そう言って、月子さんはオレの手に家の鍵を握り込ませる。
「もちろん、邪魔なら処分してくれてかまわないわ」
「……はい」
他に言葉が無かった。
月子さんが立ち上がる。
「この半年間、とても楽しかった。
プリスだけじゃなくて、二人も家族、そう思えた。
勝手な思い込みだけど」
そんなこと、無いです。
「ご飯、美味しかったです。
相談に乗ってくれて嬉しかったです。
旅行、楽しかったです。
……毎日、楽しかったです。
……もっと、一緒に居たいです。
みんなで」
そう言ってリィリーが月子さんの胸に顔を埋める。
そんなリィリーの頭を撫でながら彼女の耳元で何かを囁く。
そして、リィリーから離れ、オレの体を抱きしめ「ありがとう。君のお陰でとても幸せな最期を迎える事ができます」と、静かに言った。
「月子さん……」
いつの間にか、オレも彼女を抱きしめ、そして、涙を流していた。
それから数日後、コハの町ですれ違った親子の会話が偶然耳に入る。
「美味しかったー!」
「そう? なら良かった」
「でも、ママの料理の方が美味しい!」
聞き覚えのあるその声に、思わず振り返る。
仲良く手を繋ぐ母娘の後ろ姿。
小さな女の子の頭に、見覚えのある髪飾りが輝いていた。




