148.娘
「は?」
声を上げたのは、オレだった。
プリスが、月子さんの娘?
何で?
いや、月子さんに不満がある訳では無い。
でも、何故だろう?
どこか、納得出来ない。
プリシアである事を止めて、月子さんの娘、プリスになる。
それは最早、プリスでは無いのではないか?
いや、プリシアとして訳のわからない使命に縛り付けられるなら、プリスとして生まれ変わる方が幸せなのか?
「ジン君」
月子さんが、静かにオレの名を呼ぶ。
「貴方がプリスを大切に思っている事はわかってます。
それは、私も同じ、そう思ってます。
だからこそ、この先ずっとあの子の側で、あの子を守りたいの。
片時も離れる事なく」
オレの手を握るその手に、強く力を込めながら月子さんは言う。
「……今度こそ」
最後に小さく、そう呟いた。
「ジン。
私は、月子さんを信じる。
貴方は?」
長い沈黙を破るように、リィリーが、震える声で尋ねる。
月子さんを信じるか?
何だ、その質問は?
そんなこと、今までの二人を見て来たら答えは一つしか無い。
信じる。
しかし、それは言葉にならず、代わりに首を大きく縦に動かすしか出来なかった。
現実の月子さんは死に、AIとしてこの世界の住人になる。
プリスの母親として。
プリスは、月子さんの娘として、今まで通り、いや、きっと今まで以上に愛され、そして、甘やかされて暮らすのだろう。
何処にも、問題は無い……。
「でも、プリスは目を覚ましません」
リィリーが氷川さんに向け、そう言った。
「それに関しては、専門家を連れてきています。
モイカ」
氷川さんの呼びかけと共に、AI娘のアバターが現れる。
「事象と対処方法を説明するので、彼女の元へ」
モイカは抑揚の無い話し方で言って、リビングから出て行く。
慌てて立ち上がり、それに付いて行く。
ベッドで眠ったままのプリス。
その額にモイカは手を当てながら説明する。
「この子の中に、NPCであった時のデータ。
霊であった時のデータ。
そして、魔王の肉体のデータ。
それらが混在した状態。
端的に言うとキャパオーバー」
「ふむ。取り得る対処は?」
「容量の確保。データの削除を推奨」
「全て?」
「魔王のデータは抹消して問題無い。
万全を期すならば、完全な初期化を推奨する」
初期化だと?
「それだと別人になってしまうだろう。承服しかねる。
我々の望みは、寝坊助なプリスと言う月子氏の娘を起こす事だ」
氷川さんが返答する。
「ならば、NPCのデータは整理の上一部改変。
霊のデータは圧縮し、リンクを切断。
これで望む状態にすることは可能。
ただし、圧縮したデータへ再びリンクが繋がる可能性は否定出来ない」
「再リンクが確立するとどうなる? 再度スリープ状態に移行するのか?」
「自律状態で再リンクが確立した場合、スリープに移行する事は無い。継続して活動可能」
「では、どうなる?」
「改変データと圧縮データに同時にリンクした場合、矛盾を認識し…………」
そこでモイカの説明が止まる。
「……矛盾を認識し?」
氷川さんが、続きを促す。
「………………悩、む?」
たっぷりと時間をかけてからモイカが疑問形で答える。
「ふふっ。
いいわ、それで。
隣で一緒に悩んで、一緒に答えを見つけます」
月子さんが嬉しそうに言う。
「なるほど。
では、モイカ、それでお願いしよう」
「はい」
モイカは、プリスの側頭部に両手を当てた姿勢を取り、そのままの姿勢で静止。
「終わった」
三十秒程の後、こちらに向き直りそう宣言するように言った。
ベッドのプリスに変わった様子は無い。
しかし、モイカはベッドから離れ氷川さんの横に行く。
氷川さんは、手で月子さんを促す。
ベッドの横へと。
月子さんは、ベッドの横へ膝を着き、そして手を取り、プリスの顔をゆっくりと見た後に、優しい声をかける。
「プリス、起きなさい」
ゆっくりと、プリスの瞼が上がる。
そして二度、三度と瞬きする。
「……ママ?」
プリスが月子さんを見て、そう口にする。
「そう。ママよ。プリス。
おはよう。プリス」
プリスに覆い被さるようして抱きしめた月子さんの声は微かに震えた。
氷川さんが、外に出よう、そう手で合図をする。
ドアに手をかけた時、背後からプリスの声が聞こえる。
「ママ!
お腹すいた!!」
その瞬間、あ、この子は確かにプリスなんだな、と妙に納得してしまい、可笑しさが込み上げてきて、今まで胸にあった不安が霧散していった。
廊下に出て、モイカに尋ねる。
「月子さんがママなら、オレとリィリーはどう改変したんだ?」
兄か?
近所の知り合いか?
「してない」
は?
「してない。
二人に関するデータは改変不可。
そう判断した。
二人の情報へのリンクは全て遮断の上、圧縮処理にした。
今のプリスに二人の記憶は一切無い」
え?
「なるほど。
となると、二人はしばらくあの子に会わない方が良いね」
待ち望んだ再会、その直後の、突然の別れだった。




