146.魔王(裏)
[そろそろ行きます。準備出来てますか?]
百合谷さんからだ。
[大丈夫です]
よし、行こう。
願わくば、戦闘が終わってますように……。
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月子さんの家。
部屋のドアを開け、廊下に出ると同時に、リィリーも部屋から出てくる。
二人の丁度、真ん中にある、プリスの部屋。
その前に並び立つ。
「心配?」
プリスの部屋のドアを見ながら、リィリーが尋ねる。
「うん」
「顔、見ていく?」
「いや、全てを片付けてからにするよ」
「そう。じゃ、行きましょう」
そう言って、リィリーはオレの手を取り、戦場へ転移した。
「ん?」
「えぇ!?」
転移した先は、封印の祠のあったであろう場所の直ぐ側。
目の前の地面は、大きく陥没し、祠はすでにその姿を保っていなかった。
地下洞窟が、崩壊したか。
大きくえぐれた大地の中心に、人影が幾つか見える。
戦いは、まだ続いている様だ。
「うわ!」
「これは!?」
雪椿とネフティスも転移してきた様だ。
挨拶は軽く手を上げるのみに止め、崩壊した大地の中心に向け下っていく。
「来たか」
少し離れ戦況を見つめていたスランドと合流。
「酷い有様だな」
「激戦の後だ」
「戦場の形を変えるとか、流石は魔王だな」
「ん、んー、そう……だな」
スランドが言い淀む。
あれー?
魔王(裏)がやったんじゃないの?これ。
……フレグレイか? あの馬鹿、周りの影響考えないで大技ブッパなすからなー。
その魔王(裏)は、戦線離脱前から姿が変わっていた。
体躯が二回りほど大きくなり、全身が黒の鱗に覆われ爬虫類を思わせる尻尾が生えている。
頭部からは、髪が無くなり竜を想像させる形状へ変化している。
その額に当たる部分に、縦に裂け目があり目のようなものがある。
「第二形態か……」
「いや、第三形態だ。
ついさっき変化したところだ。
これで最後なら良いんだが。
月子とプリスは来れなそうなのか?」
オレは、ゆっくりと首を横にふる。
「そうか。
ならば、ジンとリィリーは桜の側に行ってくれ。
ヒーラーが落とされるのが一番困る。
そういう訳だ、ネフティス、絶対に落ちるなよ」
「「了解!」」
ち、露骨に延命を始めやがったか?
魔王(裏)は、翼を広げ白み始めた空に舞い上がったまま下りてくる気配が無い。
「あのまま逃げる気じゃ無いだろうな……」
「ジンさん、壁の魔法で飛ばして下さい。
私達が下に叩き落とします!」
そう、提案して来たのは楓とリィリー。
「狙い打たれ無いか?」
「任せて!」
うん。
凄い自信だ。
疲れて、判断能力鈍ってる訳じゃ無いよね?
とは言え、このまま魔王(裏)を見上げていても仕方無い。
「了解」
「叩き落としたら、絶対に抑えつけて下さい!」
「わかってる」
返事をしながら、術式融合を組み立てる。
「行くぞ! 岩盾」
楓とリィリーの足元が隆起し、猛スピードで二人を天高く押し上げる。
しかし、魔王(裏)もそれに気付き、離れる様に羽ばたく。
其処に、リィリーが投げ付けた大鎌が迫る。
壁の上から、リィリーが跳躍。
魔王が、大鎌を叩き落そうとした瞬間に大鎌が消滅。
魔王(裏)の拳は空を切り僅かに体勢を崩す。
鎌は?
宙を舞うリィリーの足元。
空中で、リィリーが静止する。
武器に組み込んだ浮遊機構か。
そして、そのリィリーの背を踏み台にして、楓が更に高く跳躍。
空中で一回転しながら魔王の後頭部にかかと落としを叩き込む。
上手い!
更に、リィリーが追撃。
そして、楓の放った気弾が落下する魔王(裏)を加速させる。
「ネフティス!」
魔王(裏)が地面に叩きつけられる。
逃したらダメだ。
オレは、立ち上がった魔王(裏)の体に抱きつき動きを拘束する。
「オレごと貫け!」
「でも」
「信じろ!」
「……ハイ!」
返事と共に背中から衝撃を受ける。
見下ろすと、魔王(裏)の背中から飛び出す、聖剣の剣先が確認出来る。
HP0。
臨死発動。
霊化。
一瞬、途切れた視界が次に映したのは、オレの霊体もろとも魔王(裏)の首を刎ね落とす二式葉の刀だった。
〈ポーン〉
システム音。
〈ワールドボス、魔王タイテムが消滅しました〉
「終わったか」
刀を鞘に収めながら二式葉がつぶやく。
「あの、大丈夫なんですか?」
ネフティスが霊体化したオレの心配をする。
「ん、まあ問題無いよ。良い攻撃だった」
「いやー、しんどい戦いだった。
……強くなったな」
左之助さんが、ネフティスの頭にポンと手を置き労をねぎらう。
「ジンさん変なステータス異常になってますよ?」
そう言う桜も、疲れが顔に出てるけどね。
「やーっと終わったです! 祝勝会は明日、あ、もう今日か。
とにかく、一眠りしてからですね!」
楓がリィリーと鎌にぶら下がりながら降りてくる。
生き残りは、これだけか。
「そうね。ウチのギルホで盛大にやろう。みんな後で連絡します。
姉さんも来てね。絶対!」
「あ、ああ」
桜が二式葉に念押しする。
「ジン、報告に行こう。プリスに」
「そうだね。
皆さん、ありがとうございました。
面倒事が一つ片付きました」
そう言って、深くお辞儀をした。
ここに居ない面々にも、後で礼を言って回ろう。
でも今はまずプリスだ。
トントン。
プリスの部屋のドアをノックする。
中から、月子さんがドアを開ける。
「終わったの?」
「はい。全て。
プリスは?」
月子さんは、静かに首を横に振る。
「ずっと眠ってるわ」
ずっと、側に付いていたのだろうか。
オレとリィリーは、小さなベッドで眠るプリスの横に行き声を掛ける。
「プリス。
全部終わったよ。
魔王はいなくなった。
プリスのおかげだ」
小さな頭を撫でながら。
「プリス。
目を覚ましたら、美味しい物、いっぱい食べに行こうね」
小さな手を握りながら。
しかし、二週間経ってもまだ、プリスは目を覚まさなかった。




