145.魔王
戦闘は、長期化していた。
途中から、姿が見えないジャンヌが定期的に魔物を追加しているであろうこと。
そして、葬った魔人の一部が、地面に黒いシミを作り、そこからも魔物が湧き出ていること。
雪月風花のメンバー達も参戦し、それらの取り巻きが片付いた頃には戦闘が始まって、一時間以上経過していた。
失敗したかも知れない。
今、最後の魔人、ヨドンをネフティスが手に持つ聖剣で粉砕した。
そして、ヨドンは黒い霧となり、暗檻の隙間を通り魔王へと流れ込む。
オレ達が消耗する一方で魔王は、牢の中で確実に力を溜め込んでいた。
来る。
地下に残る全員へ、溟盾を飛ばす。
「グアァァ!」
短い叫びと同じに、静かだった魔王が力を解放する。
その衝撃で、一瞬にして、檻は弾け飛び至近距離にいたオレの体も宙に舞う。
マズイ。
壁に叩き付けられたら、HPは残りそうに無い。残機を失う。
天秤を……。
「引き受ける!」
オレに向けて、リィリーの鋭い声が飛ぶ。
引き受ける……?
そうか!
オレは、発動仕掛けた天秤をキャンセルし、そのまま壁へと叩き付けられる。
ダメージは、全てリィリーに。
【絆】。
オレとリィリーだけのユニークスキル。
立ち上がり、周囲を見渡す。
オレと同じく、衝撃に飛ばされた者。
それより前の戦いで傷ついている者。
皆、満身創痍だ。
魔王は、その手に錫杖を持ち、悠然と構えていた。
早く、掛かって来い。
そう言う事か?
「私とネフティスを残し、他は戦線離脱!」
雪椿が、声を張り上げる。
いい判断だ。
「この先、フォローの余裕は無い。
みんな、ありがとう!」
しかし、雪月風花の面々は後退しようとしない。
「最後に、玉砕覚悟で当ります!」
誰かが反論した。
「ダメ! 重い!!」
雪椿は、短い言葉でその覚悟を否定する。
うん。
例え、バーチャルだとして、自らの身を犠牲にして敵に飛び込む様など見たくは無い。
良いギルマスだな。
自然に頬が緩む。
「了解。
食事の用意をして待ってます!
ご武運を」
その一言で、皆急ぎ後退して行く。
「頑張って下さい」
オレの横を通り過ぎる時に、誰かが応援ついでにMPを回復してくれた。
ありがたい。
全員、離脱が完了したか。
「クロノスさん。
私が求めた物は、今ここにあります。
だから、負けません」
ネフティスが、聖剣を構えながら魔王に正対し宣言する。
「プリスの頑張りを無駄に出来無いの。
その首、刈り取って上げる」
リィリーが、大鎌を振り上げ不敵な笑みを浮かべる。
「貴方を踏み台にして、雪月風花をナンバーワンギルドに押し上げます」
雪椿が、長剣と盾を構え直す。
何?
この流れ?
何でみんな台詞用意してんの?
そして、魔王さん、「ほら、次はお前だ」、と言わんばかりの視線をこっちに投げかけないで!
「サクッと終わらせて帰ろう」
本心だった。
もちろん、サクッと片付く様な敵では無い。
ただ、それを悲観しても仕方無い。
努めて明るく言ったのだが。
「何で、そんな締まらない台詞なのよ」
リィリーから苦情が出る。
仕方無いじゃ無いか。
「そんな打ち合わせ、して無い!」
叫びながらオレは魔王に飛び掛った。
オレの溟剣は、しかし、魔王の錫杖にいなされる。
大丈夫。後ろから二の剣、三の剣が次々と襲い来るはずだ。
確実に、削って行けば良い。
それが出来るだけの面々だ。
振り下ろされた錫杖を、雪椿の盾が跳ね上げる。
その隙をネフティスの聖剣が一閃する。
「横時雨」
挟み込む様に、背後から溟剣を打ち据える。
そして、正確に首を狙ったリィリーの一撃。
それが、止めとなった。
崩れ落ちる魔王。
戦い始めてから、三時間近く。
しかし、その勝利の余韻に浸る暇は無かった。
パチパチパチ。
手を叩きながら、姿を現したのはジャンヌ。
「おめでとう。君たちは魔王を打ち倒しました」
不敵な笑みを浮かべながら、歩み寄ってくる。
「でもね、こういうのって最後に本当のラスボスがいるものじゃん?」
魔王の亡骸を中心に魔法陣が出現し、光を発する円柱と化す。
「もう、私も外から眺めることにするよ。
勇者たちの活躍と世界の崩壊を」
「何を言ってるんだ……?」
「ジン! 君さ、あとどれくらいここにいれるの? 三十分? 一時間?
その間に、こいつ、倒せるかなー?」
そう言って、ジャンヌは魔法陣の中に飛び込んだ。
魔法陣は、まるで、ジャンヌと魔王の亡骸を燃やし尽くす炎のように激しく、赤く光る。
誰も、言葉を発せない。
何が起きているのか。
予想は、付く。
だが、認めたくなかった。
やがて、円柱が消滅し、中から一体の魔物が現れる。
一瞬、人と見間違うその姿は白髪に赤い目。
しかし、側頭部から伸びる、牡山羊のような角。
そして、背中に見える三対の翼。
鈍い光沢を放つ体は、鎧か肉体か……。
モンスター:【裏魔王ヨリデの写体】レベル??
……裏って。
いや、呆れている暇はない。
ログインの連続制限時間が近い。
残り、一時間程。
ジャンヌに見立て通りだ。
そこまで計算して隠れていたのか?
溟剣を構え直す。
「ジン」
後ろのリィリーがら、声が掛かる。
「援軍よ」
マジか!
「遅くなった!」
スランドの声が届く。
マジで遅え!
いや、言わないけど。
振り返る余裕は無いが、後ろが一気に騒がしくなる。
オレの横をすり抜け魔王(裏)に飛び掛かる影が一つ。
二式葉だ。
これ以上無い助っ人。
よし、任せて大丈夫だ。
そう判断して振り返り援軍の面々を確認する。
スランド、フェイ、パンクドール、左之助、雲助、フレグレイ、オクターと白銀騎士団の面々、そして、楓に桜、海猫さん。
……海猫さん?
いや、まぁ別に戦場に出てきてもおかしくないんだけど。
えっと、その手に持っているのは、ガトリングガンですか?
銃器まで作り出したんですか?
スランドがオレたち四人に通信を繋ぐ。
『後は引き受ける。全員一度ログアウトしろ』
「ログアウト?」
まだ、一時間は戦える。
『そうだ。インターバルを挟んで戻ってこい』
そう言う事か。
しかし……。
「そんなに長期化するか?」
『いえ、その可能性も考慮すべきです』
と言ったのは雪椿。
『ジンと私はもう直ぐ四時間。その後も考えると二時間は挟みたいけど、大丈夫?』
『それまでに、終わっていればそれで良し。ダメだったら交代だな』
『わかりました。では、私達は二時間後に戻ってきます。
それまで、負けないで下さい』
そう、強く言い切ったのはネフティス。
みんな、継続戦闘で、疲れているだろうに……。
「じゃ。二時間後に」
援軍の面々は魔王(裏)に向かっていく。
「後は任せた!」
その背中に声をかける。
パンクドールが、オクターが、楓が、手を上げてそれに答える。
それを確認して、オレはログアウトした。
……しまった!
オレ、リィリーが設置したポータルに飛べないじゃん!
[ゴメン。ログアウトした後に気付いたんだけど、設置してもらったポータルに飛べないです。
二時間後に待っててくれますか?]
そう、百合谷さんにメッセを送る。
[そう言えば、そうですよね。ログイン前にメッセ送ります]
[ありがとう]
丁度日付けが変わった。
後、二時間。
そして、その後も戦闘の可能性がある。
戦闘の行方と、プリスが気になり眠れる気がしないな。
軽く、夜食を取って、今のうちにシャワーを浴びてこよう。




