144.異変
プリスの抱えるキューブが、強烈な光を放ち発光。
一瞬にして、プリスを青い光が包み込む。
強い光の中、僅かにキューブが崩壊するのが見えた。
<ポーン>
システム音。
何が起きた?
オレもリィリーも、そして、相手方二人も棒立ちだ。
<『プリシア・リブ・ビアーシェ』の召喚契約が条件不十分により、破棄されました>
何?
破棄?
条件不十分?
どういう事だ?
「プリス!」
一瞬、インフォに気を取られたオレの横でリィリーが動く。
光は、収まりを見せ、そして、プリスの体は落下を始めていた。
落下地点に素早く回りこみ、プリスを抱き止めるリィリー。
「プリス! プリス!」
リィリーは、腕の中の少女に何度も呼びかけるが、反応がない。
オレは、ジャンヌとクロノスさんを警戒しながら、リィリーとプリスに近寄る。
「ジン、プリスが、おかしいの!
HPが、見えない」
ポーションを何本も使いながら、リィリーが告げる。
プリスのマーカーが、NPCを示すそれになっていた。
背中から生えていた翼も、そこには無かった。
何が、起きたのだ?
リィリーの腕の中で、プリスは微動だにしない。
「まさか、こんな結果になるなんて……」
ジャンヌが、悔しそうに呟いた。
「もう良い。
オレは、この世界が壊れる様を外から眺めることにする。
魂を寄越せ」
クロノスさんに言われたジャンヌは、ピンクに光る球体を取り出し、クロノスさんに手渡す。
「はじめから、こうすればよかったんだ」
クロノスさんが、片手に掲げた球体がゆっくりと、どす黒く変色していく。
そして、その球体から、黒い霧が漏れだし、クロノスさんを包み込んでいく。
霧に包まれる直前、オレを見て口を開いた。
しかし、その言葉が声になる前に、霧は黒い繭となり彼を覆い隠していた。
「本来の力には及ばないけれど、ま、仕方ない」
ジャンヌが、とても残念そうに、しかし、わずかに楽しそうな声で言う。
「でも、その前に、邪魔者を始末しないと、ね!」
言うと同時にジャンヌの周囲に巨大な火球が出現する。
マズい!
急いで、メニューを操作し、術式融合を組み立てる。
「尽火」
「岩盾」
火球が炸裂する瞬間、オレの全MPをつぎ込んだ巨大な壁が、せり上がり地下空間を完全に二分する。
「リィリー」
プリスを抱いたままの彼女に、声を掛ける。
「プリスを、月子さんの所へ」
コクンと頷くリィリー。
「偉かった。また、後でな」
眠ったままのプリスの額に手を当て、そう声を掛ける。
「すぐ、戻ってくるわ」
リィリーが、オレにMPポーションを使いながら、強い口調でそう言う。
「だったら、これを」
アイテムカタログを取り出し、リィリーに手渡す。
「外に、転移ポータルを置いて、ついでに誰か呼んできて欲しい」
「わかった」
リィリーは、頷いた後、プリスを抱え階段へと駆け出した。
オレは、壁に向き直り、そして、少し距離を取る。
強化を掛け、右手に溟剣。前面に溟盾。
そろそろ壁が崩れ落ちる。
その向こうに既に魔王はいるのかどうか。
魔人勢揃い。
そんな事を覚悟していたのだが、そんな事は無かった。
消滅した壁の向こうにあるのは黒い繭と、不敵な笑みを浮かべるジャンヌだけだった。
「やっぱり、逃げなかったのね。
エライエライ」
「なぁ、こうやって魔王に立ち向かうプレイヤーって、お前が求めたもの、そのものじゃないの?」
「うーん、そうなんだけどね。
でもね、私が求めたのは、その勇者の隣に私がいることなんだよ」
それは……。
「やり方間違えたんじゃないのか?」
「うーん、どこで間違ったのかな。
ま、良いや。
反省は後にしよう。
こうなったら、もう後は、悪役で終わるしか無さそうだしね」
そう言って、ジャンヌは繭の周囲に魔法陣を出現させる。
ここで、ジャンヌを攻撃するのは、野暮、だよな?
『やっちゃいけないお約束ですー!』
何故か脳裏に楓の突っ込みが蘇る。
まあ良い。
今度こそ。すっきりと、後腐れ無く終わりにしよう。
出現したのは十体の魔人。
モンスター:【メセズトの闇体】
手に大剣。
三度目ですね。
槍を持つ【ナソガベの闇体】、こいつも三度目か。
金砕棒の【ケンスキンの闇体】、戦鎚の【アジェンキの闇体】、長剣の【シデシブの闇体】、曲刀を二本持ち【ケリカナの闇体】。
この辺は、オーシカーの地下で一度見えてるな。
戦斧を持った【ゴフキジの闇体】とは、リィリー、楓と共闘している。
初見なのは、無手の【ティニーシュートの闇体】。
そして、三叉の銛を持つ【イデムトナーの闇体】。
更に、扇子のような物を持つ【ヨドンの闇体】。
唯一、女性らしいシルエットである。
十体、全員が全員、黒一色という姿。
闇体ってのは、見た目のことか?
「律儀に待ってくれるなんて、流石だね」
召喚を終わったジャンヌが、軽口を言う。
「ま、君にとっては足止め程度にしかならないだろうけど、時間は稼がせてもらうよー。
やっちゃってー」
ジャンヌの掛け声と共に、十体の魔人が一斉にこちらに襲い来る。
長い戦いの幕開けだった。
これで、三体目。
葬った、シデシブの屍にすかさず他の魔人が群がり、その力を吸収する。
ジャンヌが追加で魔物を召喚し、狭い地下空間が魔人と魔物で満たされている。
オレは、暗檻を出現させ、繭から現れ出た【魔王タイタムの写体】を拘束しながら戦いを強いられている。
蘇った魔王の初撃で、【不屈】が発動済み。
確実に追い込まれている。
ジャンヌが、魔法でちょっかいを出してこないのが不思議だ。
「ジン!」
響き渡る死神の声と共にパーティー申請が出現。
受理と共に、左手に溟剣を出現させる。
これで、少しは楽になる。
侍者リィリー。
彼女とオレが選んだ、配偶と言うその選択は、互いの能力を向上させる。
維持するために常に左手をかざしていた暗檻も、側にいるだけで十分になる。
中に囚われた魔王は、不気味なまでに沈黙している。
ただ静かに、開放されるその時を待つ、そんな感じだ。
「うわうわうわ、非道いな。こりゃー」
雪椿の声。
リィリーが連れてきた助っ人か。
魔物の群れを切り裂き、大鎌を携えたリィリーが現れる。
「遅くなってごめん!」
そんなこと無い。
「助かった」
「その後ろのが魔王ですか?」
リィリーの後ろから雪椿が声を掛ける。
「そう。大ボス。その前に取り巻きを潰したいね」
「ですね」
「呑気に立ち話してないでー!」
魔物の群れの向こうから、ネフティスの声がする。
そうか、彼女も来てるのか。
「ほーい、今行くよー」
雪椿が、声のした方へ剣を構え突撃する。
「ネフティス! 隙を見て、オレの所へ来てくれ!」
「わかりましたー!」
渡したいものが、ある。
「……プリスは?」
「眠ったまま。今、月子さんが付いてる」
リィリーは、首を横に振りながら答える。
そうか。
早く終わらせて、駆けつけるとしよう。
「外にポータルを置いたわ。スランド達も雪のギルドの皆が連れて来てくれるはず」
「うん。ありがとう」
その前に、決着を付けたいが、どうか。




