137.待ち合わせ
ルノーチ。
通りに面したコーヒーショップ。
テラス席に一人で座り、時間を潰す。
結局イベントは、ラストスパート勢に追い抜かれ、最終的に90位になっていた。
それでも賞品としてアイテムカタログが手に入ったのは有難い。
何をもらおうか、ページをめくりながら考える。
しかし、アイテムカタログが賞品として大量に配布されている現状を考えると、二回目の闘技大会で早々に目当ての刀を手に入れてしまった二式葉の判断は間違っていなかったのだな。
「相席、よろしいですか?」
「すいません。待ち合わせで人が来ますので」
オレは、アイテムカタログから目を上げずに答える。
だが、断ったはずの相手が勝手に向かいに座る。
耳を掻く様に、ピアスに手を触れながら顔を上げる。
青い髪をポニーテールにまとめているその女性は、見たことが無い知り合いだった。
「聞こえませんでした?人が来ますので、そこを空けて下さい。ジャンヌさん」
【模倣暗示】。
そういうスキルか。
【眼光】の性能も向上しているな。よしよし。
「わかってるならそんな邪険にしないでよ。今一人みたいだから、待ち合わせの誰かが来るまでお話しようよ」
ったく。
スランドは盗聴出来ているだろうか。
「何か、御用ですか?」
「遂に、明日のメンテが開けたら魔王への道が開けるんだよ!」
「へー。そうなんですか。
聖杯って言うのは手に入ったんですか?」
「秘密!」
「じゃ、魔王を開放する日が決まったら改めてご連絡いただけますか?
邪魔しに行きますので」
そう言って、再びアイテムカタログに目を戻す。
「バカにしてるの?」
ん?
「何で?」
「こっち、向いてよ」
カタログから目を上げる。
「何で、ちゃんと話ししてくれないのさ」
「いや、だって、話をしても平行線じゃん。
お前は、魔王を蘇らせたい。
オレは、それを阻止したい」
「だから、一緒にやろうって誘ってるじゃん」
「毎回、断ってるんですが」
「何で? 魔王と勇者の物語とか、王道じゃん。
絶対盛り上がるから」
「オレは、そうは思わない。
大体さ、何で毎回毎回、オレに絡んでくるの?
前も聞いたと思うけど」
「スキだから!」
「その手には乗らない」
あんな屈辱的な手に、二度も引っかかってたまるか。
「ホントだって」
「じゃ、オレが魔王なんか放っておいてくれって言ったら止めるのか?」
止めないだろ。
「そういう訳だから。
待ち人が来たから行くわ。
じゃな」
通りの先から楓が、こちらに向かってくるのが見えた。
店内で、支払いを済ませてから通りへ出る。
「ジンさーん」
楓がこちらに気付き、手を振る。
あれ? ミーちゃんは?
楓の隣から、巫女装束の幼女がこちらに向かって猛ダッシュで近づいてくる。
「あ! こら! ミーちゃん!」
楓が叫ぶと、同時に幼女がオレに飛び掛かって抱き付いてくる。
ミーちゃん?
「こらー! 離れなさい!!」
楓も走って近づいてくる。
幼女がオレの足にしがみつき、楓に向かって舌を出す。
「このバカ狐! そう言う事すると飼い主の品格を疑われるんです!」
楓が幼女に怒る。
んー?
「楓、この子は? 妹?」
「違います! 人に化けたミーちゃんです!」
おおう。
そういう事か。
狐だもんな。納得。
しがみついたままのミーちゃんの頭を撫でる。
よく見ると、頭に耳があって、尻尾も生えている。
しかし……。
「ミーちゃん、雌だったのか」
「その格好で、ジンさんに懐くんじゃありません!」
「なら、これならどうじゃ?」
おお、喋れるのか!
そう言ってミーちゃんは、ぼふんと煙を上げて姿を変える。
次の瞬間、オレに抱き付いていたのはオレと同じくらいの背丈になった女性だった。
へー。
好きな姿に变化できるのか。
「止めなさーい!」
楓が絶叫を上げる。
完全に舐められてるな。
「ミーちゃん、楓が可哀想だから言う事聞いて上げなさい」
窘めるように言った。
あんまり長時間くっつかれると、運営が来かねないしな。
「嫌じゃ!」
しかし、ミーちゃんは離れようとしない。
困ったね。
これ。
「いい加減にしないと、召喚解除しますよ! バカ狐!」
うーん、この状況、どうしようか。
しかし、これは混乱の序曲でしか無かった。
「ねぇ、ジン」
後ろから、ジャンヌが声を掛けてきた。
お前、まだいたのか。
オレとミーちゃんが同時に振り返る。
「さっきの話なんだけどさ」
「ん?」
何の話だっけ?
「その……、付き合ってくれるんだったら、魔王の事、諦めても良いかも……」
「は? 何処に?」
「いや、そっちの付き合うじゃなくて……
私と、付き合うってこと……」
ん?
男女交際の方のお付き合い?
ま、どうせ「うっそでーす」だろうな。
傍から見ると、女性に抱きつかれたまま告白されるっていう、なにそのハーレム的な展開なのだが、どうしたもんか。
と、視界の端にスランドからの通信を知らせるアイコンが。
しかも、警告色で。
ただ、流石にそれに出れる状況じゃないなー。
ヒュン。
鋭い風切り音と共にオレの顔のすぐ横を、巨大な鎌が通り過ぎる。
その鎌は、ジャンヌに直撃する手前で、見えない壁に弾かれ、地に落ちる。
PKオフ設定だからだろう。
オレは、慌ててスランドからの通信を繋ぐ。
『大変だ……』
「ちょっと!!」
声の主は、鎌の持ち主。
見なくても分かる。
リィリーだ。
『……リィリーが向かった、が、遅かったな。じゃ』
え、まさか、スランドと一緒に居たの?
あ、盗聴しっぱなしだ。
と言うことは全部聞かれてたのか……!?
ツカツカツカ。
「私の配偶者を、勧誘しないで?」
オレの横まで来て、リィリーはジャンヌに向かってそう言い切った。
静かに。 しかし、有無を言わせぬ迫力で。
そして、こちらを向く。
「ミーちゃん、いい加減、離れなさい?」
楓の言うことには一切従わなかったミーちゃんが、バッと一瞬でオレから離れ、そして狐の姿に変わる。
ドン!
リィリーの踵が、オレの爪先を踏み抜く。
【不屈】発動。
残HP 1。
「楓、その狐、ちゃんとしつけなさい?」
「ハイ!」
「ミーちゃん、次やったら毛皮にするわよ?」
「キュ!」
「そして、ジャンヌさん。
初めまして。
お噂はかねがね。
別に貴女が何なさろうと構いませんが、この人に余計なちょっかい出すのだけはやめて下さいね?」
「……はい」
うわ。
ジャンヌすらも黙らせた。
今どんな顔をしてるんだろう。
怖くて見れない。
「ジン」
「ハイ」
「行くわよ?」
「ハイ」
ツカツカツカと怒り肩で歩くリィリーの後ろに付いて行く。
楓が、こちらに無言で頭を下げる。
ミーちゃんがそれに倣う。
その奥に運営アバターの姿が見えた。
しかも、ピンクと青の二体セット。
来てたんなら、止めてくれても良かったんじゃないですかね?
それにしても何で二人共、そんな怯えた様な空気を醸し出してるんですか?
ねぇ、何でですか?




