127.クロノス
『随分な好かれようだな』
呆れたようなスランドの声が、ボイスチャットを通して聞こえてくる。
空中庭園で手に入れたドロップアイテム[オーパーツ 通信機構]。
このアイテム同士であれば、周囲の音声を送ることが出来る。
正直、ボイスチャットと、さほど変わらないのだが今のように盗聴っぽく使える。
ボイスチャットの場合、周囲に仮想ウインドウが浮かぶからだ。
難点は、使用時間に制限があり、一定時間経過すると壊れる。
ま、パーツの在庫はそこそこあるのでそれは良いが。
こんなこともあろうかと、更紗に頼んでカルセドニーのピアスに仕込んでもらった。
先程のジャンヌとの会話は、全てスランドに筒抜け。
まぁ、向こうが聞いていれば、だが。
「あいつ、何しに来たんだよ。マジで……」
『告白だろ?』
スランドが、楽しそうに言う。
「いや、マジやめろ。そこは誰にも言うなよ」
『わかった、わかった。
しかし、相変わらず、掴みどころが無い……。
ま、暫く動きは無さそうだな』
「ん? 信じるのか?」
どう考えても、嘘だろう。
『ああ。
言ったとおり、二、三週間は動かんだろう』
「何で?」
『何でって、それが嘘だったらお前は激怒するだろう?
それは向こうも避けたいはずだ。
それだけ、気に入られてるって事。
ま、根拠は無いが』
ふーん。
ま、そう思うならそれでも良いけど。
そんな事より、オレには気になっている事がある。
ジャンヌと話をしている間、物陰からこちらの様子を伺っている人物がいた。
果たして、何時からいたのか、そして、ジャンヌが去るのに合わせて姿を消していた。
クロノスさん。
C2O、最大手ギルドのギルマス。
戦争イベントで中心となり、周りを取りまとめ勝利に導いた人物。
しかし、主要メンバーが次々と脱退し、今年のはじめにギルドは解散。
その後、少なくともオレの耳に彼に関する話は入ってきていなかったが。
何をしていたのだ?
わざわざ、『変装』までして。
『眼光』が無ければ気付かなかったはずだ。
偶然?
いや、まさか。
とすると、ジャンヌを追っているか、もしくは、ジャンヌと組んだか……。
「イベントお疲れでした」
『おお……、見てたか?』
「ハイ、バッチリ」
今、イベントフールドから強制転送、つまり、死に戻ったばかりの左之助さんに連絡を取る。
『いやー女の涙には勝てないな!
そっちはどうだ?』
森のなかで、マンティコラの大集団に遭遇しその全てを撃破した時に彼らのパーティーは左之助さん一人になっていた。
そして、森を彷徨った末、人魚の姿をしたモンスター、ルサルカと遭遇。
既に他のプレイヤー達との戦闘を経て、瀕死で湖畔に佇むルサルカに対し、一度は向けた穂先を、静かに下ろす。
ルサルカは、しかし無抵抗の左之助さんに魔法を放ち……。
二式葉だったら、問答無用で斬りつけただろう。
そして、涙とか言ってるけど、多分、水が滴ってただけです。
ま、男臭いと言ってしまえばそれまでだが。
「一度、接触があって、当面動き無さそうってのがスランドの結論です」
『そうか、これからキョウの店で反省会兼打ち上げなんだが、来れるか?』
「大丈夫です」
『じゃ、待ってるぞ』
クロノスさんの件は、彼に聞くのが一番だろう。
「クロノス?」
「ええ。最近どうしてるんですかね?」
「うーん、ギルド辞めてからは、会って無いな。
何時の間にかフレンドも解除されてたしな」
反省会兼打ち上げは、結果に反する盛り上がりを見せていた。
そんな中、頃合いを見計らって左之助さんに聞き込み。
「雲助はどうだ?」
「ん? 何スカ?」
「クロノス、連絡取ってるか?」
「いや、解散から会って無いスネ」
「だよな」
ふむ、二人共近況は知らないか。
「しかし、何でだ?」
「いや、今日似た人を見かけたんで」
「本当か? まだゲーム続けてるのか」
左之助さんが、少し驚いた様に言う。
「え? 引退したんですか?」
そう言えば、ギルドを解散した事情とか全然聞いて無い。
「しててもおかしく無いとは、思ってたんだ」
「何かあったんですか?」
「んー、まぁニケが引退したからな。
あのギルド、実質運営してたのは、彼女だったんだわ」
「あ、そうだったんですか」
そんな内部事情があったのか。
それで運営が破綻したのか?
「それでも、何人かはちゃんと運営しようとしたんスヨ。
でもね、結局、ギルマスが全部放り投げたんスヨネ」
雲助が悔しそうに言う。
「まあ、オレはニケが引退した時点で予想してたがな」
話が見えない。
困惑気味のオレの表情に気付いたのか左之助さんが補足をする。
「クラウディオスは、元々βをやり込んでたクロノスと、攻略情報とりまとめてたニケが立ち上げたギルドでな。
ま、その流れで本サービス開始直後からβ勢が集った、と言うかニケが集めたんだよ。
クロノスは、アレでβのトッププレイヤーだったんだ」
アレ?
「β時代は、時間が許す限りログインしてレベリングしてたみたいスヨ。
でもまぁ本サービスだと、それがあんまり通用しなかったんすヨネ」
「そ。
結局、一回目の闘技大会も逃げたしな。
でもまぁ、本人も何とかしようとしてたし、周りも協力的だったんだ。
なんだかんだでβ勢って、仲間意識もあったしな」
んー?
思ってた印象と随分違うぞ?
「でも、戦争の時とか……」
「ああ言うハッタリ的な事は得意だったんだよ。
だからこそ、トップに向いてるとも言える。
でもなー、裏で色々と手を回してたのはオレ達だったんだ」
「でも、実際ボロが出なくて良かったスヨ。
あの戦争。
そうと知らず活躍していた皆さんには頭が上がらないス」
そう言って、雲助はオレに頭を下げた。
「で、その後ニケさんが引退。
この人も、新撰組ごっこで離脱」
「ごっこじゃねーよ!」
「何で好き好んで敗者の側にまわるんだろーな?」
新撰組に反応したのか、パンクドールがそこだけ突っ込みを入れる。
「敗者には敗者のドラマがあるんだよ!」
左之助さんの反論に、首をすくめるパンクドール。
「その辺りからスカね。
露骨にギルド運営放棄し出したのは」
「いや、ニケの引退話が出た時から投げてたぞ」
「あの、その二人って、どういう関係だったんですか?」
「クロノスはなー、ニケのこと好きだったんじゃなーかな」
左之助さんの言葉に雲助も頷く。
「でも、ニケはなー。
元々既婚者だし。出来の悪い弟程度にしか見てなかったんじゃねーかな」
「そうだったんですか」
ニケさんが、何度もオレをギルドに誘ってたのって彼のサポートを託したかったからなのか?
「つー訳で、元ギルドメンバーでも積極的に連絡取り合ってる奴は少ないと思うぞ」
「なるほど。何となく状況理解しました」
「ネフティスには聞いたんスカ?」
ネフティス?
「いえ、全然」
「彼女は最後までギルドを存続させようと頑張った一人ス。
当時は大分無理してる様に見えたんすヨネ。
でも、クロノス自体を悪く思ってる節は無さそうかなんで、まだ連絡取ってるかも知れないス」
ネフティスか。
今度、ギルドに挨拶に行こうかな。
二度助けてもらっていながらちゃんとお礼をしてない。
雪椿にも、だが。




