119.般若
しかし、その笑顔は長く保たなかった。
眉間に深いシワを刻み、突然上空を見上げる。
キョウの町を取り囲んできた、魔法障壁結界のあちこちに稲光のような光が走る。
ジャンヌは姿を元に戻し、そして大通りの真ん中、より上空の、そして周囲の様子が見える位置へ。
何かが起きている様だ。
オレも、その横に立ち、周囲を見渡す。
微かにキーン、と言う高音が響き、壁が振動しているようにも見える。
「まさか、外から打ち破ろうと……。
しかし、そんな事が?」
そう呟きながら、顎に手を当て考えこむ。
「理論的には可能、なはず。だが、神器級の魔導アイテムが必要に……!」
ハッと、顔を上げ、オレを睨みつける。
「貴様、神器、聖玉をどうした?」
ふーん、話し方に余裕が無くなってきてますよ?
「何の事だか?」
肩をすくめてそう答える。
聖玉、それならばプリスが外にいる。
そして、その事を知っているのは、月子さんとリィリー。
そのどちらか、もしくは両方が助けに来た。
そういう事だろう。
壁はあちこちにから、亀裂が走り、そこから白い光が漏れ出している。
異変を察し、NPCも幾人か通りに出てきている。
ジャンヌは、諦めたように大きく肩を落とし、溜息を付く。
「また、失敗か……。
ま、本命は無かったから良いか……」
小豆色だった壁は、既に一面光を放つ白一色になっている。
そして、キンっという乾いた音とともに、壁が崩れ落ちていく。
その欠片が上空より落下するが、地面に落ちる前に、解けるように粒子と化し青空に消えていく。
結界が、崩壊した。
その証拠に、リィリーからボイスチャットが飛んで来る。
『ジン! 無事ね? 今どこ?』
「中央通り。あんみつの店」
『すぐ行く!』
感謝を言うのは後だ。
それよりもやるべきことが有る。
目の前の女狐。
このまま逃す訳には行かない。
「暗檻」
オレとジャンヌ、二人を丸ごと取り囲むように、大きく魔法の牢を出現させる。
「状況が変わったからな」
オレを睨みつけるジャンヌにそう言い放つ。
「別に、逃げませんよ」
しかし、すぐに笑みを浮かべ静かな口調でそう返す。
「ジーーーン!」
遠くから、リィリーの声が聞こえる。
そう、確かに、リィリーの声。
目の前のジャンヌが放ったものでは無い。
「こっちー!」
そう叫び返し、一瞬ジャンヌから視線を逸らした瞬間だった。
ジャンヌが跳びかかり、両腕をオレの背中に回す。
そして、そのまま体を密着させて来た。
えっと、何?
何してるの?この人。
え、運営来るよ?
いや、そうじゃない。
ガン!
魔法の牢に、鎌を打ちつけながら、リィリーがジト目で睨んでいる。
「何、してるの?」
え、っと、いや、何してるんだろう?
運営より怖い人が来ちゃった。
「取り合えず、これ、解除して」
ガンガン、と牢を叩く。
でも、それ解除したら、コイツが、黒幕が、逃げる……。
ガンガンガン。
すいません。今解除します。
魔法の檻が、消滅する。
そして、そのタイミングでジャンヌが体を離す。
「ありがとうございました。助かりました!」
そう、オレに向かって言うやいなや全力で走って逃げた。
追いかけようにも、オレの首元には鎌の刃が……。
「ねぇ、助けに来ない方が、良かった?」
滅相もない。
「誤解です」
「何が?
綺麗な女の人と抱き合っていた。
どう、誤解なのかしら?」
その時、救世主が!
「無事!? じゃ、無さそうね」
リィリーの後を追いかけてきたのであろう月子さん。
「どうした? リィリー」
そして、プリス。
「あれはね、修羅場、って言うのよ」
「ほうほう、修羅場」
いや、そんな解説いらないんで、助けてもらえませんか?
「ま、別に、ジンがどこで何してようと私には関係ないけどね!」
そう言ってリィリーは鎌を下ろした。
しかし、この状況はどうしたことだろう。
説明を求めよう、そう思った時だった。
<ポーン>
システム音。
一歩リィリーから離れて素早く確認。
まさかの、ジャンヌからのフレンド登録申請……。
一体何を考えてるんだ?
こんな物、承認すると思ってるのか?
『はは。やっぱり承認した!』
直後に飛んできた、ボイスチャット越しにジャンヌの嬉しそうな声を上げる。
首に縄を掛けるチャンスかもしれない、そう思って承認した。
他意は無い。
絶対に無い!
『流石にこのままやられっぱなしはムカつくからね。最後に嫌がらせ。大量のモンスターが襲ってくるからしっかり守ってねー』
そう、一方的に言い切って通信は切れた。
「みんな、魔物が来るかもしれない。警戒!」
そう言って、スランドに通信。
『ジンか。こちらに今二式葉が来ている』
「そうか、なら伝えてくれ。これから魔物の襲来がありそうだと」
『何? どういう事だ?』
「フジコの嫌がらせ。聖剣の警備は本当に大丈夫か?」
ここに目を向けさせる、と同時にあちらを襲う、考えられない事ではない。
『……そちらは私が警戒に回ろう』
「任せた」
そう言って、通話を切る。そして、同時に千里眼で町を上空から俯瞰。
キョウの町を一望できる高さまで視界を飛ばす。
モンスターは……いた!
町の北東、鬼門の方角か。
そこから、モンスターが湧き出ている。
いや、もう一箇所、その正反対、南西の角からも。
建物を踏み潰す様な大型の姿は今のところ無さそうか。
と、鹿島さんから通信が入る。
『鹿島だ。今、町中の二箇所からモンスターが出現している』
「はい。こちらでも確認してます」
『そうか。北東は、二式葉達、将王護衛部隊が対処に向かう。
ジン君には、南西に向かって欲しいが行けるか?』
「大丈夫です!」
『助かる。NPCも順次向かわせる。一般人の避難誘導を最優先にさせるのでそちらは気にせず、敵を叩くことに集中してくれ』
「了解!」
通信を切る。
このやり取りの間に、オレ達の周りに結構な数のプレイヤー達が集まって来ていた。
その中に見知った顔が結構ある。
桜と楓の召喚士コンビ。
雪椿とネフティス、そしてその後ろに女性プレイヤーの姿が十数人。
更には、秋丸とヨーコ、その周囲はギルド冒険の導き手のギルドメンバーか?
行けるか?
「みんな、町中にモンスターが出現した。
駆逐するので手伝って欲しい」
声を大にして叫ぶ。
「おお! どこだ?」
秋丸が答える。
「町の北東と、南西の二箇所。オレ達は南西を叩く」
「分かった!」
雪椿とネフティスも頷く。
楓は、親指を立てて了解を返してくる。
よし、戦力は十分だろう。
「あの、ごめんなさい。
私、ここで抜けます。
みんな、今日は協力してくれてありがとうございました」
突然、リィリーがそう言って、深々と頭を下げた。
そして、頭を上げると同時に、転移で何処かへ飛んでしまった。
23時に続きます。




