117.会談風景
事態に変化が在ったのは、三日後。
[今日、20時ぐらいからスランドといて欲しい]
鹿島さんから、そう連絡があった。
ログインして、宿屋のスランドの部屋へ。
そこではスランドが既に仮想ウインドウを広げていた。
中には、どこかの応接室であろうか、NPC数名の姿が映っていた。
「これは?」
「鹿島の視界を映像として映している。
リアルタイムだ」
へー。
「便利なスキルだな」
「いや、アイテムだ。鹿島の秘蔵の品らしい」
なるほど。
「で、その鹿島さんはどこに? この人達は?」
「王宮だ」
「は? 王宮?」
一プレイヤーが入れる場所じゃないぞ。
忍びこんでるのか?
「向かって右の男性が、例のシシメタン伯爵。その横二人が配下の者。
左の一番手前がルノーチ十四代将軍。その奥が摂政役を務めている人物だ」
ちょっと待て。
「色々と情報が多すぎる。
まず、鹿島さんは何故ここに居る?」
「ん、聞いてないのか? アイツは、王宮の剣術指南役だ」
「はぁっぁぁああ?」
剣術、指南役?
「え、ちょ、ま」
「いや、そういう反応は理解できる。私もゲーム内で奴が剣を持っているのは見たことはない。
だが、そう言う立場だ。王宮の会談であっても特別に参加が許される」
「よし、そこは一旦置いておこう」
「……置いておくのか」
消化出来ない。
「次、左手前の少年。
これが、将軍?」
どう贔屓目に見ても中学生だ。
「そうだ」
「ガキじゃねーか」
「だから横に摂政がいるだろう」
「いくつだ?」
「今年、十三歳だったかな」
うーん……。
それにしても、幼い。
将軍家、大変だな。
一人は、天使になって大食いしてるし。
「一応、プリスよりは継承順位も年も上だったからな。生きていたとしても」
「あ、知ってたの?」
「少し前に調べた。ま、それは良いだろう」
「そうだな。で、雁首揃えてなんの相談事?」
「事態の打開策について伯爵から提案があるそうだ」
「ふーん」
鹿島さんの視界を初老の男性が横切る。
他の面々より、明らかに豪華な衣装を身に着けている。
椅子に座り、映像の隅に後頭部だけが映る。
「で、今、入ってきたのが、王様だ」
「うん。それは何となくわかった」
『それでは、これより現在、キョウの町を取り囲んている魔法結界障壁の解消についての上申を執り行います。
事態は現在なお進行していることであり、一刻の猶予も許されぬ故、皆々様に於かれましては簡潔な意見口上をお願い致したく、よろしくお願い申し上げます』
進行役の誰かの声が、映像から流れる。
お前が一番完結に、てのは言ってはいけないんだろうな。
『それでは、私の方から打開策をご説明させていただきます。
現在、問題となっている魔法結界障壁ですが、我が配下の魔道士であれば消去する可能性がございます』
なんとか伯爵が、王の方を見ながらそう断言した。
それに合わせ、横にいた女性が立ち上がり、王へ深々と礼をする。
妖艶、そんな言葉がピッタリの美女だ。
そして、鹿島さんを見て、そして、まるでその奥で覗き見しているオレ達を見据えているかのように不敵な笑みを浮かべた。
コイツが、『フジコ』さん、か?
そうだろうな。
「なぁ、この映像、バレてないよな?」
「バレてはないだろう。鹿島に対しての挑発じゃないのか? 今のは」
『その様な事が出来るのであれば、なぜ今すぐ行わないのだ?』
今の発言は、王様か?
『何者が、どのような目的で魔法結界障壁を設けたのは不明ですが、非常に強力な結界です。
そしてそれに対応できる、この者もまた、非常に得難い実力者です。
しかし、この者の力を持ってしても、この魔法結界障壁を打ち破るのは簡単ではない。
文字通り、命懸けとなる、と言うことです』
ここで、伯爵は一度言葉を区切り、横に並ぶ『フジコ』を一瞥する。
それに合わせ『フジコ』も軽く頭を下げる。
結界を張ったのは彼女ではないのか?
『市井の者達より、将軍が聖剣を持参してきている、と言う噂を耳にしました。
もし、聖剣の力を借りることが出来れば、より確実に、そして、この者の命を救った上で魔法結界障壁を打ち破ることが出来るでしょう。
そこで、本日は、将軍に是非とも聖剣を借り受けたいと、そうお願いに参った次第です。
とは言え、聖剣は将軍家の宝。
是非、王からも一言お口添えをいただけませんでしょうか。
全ては、民のため。
事が終わり次第、聖剣は速やかにお返しいたします』
なるほど。
上手いやり方だ。
これなら堂々と聖剣を借り受け、偽物と差し替えた上で返却する事も可能だ。
「……やられた」
隣でスランドが、眉間を抑えながら呟いた。
映像の中では、摂政が『そんな根も葉も無い、噂を……』などと反論をしているが、果たしてどれほど効果的か。
「これは、貸し出すしか無いんじゃないかな」
「……そうしようにも、物がない」
「は?」
「聖剣は、ルノーチに安置されている。
ホイホイ動かせる代物ではない……」
「ブラフだったのか」
「そうだ。しかし、今、真実を言った所で果たして信じてもらえるものか……。
隠し立てしている、と思われ、王の将軍に対する心象を悪くするだけだ」
「いや、たかが噂だろ。そう言い切ればいいじゃないか」
「たかが噂と捨て置くだけの余裕が、最早無いのだよ」
ん?
「どういう事?」
「我々は、特段影響が無いのでわからないだろうが、この町は外界と断絶されて、こちらの世界で六日目になる。
町の食料はそろそろ底を着くだろう。
そうなると次は、王宮がその備蓄を放出せざるを得ない」
「あー。なるほど。すっかり忘れてた」
NPCも大勢生活している。
彼らも等しくこの空間に隔離されている訳だ。
「今回は、完敗だな」
それすら計算に入れて六日目という間を開けたのだろう。
しかし、聖剣が無いのは予想外だったか。
『わかりました。儀式に準備が要りますので、魔法結界障壁は明日取り除きます。
もし、考えが変わるようであれば明日までに聖剣をお貸し与え下さい』
伯爵は、聖剣を持っている、と決めつけ会話を切り上げた。
一言もしゃべらない若き将軍は、王の目にどう映っただろうか。
この後、この若い将軍は、キョウの民の為に聖剣を貸さなかった欲深い人物、などと噂されるのだろう。
将軍家の権威は地に落ちる、そして、史実と同じく、もしくはそれより一代前に将軍家はルノーチ城を追い出されることになるかもしれない。
可哀想だとは思うが、不相応な使命に縛り付けられて命を落とすなど、馬鹿馬鹿しい。
そんな家なら断絶してしまえば良い、とも少し思う。
「さて、と、この伯爵の仮住まい、教えてくれないか?」
「何をする気だ?」
「別に何も。ただ、このフジコさんの実物を拝んで見たいなと思って」




