112.星空の下
「うわー、すっかり夜だな」
空は暗く、街中は、僅かな街灯と、立ち並ぶ家々から薄っすら明かりが漏れるだけであった。
「その方が、都合がいいんじゃない?」
まぁ、夜間の方がステータス強化される訳だが……。
あれ、それってリィリーに言ったっけ?
「夜は短いわ。急いで塔へ行くわよ!」
疑問を投げる前に、リィリーは走りだしていた。
朽ち果てた塔、屋上ーー。
頭上には、星空が瞬いている。
リィリーの鎌が、最後の大天使の肩口に深々と突き刺さり、そして、HPを全損させた。
「やったー!」
夜の闇の中、リィリーがこちらに向かって大きく手を振っている。
称号の影響で、闇の中でも問題なくその姿を確認できる。
オレの方は、ミノさんとの訓練の成果、精度が向上した気配察知のおかげで危なげ無く戦えた。
回復手段が無いので極力被弾しないよう、リィリーに盾を飛ばし続けながら。
その、リィリーは新調した装備も問題なく使いこなしている。
そして、おそらく……。
「暗闇の中だと、その剣目立つわねー」
微かな青い光を放つ、溟剣。
しかし、リィリーの言うとおり、暗闇の中では無視できないほどの明るさだ。
でもね、光の軌跡が闇夜に浮かび上がって、中々に格好良いんで全然気にしません。
「まぁね。それより、リィリー、君さ、冥術使ってるよね?」
大鎌が微かに纏う黒い霧。
気のせいかと思ったが、闇夜での戦いに使用していたのは間違いなく 冥術・暗視。
であれば、鎌が纏うのは、 吸命の術効果ではないか?
「うん。そう。ここ数日、イズクモの教会で修行してたの」
「なるほど。確かにリィリーには相性が良さそうだ」
死神だしな。
「でも、結局ジンの最終兵器は見れずじまいかー」
「そのうち、披露する機会があるよ。二式葉相手なら、必ず……」
いくらフィールドボスと言えど、半年前には一度勝っている相手。
むざむざやられて切り札を使うほどの敵ではない。
「さて、問題です。
ここは、私達にとってどういう場所でしょう?」
いきなり、クイズ大会ですか?
「最初に、一緒に来た所」
あの時は、レアドロップ狩りだったかな。
「正解!
では、次の問題です。
私は、どうして冥術が使えるのでしょう?」
どうして?
「死神、だから?」
他に、動機が思いつかない。
そもそも、このクイズ大会、何なのだ?
「ジン、貴方は夜と死の神、レイエの神使。
そうですね?」
どうした?
いきなり、畏まって。
「……はい」
「レイエの巫女である、私、リィリーを、貴方の侍者として下さい」
は?
巫女?
侍者?
目の前に仮想ウインドウが出現する。
[リィリーを侍者に設定しますか?
YES / NO]
「え? いきなり何?」
「神使と侍者は、互いにその力を分けあい、より大きな力を成すそうです」
いや、何で敬語?
「話が、見えないんだけど」
「あのさ、ちょっと、雰囲気作ってるんだから、細かいことは良いから、YES選択してよ」
少し考え、そしてNOを選択。
「え、何で?」
リィリーが、泣きそうな声を出す。
「落ち着いて。リィリー。ちゃんと説明して。まず、巫女って?」
憮然とした表情のリィリーを塔の端まで呼んで、二人で腰を下ろす。
下には、微かに街の明かりが灯っているのが見える。
「『侍者』は『神使』と共に有り、時に横に立つ仲間として、時に師を支える良き弟子として、時に忠実に命令をこなす下僕として、神使を支え共に戦った。そんな話がこの世界には多くあるの。
この前、イズクモの教会で話を聞いた後に、調べたわ」
へー。
『神使』については、そこまで深く調べたこと無かったな。
ゲームシステム上の称号、それだけだと思ってた。
「『侍者』の成り立ちは様々だけど、共通しているのは同じ神の力を扱えること。
だから、イズクモの教会で司教様の元、三日間修行をして、巫女となったの。
まだ、駈け出しだけどね」
そうか、別行動はそういう事だったのか。
「私はね、ジン、貴方の力になりたいの。私が侍者になることで、貴方の力になれる。
そう思った。
拒否されるとか、全然考えてなかった……」
リィリーは俯きながら、そう言った。
主従関係を結ぶ、ひょっとしたら簡単に解消できるのかもしれないが、それでもちょっとした決意が必要な事柄、そう思える。
そうか、だからここに来たのか。
初めて、二人で来た所だから。
それにしても、何でリィリーは、ここまでしようと思ったのだろうか。
ふと、スランドの言葉が脳裏に浮かぶ。
『その繋がりをもっと大事にして欲しい』
繋がり、か。
確かに大事にすべき事だ。
オレは、静かに立ち上がる。
そして、俯いている、リィリーに声を掛ける。
「ありがとう。リィリー。
夜と死の神、レイエの神使として、君に侍者になって貰いたい」
これで方法は合ってるのかな?
彼女の前に、仮想ウインドウが表示された。
リィリーは、そのウインドウと、オレの顔を見比べる。
そして、無言のまま、YESを選択する。
[リィリーから、侍者の承認がありました
侍者の種類を選択して下さい]
再び、オレの前に仮想ウインドウが表示される。
種類?
選択肢は、三つ。
[配偶:
神使、侍者、共に戦場に立つとき、互いの能力にボーナスを得る。
一部スキルを共有]
[師弟:
神使、侍者、それぞれの戦闘経験値、行動経験値を共有。
神使が倒れた時は、侍者が次の神使となる]
[配下:
神使は侍者に対し行動命令を出せる。侍者は常にステータス値にボーナスを得る]
「選択肢があるんだけど……」
「え?」
流石にリィリーも知らなかったか。
仮想ウインドウをリィリーにも見える様に展開する。
オレの強化、ていう点だと、『配下』は却下。
『師弟』、経験値共有てのは、長い目で見れば強力だけど、鎌のスキルレベル上がってもなぁ……。
となると『配偶』一択な訳だが……。
「えっと、これで良いよね……?」
配偶を指差しながら尋ねる。
いや、響きがね、配偶者だと、その、ね?
コクリ、とリィリーが頷く。
それを確認して、オレは配偶を選択する。
〈ポーン〉
〈リィリーを従者に設定しました〉
〈SPを100消費しました〉
は?
勝手にSP消費されてるぞ。
そういう事は、どっかに書いておけよ。
とは言え、これで、リィリーとは繋がりある関係となった訳だ。
「本当に、良かったの?」
「……うん」
「今更だけど、失恋の神様だよ?」
「……それは、言わないで」
「失恋の神の巫女かー」
「ジン! その汚名、返上するわよ。貴方の頑張り次第だからね!!」
えー。
そう言えば、司教に渡した惚れ薬、どうなっただろうね?




