104.失恋の神様
「私は、このレイエ教会司教、モニヤンと申します」
応接間の椅子に腰を掛けながら、そう自己紹介をした。
「オレは、ジン。そして、こっちは契約霊のプリス。そして、仲間のリィリーと月子です」
「して、神使様が当協会にどういったご用向きで?」
「いえ、特に用と言う訳では無いのですが……。
しいて言うなら自分に力を与えてく下さった神について知りたいと言った所でして」
「ふむ。元々の信者では無かったのですな?」
「私の一族は信徒でした。ですが、この方は無関係です」
プリスが代わりにそう答える。
「ご一族が? それは珍しい。ここイズクモでさえそんな家は減っているというのに。
しかし、そんな方が神使とは。
難題をご神託として承りましたか?」
「いえ、そう言ったものは特に」
「ふむ。では、神の気まぐれですかな。全く神とは好き勝手をなさる。困ったものだ。そう思いませんか?」
神に遣える身分とは思えないような言葉だが、良いのだろうか?
まぁ、恋愛成就のお礼です、とは流石に言えない。
「いや、これは失言でしたな。聞かなかった事にして下さい」
「はぁ。それで、神使と言うのは、具体的に何かをすべきなのですか?」
「私も、伝承としてしか聞いておりませんが、具体的な『神託』と共に神使となる者、これは聖女セーナなどですね。彼女の場合、魔王討伐の命を賜ったと言われておりますな。
それとは別に、神の戯れとしか思えない様な理由で神使となった者。悪名高い大海賊モンデラータなどがこの類ですな。
彼は、世の不平不満、不条理を海に向かい千日間叫び続け、海神ガイオウから力を授かったそうです。
その結果、力を悪用し処刑されてしまうわけですが。
貴殿の場合は、後者に当たりますかな。
人には過ぎたる力故、悪しき事に使わぬように」
「はぁ……」
「そうですなぁ。
貴殿が、神使として、世のため人のためにに働いて下さり、その結果レイエ神のお名前が世間に轟く様であれば、この神殿へのお布施も増え、私としても願ったり叶ったりと言ったところですな。
いや、冗談ですが」
そう言って、豪快に笑う。
なんだ、この生臭坊主は。
「その為に、レイエ神の力の使い方をお教えいただけませんか?」
「使い方、ですか?
そう申されましても、私がお教えできるのは冥術の使い方ぐらいなもので」
「冥術は……使えるんです。それ以外に何かありませんか?」
実は、純粋な冥術は技能融合で無くなってしまったのだが、それは伏せておこう。
「そうでしょうな。
他は、伝承ぐらいしか聞き覚えがありません。
本来でしたら貴殿のほうが神に近い身の上なのですがな」
そう言って、モニヤンは苦笑する。
「伝承が、何かの助けになるかもしれません。
出来れはお教えいただけますか?」
「そう言いましても、参考になるか……。
まず、一番有名なのはエアス将軍の弟君、テルファ様でしょう。
彼はお慕いしていた、シジク様の神使で聖女たるセーナ様の為、死の国へ赴き聖玉を賜ってきました。
しかし、セーナ様は魔王との戦いで、エアス将軍を庇い倒れてしまう。
後は、姫君に恋した若者の話ですね。
死と夜の神の神使たる若者は、夜な夜な都を騒がす魔物を討伐します。
夜は、レイエ神の領域ですからな。それはそれは見事な戦いぶりだったとか。
しかし、夜が明けて、日の元に晒された魔物は、姫君の許婚へ取り付いた物怪でした。
姫君は悲しみのあまり、自らその命を絶ってしまったそうです。
そして、若き巫女の話。
レイエ様に仕える為の修行をしている男がおりました。
男へ恋心を抱いていた召使も巫女として、修行を共にしたそうです。
卑しい身分の出だった巫女は、それはそれは献身的に修行をしたそうです。
その結果、巫女は、レイエ様に認められ、神使に。
男の方は、一時は侍者として力を貰い、巫女に仕えたそうですが、逆転してしまった立場に最後には耐え切れなくなり巫女の前から姿を消したそうです。
伝承として、残っている神使の話はこれくらいですね」
「あの……皆さん、報われないのですね……」
そんな、感想しか出てこなかった……。
「まぁ、その辺が失恋の神たる所以でしょうな」
そう言って、モニヤンは豪快に笑った。
「あの、最後の話の侍者って何ですか?」
リィリーがそう質問をする。
「神使と成られる方は、自らが認めた者に力を分け与えられるそうです。
これは、他の神の神使も同様ですが、同じ神を主神として信仰している場合がほとんどです。
大抵は、師弟関係にあったものがそのまま侍者になる場合が多いですね。
変わった所ですと、火輪将軍の異名を持ったシナカ将軍ですね。彼はバジョエの神使であったと言われています。
その妻で、勇敢なる女性騎士、そして侍者である、エモ殿。
シナカ将軍は、エモ殿が横に居並ぶ戦場では鬼神のごとき活躍をしたと言うのは有名です。
侍者とは、単に主たる神使より、力を授かるだけでなく、共に歩むことで互いに大きな力となるのでしょう」
それは、プリスとは違うのだろうか?
プリスに視線を向けると、意図を察したのか小さく首を横に振った。
誰かを配下に……。
無いな。
プリス一人でも持て余してる。
大して参考にならなかったな。
と言うか、逆に不安になるような話ばっかりだった気がする。
「色々とありがとうございました」
「いえ、大して参考にならなかったでしょう。何せ、女神に振られて引きこもってしまうような軟弱な神ですからな。
そう言えば、貴方もお綺麗な方をお二人も連れてらっしゃるが、一人の身で二人を想うのは辞めたほうが良い。
我々の主神と同じ道を辿りかねない」
そう言って、モニヤンは今日一番の笑い声を上げた。
「そう言うのを要らぬ心配というのですよ。司教様」
しかし、月子さんは、にこやかな顔をしてサラリと躱してみせた。
その後、他の神殿も巡り、イズクモで宿を取る。
月子さんお手製の旅の栞に書かれた料亭。
そこで、食事をしてログアウト、と言う事になった。
お座敷に通され、話題に上るのは自然オレが神使となった経緯。
「えーっと、夜と死の神について、こう言う神話がありまして……」
そう言って、仮想ウインドウに『夜と死の神の話』を表示する。
ルノーチの図書館で見つけたもの。
図書館のシステムで登録した本は、メニューからいつでも呼び出せる便利な機能が備わっている。
読み返す話では無いのだが、パワーアップの切っ掛けになったので念のため登録しておいた。
他の人に見せる予定は無かったのだが……。
「へー。で?」
まー、そういう反応ですよね。
ちゃんと説明するの少々気恥ずかしいんですが。
「えっとですね。
オレとしては、この神話をハッピーエンドにしてあげたいなと思いまして、スキル欄にあった水魔法と氷魔法を合成して、さらに、それに冥術を合成しました。
まぁ、こじつけなんですが、女神を一つに戻して、引き合わせた感じですね。
そしたら、それが上手く言ったのか色々称号がもらえて、その一つが神使だったという訳で」
リィリーと月子さんが、ポカンとした顔をしている。
「……よくわからない理屈。さっき言ってた神の気まぐれ?
それに、良くそんな突拍子もない事試したわね」
「ロマンチックねー。それが神様に通じたんじゃない?
失恋の神様に」
「プッ。……月子さん、それ、やめて下さい」
失恋の神様にリィリーが吹き出す。
「どれ?失恋の、神様?」
「失恋、の、プッ、かみ、さま」
ツボに入ったのか。
リィリーがお腹を抱え笑い出した。
「ジン君は、失恋の神様の遣い、よね?」
「やめ、て。はー、はー、お腹、イタイ」
「ちょっと、笑い過ぎじゃないか?」
「だって、失恋、の神様って、はー、はー」
リィリーの目には涙すら浮かんでいる。
そこまで笑う事無いじゃないか。
「その上、引き篭もり、って」
「そんなこと言ったら、天照大神だって引き篭もりじゃないか」
多少落ち着いたのか、リィリーは顔を上げて涙を拭う。
「それは、そうだけど、引き篭もりの神様って、ジンにピッタリ」
「いや、オレは引き篭もってないよ?」
「初心者迷宮の主じゃない。そんな人が、失恋の神様の恋愛を成就、ププゥ」
あ、またツボに入った。
「ジン君が、神様の恋を成就させたなら、もう失恋の神様じゃないわね」
「そう、ですよね。はー、はー、お腹イタイ、はー、はー」
もう、放っておこう。
しかし、この称号一つでリィリーの腹筋を崩壊させるとは。
失恋の神、恐るべし。
称号:【夜と死の神の神使】
夜と死の神の使いとして、移ろう魂の声を聞き届けよ。
求むものに静寂と安らぎを。夜は汝の領域なり。
契約霊強化
夜間、全ステータス1.4倍
【死霊使役】取得可能
あれ?
何気なく、称号を見返したのだが以前と変わってるぞ。
『夜間、全ステータス1.4倍』、これ、前は無かったはず。
そうか。
夜が実装されてたのは、オレが称号もらった後だ。
夜がないのに夜の神とかどういう事だと言うツッコミは止めよう。
ゲームの都合だ。




