103.西の旅
フィールドボスを倒し、新しいマップへ踏入攻略していく。
苦戦するような敵は存在しない。
旅行と言っても、結局はゲーム内のフィールド移動。
洞窟や、地域限定のイベントなども存在するが、観光名所などといったものは用意されていない。
味気ないと言ってしまえばそれまでだが、それでも同行者三人は踏破先の町で、ひたすら飲食店を回るなど十分に堪能している。
オレもそれに付き合ったり、一人で情報収集に行ったり、神殿で古い書物を読んだりとそれなりに楽しんでいる。
そんな、道程を四日間続け、現状のゲーム内にて最西端のフィールドにあるヤマチまで到達した。
ここからは、来た道を東に戻るのみ。
その途中、少し寄り道を願い出る。
最西端のフィールドより、一つ、東へ戻った地、その北のイズクモ、そう呼ばれる町に夜と死の神を祀る神殿があるらしい。
全く自覚は無いのだが、称号によるとオレはその神の使いと言う事になっているので、挨拶ぐらいはしておくべきか。
そう考えたのである。
プリスが持っている『聖玉』も、お返ししてしまった方が安全かもしれない。
イズクモ、ここには夜と死の神の他、始まりの神シジクを始めとした十柱の神の主神殿が配されているらしい。
「そうなの?」
聞きかじりのオレの説明にリィリーが当然の疑問を上げる。
「始まりの神シジク、その妻たる月の女神フィヨーチ。
子である八神、海の神ガイオウ、森の神サング、農の神サエング、戦の神バジョエ、商の神オサ、知の神セン、工の神ワカダ、そして夜と死の神レイエ。
その主神殿全部が、ここのあるの」
プリスが、得意気に説明する。
元々、教会の孤児院にいたのだ。これくらいは知ってて当然といったところか。
「いっぱい神様いるのね。で、月子さんとプリスが使ってる、神聖術が、始まりの神シジクの力。
塔の上で貰ったのが戦の神バジョエの加護。
ジンとプリスの冥術は夜と死の神の力、よね?
神様の力っていくつも使えるのね」
「悪神、邪神でなければ、別に誰に祈ろうと構わない。だって、役割が違うから。
生まれた時は、感謝と無事をシジク様とフィヨーチ様に、死ぬ時は、残された人々の安全と死後の安らぎをシジク様とレイエ様に祈るの。
あとは、畑を耕す人は、作物の豊穣をサエング様に祈るし、騎士団は戦いの勝利をバジョエ様に祈る。
私達、ビアーシェ家の人間は、平和への祈りと感謝をシジク様、バジョエ様、ワカダ様、レイエ様へ捧げるの」
君達三人が本当に感謝すべきは、食の神ではないでしょうか?
いや、この旅の間の食事風景と言ったら……。
いや、止そう。旅の恥は何とかと言うらしいから。
それより気になることがある。
「シジク様、バジョエ様、レイエ様はわかるんだけど、ワカダ様って何で?」
バジョエは戦の神だし、レイエは聖玉の持ち主。
つまり、歴史の中にある将軍エアスが魔王との戦いに勝った事への感謝だろう。
「ワカダ様はエアス様へ聖剣を与え下さったの」
あ、そういう事。
「神様が、英雄に剣を作ってくれたのか」
「違う。
元々は、夜の闇にまぎれた悪神を打ち払うために、ワカダ様が夜の神のために作った剣。
でも、夜の神様が居なくなったから持ち主のいないままになっていた。
それを魔王戦争の時に、ワカダ様がエアス様に与えくださったの。
今は、ルノーチ城に安置されている」
「へー。プリスは、良く知ってるのね!」
「常識」
褒めたつもりが、逆に小バカにされたリィリーが顔を引き攣らせてる。
そんな、プリスの説明を受けながら、主神殿を回っていく。
中心にあるのは、シジク正教会の神殿。
この町で一番大きな建物で、周囲を高い壁で囲まれている。
月の女神フィヨーチの神殿も中に併設されているらしい。
その周りを囲むように八つの神殿がある。
オレ達がいるのは、その一つ。
中心の建物とは比ぶべくもないが、他の七つの神殿と比較しても地味で小さな神殿だ。
「小さいな」
「レイエ様、人気無いから」
「そうなの?」
プリス、一応オレとお前の、上司だぞ?
「今はお葬式でも、シジク正教会が中心になる方が多いから。
ちょっと、地味だし。
それに……」
プリスが、言い淀む。
「それに?」
気になる。
「失恋の神様、って言われてて、女の子に人気がない」
あー、神話だと愛しの女神達とすれ違った挙句、死の国に引き篭もったんだっけ。
「それは、うーん、仕方ないな……」
「ジンは、失恋の神様の使いなのね? 微妙……と言うか、最悪?」
「いや、待て」
その言い方は、何というか傷つく。
その失恋の神様の恋は成就させたはずなんだが。
「まあまあ。こんなところに立っていたら邪魔よ。折角だから中に入りましょう」
月子さんに促され、神殿の中へ進む。
小さいと言っても、ちょっとした体育館くらいの大きさはある。
神殿では祭壇の前で神父が祈りを捧げていた。
オレたちは、邪魔にならないよう、並べられた長椅子に座り静かに待つ。
プリスは、目を閉じ両手を組み、神父と共に祈っているように見えた。
しばらくして、神父はこちらを振り返り静かに一礼をした。
頭に白髪が目立つ、初老の男性だった。
ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
そして、オレの前まで来ると、片膝を付き、恭しく頭を下げた。
突然の出来事に呆気にとられていると、神父はこう続けた。
「ようこそいらっしゃいました。貴方は、我が神レイエが遣わした存在。
大した事は出来ませんが、どうぞ何なりとお申し付け下さい」
「い、いや、ちょっと、頭を上げて下さい。そんな、尊い者なんかじゃないんです」
慌てて、彼を立ち上がらせる。
「まぁ、そうでしょうな。
それでも一応は敬わねばならんのです」
立ち上がると同時に、砕けた言葉遣いとなる。
その顔には、どこかこちらの様子を面白がっているような笑みさえ浮かんでいる。
「奥の応接間へどうぞ。お茶くらいはお出ししますよ」




