90.状態異常耐性
久しぶりに、初心者迷宮の最深部に篭もる。
ここ暫く貯めこんだ、SPの使い道。
それを熟考するためだ。
月子さんの家に部屋がある今、ここに来ずとも一人になれるのだが、スキル構成を考える時のはここが一番落ち着く気がする。
ルーティーンだな。多分違うけど。
候補は、状態異常耐性。
この前、呆気無く呪いを掛けられ間一髪だったが、この先も同じことが無いとは限らない。
いざとなればプリスに治してもらえる。
そんな考えは、やはり甘かったようだ。
スキルリストを確認。
【耐毒】
【耐麻痺】
【耐沈黙】
【耐暗闇】
【耐呪】
【耐石化】
【耐魅了】
【耐混乱】
計8個か。
どれもSP10なのだが、積み上げると大きい。
とは言っても他に使う当ても無いのだが……。
ええい、全部取得してしまおう。
死んでからでは遅い。
スキル欄が、豪華になった。
これを融合。
まず、毒と麻痺。
【耐毒・麻痺】
それに、沈黙。
【耐毒・麻痺・沈黙】
更に暗闇。
【耐毒・麻痺・沈黙・暗闇】
…………
最後に混乱
【完全耐性】
おお!
何か、凄そうな字面。
知ってた!
既に誰かが発見、公表済みの融合レシピ。
SPが無駄にならずに済む。
名も、顔も知らぬ誰かに向け合掌。
<ポーン>
<称号・優良健康体を取得しました>
しかも称号付き。
効果は?
称号
【優良健康体】
状態異常を跳ね除ける健全な肉体。
HP100%の時、全ステータス1.1倍。
若干微妙な感じかも。
ま、貰えるものは貰っておこう。
さて、無事、スキルも取得できたのでミノさんと戦闘して戻ろうかね。
「「あ」」
迷宮から出た、冒険者ギルドの受付前。
見知った顔と合う。
「何してんの?」
「ヤボ用。そっちは?」
「こっちの、冒険者ギルドの様子を見に来たの。
ついでに簡単な依頼でも受けようと思って」
「ていっても、ここにあるのは初心者向けの依頼ばっかだと思うけど」
「みたいね」
壁に貼られた依頼を眺めていたのはミネアだった。
「それに、時折地雷みたいな依頼が混じってるから近づかないほうが良いぞ」
「おい、兄ちゃん、それは営業妨害って言うんだよ」
横から、ギルドの主人が抗議する。
「事実だろ?」
「そういう依頼は、ちゃんと普段の行いの悪いやつの所に行くようになってるんだよ。兄ちゃんとか」
「地雷が混じってるのは認めるんだな」
「何のことだか」
「ったく……」
そんなやり取りを眺めていたミネアだが、依頼の一つを持ってきた。
「これ、やります」
「あいよ。これをルノーチのギルドまで届けてくれ」
と言って取り出したのは、ワインの瓶のようだ。
「ちょいと高価なワインだ。気をつけて持って行ってくれ。あんまり揺らすなよ」
引き受けたのは、初心者用の簡単な依頼の様だ。
「分かりました」
そう言うと、オレに向き直り「ねぇ、この後、暇なら付き合わない?」と言ってきた。
まぁ、特に予定は無いけど。
正直、ここのギルドの依頼、絡みたくないんだよなぁ。
「そんな顔するなら良いわよ。別に」
あ、顔に出てたか。
「いや、そういう訳じゃなくて……。ここの依頼で酷い目に合ったことを思い出してた。
時間はあるから、一緒に行くよ。ルノーチだろ。ついでに街中を案内しようか」
「ありがと」
こうして、ミネアと二人でルノーチへ行くことになった。
何故か、依頼品を静かに運ぶためと言う理由で、道中の戦闘はオレがメインで引き受けることとなる。
まぁ、苦戦するような敵は居ないから良いけど。
「ねえ、確認なんだけど、君、佐倉だよね」
街から離れてすぐ、ミネアがそう聞いてきた。
そう言えば昨日、ハイドラは隣のクラスと言っていたか。
「そうだけど、オレの事知ってるの?」
知り合い、居たかな。
女子の知り合いは居なかったような……。
「『オレ、暫くバスケに打ち込みたいんだ。だから、ゴメンナサイ』」
げ。
「長谷川、か?」
「そうでーす。気付かなかった?」
「え、うん。だって、メガネ掛けてないじゃん」
「は? メガネで人の顔認識してるの?」
いや、そんな事は無いはずだけど。
このゲームを始める前、オレはバスケ部に青春の三年間を捧げる決意をしていた。
別に、強豪校だとか、期待のルーキーが集まったとか、そう言う話ではなく、どこにでもある高校のごく普通の部活動。
ただ、ベンチ入りに手が届きそうだった五月の後半、目の前の長谷川から告白を受け、断ったのがさっきの台詞。
それから、一ヶ月もしない内に、ケガで辞めることになるのだが。
失意に追い打ちを掛けるように、七月、夏休み初日に肋骨を骨折し当面安静。
その後、このゲームに出会うことになる。
ケガは、もう日常生活に影響は無い。
ただ、体育館、バスケコートに立つと、またあの痛みが蘇るのではないかという、恐怖感があり、足がすくむ……。
いや、そんな事は別に良い。
問題なのは、目の前にいるのが、長谷川、つまり一度振っている相手だということだ。
その後、特に接点は無かったが……。
「えーっと、その節はスイマセンでした」
「いや、改めて謝んないでよ。バカじゃないの?
……何で、バスケ辞めたの?」
「……ドクターストップ」
「治らないの?」
「もう日常生活にはほとんど影響無いけど、部活はダメだろうな」
「ふーん。結構アッサリしてるのね」
「こっちだからかな。リアルで、同じこと聞かれたら、こんな風に答えられないと思う」
「なるほど。私もリアルでは、佐倉とこんな風に会話する自信なかったわ」
フォールドボスを難なく倒して、ルノーチも視界に入ってきた。
「そう言えば、PKしてたのって、何でだ?」
「ん、転職の条件……。恨んでる?」
「いや。もう良いや。あの時は大分へこんだけどね」
「うぅ、ごめん……」
「だって、去り際に台詞がさ」
「言わないでー!」
などと、談笑しながら歩いていると、眼前に巨大な影が出現。
「きゃ、ド、ドラゴン?」
後ずさり、短剣を取り出すミネアをよそに、オレはそのドラゴンに近づき顔を撫でる。
「久しぶりだなープラム。また大きくなったか?」
「ギャウ」
「どうもー。久し振りですね。ジンさん」
「よ」
ドラゴンの巨体の向こうから聞こえた桜の声に手を上げて答える。
楓と白い毛並みの良い狐の姿もある。
「おいでーミーちゃん」
両手を広げて迎え入れる。
以前は、楓の頭に乗っていたが、今は大型犬ほどの大きさがある。
飛びかかってくる姿が、マジ獣。
「こっちもデカくなったなー」
飛びかかってきた、ミーちゃんに押し倒されながら毛並みを愛でる。
「毎回言ってますけど、何でそんなに懐いてんですかね?
く、寝っ転がりながらドヤ顔しないで下さい!」
楓の文句は適当に流す。
「あのー……」
忘れてた。
後ろでミネアが置いてけぼりになっている。
「前回、闘技大会の優勝者さん達ですよね?」
知ってんのか。
「はい!楓です!こっちは、白狐のミーちゃん」
「桜とプラムです」
「はじめまして。ミネアと言います。WCOのプレイヤーです」
「おお、ようこそ!こちらはどうですか?」
「みんなとても楽しそうにプレイしてるなーと思いました。まだ、来て一日ですけど」
「そうですか!まぁ、中でも一番楽しんでるのがジンさんだと私は思ってるんですけど、いい加減ミーちゃんと離れて下さい!」
ん、もうちょっと。
「で、二人はこれから狩りか?」
「はい。イベントもあるので」
「あー、あれかー」
「参加しないんですか?」
「張り付き系は、ちょっとしんどいのでパス」
「ほう。流石は、元、トッププレイヤー、余裕の上から目線ですね?」
「ええそうですが、何か?チャンピオン殿」
「くー。寝っ転がりながらのあのドヤ顔。全然チャンピオンだなんて思ってない態度!
よろしい!今から決闘です!
『でも、最強さんと鎖が出てたら、ぶっちぎりだよね』何て、風評被害を、今日、打ち消して見せます!」
そんな事言われてんだ。
「面白い。返り討ちにしてくれよう!」
「あのさ、そう言う台詞は、立ってから言うべきだと思うんだ」
そうは言うがな、ミネア。素晴らしいんだぞ。この毛並み。
お前も触ってみればいいさ。




