84.帰還
みんなまとめて転移でルノーチのポータルに戻ってきた。
懐かしい景色。
帰ってきた。
そう、実感した。
バキッ!
いきなり、右頬に鈍い衝撃が走る。
「何考えてんの!!」
激昂したスランドが、オレを殴っていた。
グーで。
何で?
突然の出来事に、呆気にとられるのはオレだけでなく周りの面々も同様だ。
オレの胸ぐらを掴んでスランドは続ける。
「アカウント消滅の可能性もあったのよ!?」
ビー。ビー。
警告音が響き、オレとスランドの間に『警告』と書かれた仮想ウインドウが表示される。
「暴力行為は禁止されています」
いつ現れたのか、青い着ぐるみのウサギが止めに入る。
「アカウント消滅なんて、野蛮な行為を見逃している運営は黙ってて!!」
運営アバターを睨み、スランドはそう怒鳴りつけた。
オレと、スランドの間にあった仮想ウインドウが消滅し、運営アバターが一歩下がる。
下がるのかよ!
「私達が、間に合わなければ、君、今頃どうなってたと思ってるの?」
どうなっていた?
呪いを受けたまま、連中に拘束され、そのまま魔人に……。
もし、そうなっていたら、オレのC2O内のデータは消えていたのかもしれない。
冷静に考えると、ゾッとする。
「で、でも……」
こうやってみんな無事に帰ってきたじゃないか。
「でも? でも何!? みんな無事だから、めでたしめでたし? そんなの結果論じゃない!
そんな危険性があるなんて事前にわかってたら、行かせてなかった!」
そこまで言い切った後、スランドは掴んでいた胸ぐらを離した。
「……それは、鹿島さんも同じだろ?」
「全然違う。鹿島はわかってて、自分が犠牲になっても良い様にしていたの。
君は、万が一の、その後のことを考えた?」
何とかなる、成功する、それしか思い浮かばなかった。
「君は、途中で、危険を認識した時点で帰ってくるべきだった。
自分と、周りの人と、その繋がりをもっと大事にして欲しい。
……急に殴ってすまなかった。今回の事は、もちろん感謝している」
口調が、元に戻った。
「わかった。心に留めておくよ。ありがとう」
落ち着いたのだろう、スランドは小さくうなずいた後、背中を見せた。
運営アバターはすでに姿を消していた。
「あのー」
リィリーが遠慮がちに話しかけて来る。
「もう、ジン借りて行って平気?」
次は、そっち?
「大丈夫。言うことは言った」
「ありがと。じゃ、ジン、行くわよ」
そう言ってリィリーはオレの手を掴んで走りだした。
「用が済んだら、家に来てねー」
月子さんが、後ろから声をかけた。
「わかったー」
リィリーは、振り返りもせずに答える。
「ちょ、どこ行くの?」
「闘技場! 急いで!!」
「何で?」
「エントリー!! 時間が無い!!」
「何?」
「告知見てないの? 第四回闘技大会。締め切り今日まで!」
……見てない。
来てたっけ?
で、何で急いでるの?
「一緒に出るの! 二人組で!!」
え。
そうなの!?
「月子ー。ただいまー」
プリスが、我が家のように玄関の扉を開けて家に中に入っていく。
「おかえりー」
奥から、月子さんの声が聞こえたのを確認してからオレも中に入る。
「こんにちはー。お邪魔しまーす」
「どうぞー」
玄関を入ると、廊下が左右に分かれていてる。
プリスに付いて、右へ進むと吹き抜けの広いリビング・ダイニングに、月子さんと雪椿の姿があった。
大きなテーブルの上には、アップルパイとティーセットが並んでいた。
「お帰りなさい。間に合った?」
「いえ、それが……」
闘技大会のエントリーのために、リィリーと闘技場まで走る。
なんとか、締め切り時間ギリギリに闘技場に入っていざ、エントリーしようと、端末を操作しだした瞬間、リィリーが固る。
ギギギと音が出そうな程、ぎこちなく、後ろにいたオレの方へ首を向け、尋ねてきた。
「今、レベル、いくつ?」
「んと、さっきの戦闘で2つ上がったから、ジャスト40!」
「のぉぉぉぉぉぉぉぉ」
叫び声を上げながらリィリーはその場に崩れ落ちた。
それっきり、放心して動かなくなったリィリーを横目に、エントリー用端末を調べる。
ふむ。今回は二人一組のチーム戦。レベル帯によってエントリーが3ランクに別れるのか。
レベル10までが、初心者クラス、11から40までが、中位クラス、41以上が高位クラス。
なお、ペアは、それぞれ同じクラスに属して居ないとNGか。
オレはギリギリ中位クラス。
対して、リィリーが、オレよりレベルが低い訳は無く……。
そうこうしている内に、敢え無く締め切りの時間となってしまった訳だ。
完全に放心した、リィリーの手を引きながら、プリスを案内役にしてなんとか月子さんの家までたどり着き、今に至る。
首を横に振りながら、リィリーを椅子に座らせる。
「二人は参加しないんですね。じゃ、今回は優勝出来そうだな」
雪椿が嬉しそうに言った。
「おー、がんばれー。応援するよ」
「うわ。心にも無いことを」
「いやいや。知り合いなら応援するよ。ほら、いい加減リィリーも立ち直れ」
「はい。アップルパイ。クリーム付き」
月子さんが、パイを切り分け、全員に配る。
「いっただっきまーす!」
真っ先にプリスがかぶり付く。
「月子さん、引っ越したんですね」
以前は、郊外の平屋だったが、今は丘の上の三階建て。ちょっとした豪邸だ。
「そう! プリスちゃんのお陰で、ちょっとした臨時収入があったから」
「臨時収入?」
「有名ですよ。月子さんとプリスちゃんが、朽ち果てた塔の攻略の手伝いをしてるの。ちょっと高額ですけど」
そんな事してるのか!
確かに、この二人が居てくれれば、後は攻撃手がそれなりのレベルであれば踏破可能だろう。
その見返りがユニークスキルなら、多少の金は惜しくないと言うプレイヤーは少なくなさそうだ。
プリスが知らぬ間に、大幅なレベルアップしているのもその所為か!
『ちょっとした』程度では買えそうにない家なのだが。
大分、荒稼ぎしたと見える。
「リィリー、食べないの?」
自分のパイを食べ終えたプリスが、手付かずのリィリーの分を狙っている。
「食べる……」
リィリーは、ぎこちなく動き出した。
「それにしても、あっちのゲームに忍び込んでるなんて、驚きました。
何していたんですか?」
「ん、郵便配達。失敗したけど」
「次のイベントの下準備だったりして?」
目を輝かせながら、雪椿が問い掛けてくる。
「次のイベントか。また戦争かもね」
和平の使者としての伝達役は失敗に終わった。
一応、抗戦派は叩いてみたものの、どの程度の効果があるか。
戦争が起きる起きないは、結局、鹿島さんとスランドの今後の頑張り次第なのだろう。
「そっかー。早くみんな自由に行けるようになればいいのに」
自由に、か。
メニューを開いて、転移可能か確認する。
駄目だ。
項目はあるが、転移不可になっている。
「さて、私、そろそろ時間なんで行きますね。
月子さん、パイ、ご馳走様でした! とっても美味しかったです!」
「今日はお疲れ様。また来てね」
「ハイ! また来ます! 絶対来ます!!
プリスちゃんもまたねー。
リィリー、いい加減元気出しなさーい」
そう言って、雪椿は去っていった。
オレも、制限時間が近い。
ログアウトする宿屋を探さねば。
明日ログインしたら、キョウの牢屋の中に戻ってたりしたら流石に洒落にならない。
「プリス、オレ達もそろそろ行こう」
「はーい」
「ジン君の部屋は、三階の一番奥ね。その隣がプリスちゃん」
?
立ち上がろうとしたオレに、そう、月子さんが言った。
「オレの部屋?」
「そうよ」
何で?
「えっと、どう言う事でしょう?」
「プリスちゃんはずっとここに泊まってたのよ?
部屋には荷物も置いてあるし。
だから貴方もここに部屋があったほうが良いでしょ?
家賃はまとめて一部屋分で良いわ」
金取るんかい!
いや、そうじゃない。
確かに、プリスを預けていた間はここに寝泊まりしていたのであろうが……。
「ジン、行くよー」
泊まると言っても、ログアウトするだけの場所ではあるが、仮にも女性の家。
そう思って月子さんに断りを入れようと思ったが、当の月子さんはそんな事、微塵も気にして無さそうな表情だ。
そして、プリスは、自分の家のように振舞っている。
問題があるようなら、明日から宿を取ればいいか。
「分かりました。では、使わせてもらいます」
「ハイ!」
今まで、放心していたリィリーがビシっと手を上げた。
「私も、今日から、ここに泊まります!」




