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7冊目 弾き語り屋はかく語りき

陛下に手を引かれながら街のあらゆる場所を見て回りました。街の中で溢れかえる物語たちは目まぐるしく鮮やかにございました。五感の全てに語り掛けてくるそれはやはり本とは違った魅せ方をされます。

半ば公認のお忍び観光でしたが、流石に日が暮れてからも城に陛下がいらっしゃらないというのは問題になりますので、どれも急ぎ端折ったようで忙しなくなりました。



「陛下、ここは、」

「酒場だ。」



日が傾く少し前、最後にと連れてこられたのは年季の入った酒場でございました。扉の向こうからは大きな笑い声、話し声、それから鼻につくアルコールのにおい。以前図書館の先輩に連れてこられたときにも来たことのない場所です。女性二人で酒場に入ることはまずないとききました。表通りから一本入った騒がしい酒屋通りで、道を見る限り、旅の格好をした方も多く見えるようでした。



「怖いか。」

「……申し訳ございません。」



少し困ったような顔を作ってそうお聞きになられましたが、おそらくここは陛下にとって気に入っている場所なのです。好きなものは最後まで取っておくタイプの陛下が最後に回したこのお店は、陛下にとってお気に入りである物語があるからなのでしょう。



「けれど、陛下とご一緒ならば大丈夫でしょう。」

「……ああ、大丈夫だ。何も心配することはない。少々気安い奴らだが悪い奴はおらん。基本的にはな。」



先程よりも強く握られた手を握り返す間もなく、厚い木の扉がぎしりと音をたてて開けられました。途端にたくさんの人、お酒の匂い、人の声、楽器の音、がわたくしの中に飛び込んでまいりました。今まで行った場所と同じく、一体感の強い場です。



「邪魔するぞ!」

「おおファル!久しぶりじゃあねえか!」



手を引かれるままにお店の中に踏み込むとすぐに店主と思しき方に声を掛けられました。ファル、というのは陛下が城下でお使いになっている名なのでしょう。気安い、というのはまさにといった具合で。扉が閉まるといよいよ逃げ場がないほどの音に囲まれてしまい、つい前の背中にしがみ付きました。



「今日は女連れたぁ、良い御身分じゃねえか!」

「寄るな、僻むな、酔っ払い。そうだ女連れだ。女のために席を空けないかむさ苦しい野郎ども。」



覗きこむように近づいてきた男性を陛下がすげなく引っ叩き、座っていた他のお客さんを追い払って席を空けてくださいました。ありがたいやら、申し訳ないやら、さらに縮こまってますと、さっと陛下に耳打ちされます。


「気にすることはない。不作法者が多いがレディファーストができん奴はおらん。とっとと座ってやれ。」


そう言われてしまえば、礼には礼をもって返すしかございません。遠慮する方がよっぽど失礼です。一つ頭を下げて丸椅子に腰かけました。すぐ隣の椅子に陛下が腰を下ろしましたが、ここに女性が来るのは本当に珍しいようで、視線がやたらと集まり居心地が悪く一寸、陛下の方へ身を寄せました。



「へえ、お嬢ちゃんは随分品が良いと言うか……。」

「そうか、あれか。お嬢ちゃんはどこぞの国のお姫様で、旅人のファルに出会い恋に落ち愛の逃避行!あたりの国から追っ手すら来ないこのダーゲンヘルムに逃げてきて、ひとまずここに身を隠している!違うか?」

「どうしてそれであってると思ったのかがわからない。相変わらず妄想力が豊かだな。」



わたくしはそれに対し苦笑いだけお返しし何も申し上げませんでした。しかし内心どきりといたしました。当たらずとも遠からず、あながち的外れでもない想像です。ある意味わたくしは国から逃げてきて、彼に拾われているのですから。

決して全否定できないような話を語った彼のおかげで皆さまの興味はわたくしたち自身というよりも、想像で補完した物語の方に移ったようであちらこちらから様々な憶測が飛び交います。その間に陛下がワインを注文、そのうちの一つを受け取りました。グラスで出てきたことに驚きましたが、旅人が多くいるこの通りだからでしょうか。



「旦那、今日はどこの誰が来てる?」

「ああ、弾き語り屋が来てる。ここ一週間くれぇ前にダーゲンヘルムに来たらしくてな、いろんな店を回って歩いてるらしい。」

「『弾き語り屋』?」

「お、嬢ちゃんは知らねえか。……まあ一寸もしねえうちに始まる。俺が説明するより見た方が早いさ。色んな国を歩いちゃあ物語を集めてる奴だ。嬢ちゃんも楽しめるだろうさ。」



陛下は心得たように笑われますが、わたくしには『弾き語り屋』なるものがよくわかりませんでした。聞く限り、楽器を弾きながら語るのでしょうが、吟遊詩人とはまた違うようです。ただ見ればわかると言われてしまえばそうするしかございません。百聞は一見に如かず、ということを今日はこれでもかと味わっているのですから。


突如として大きな楽器の音が店内に響きました。重なり合い不思議な音をたてる弦の音。店の奥に、一人の男性が座っておりました。



「あいやあいや、お立会い!この世に溢るる有象無象、ありとあらゆる奇々怪々、口と弦にて語りましょう!あちらこちらに落ちるお伽噺、そこら中を漂うお伽噺、拾い集めて語りましょう!掻き集めては語りましょう!この弾き語り屋、恐れながら誘わせていただきます!」



『弾き語り屋』を名乗る男性は手慣れた口上、不思議な竪琴を携えて朗々と語り始めました。


わたくしはみるみると『弾き語り屋』の声に、世界に引き込まれていきました。吟遊詩人とは違います。どちらかと言えば、わたくしが普段しているような、読み聞かせに近いようなものでございました。目には見えない本をつらつらと読みながら、時折竪琴を掻かれるそれは表現しがたく、吟遊詩でも、読み聞かせでも、歌でもございません。それは確かに『弾き語り屋』以外の何者でもないのでしょう。陛下が街の文学巡りの最後をここにした理由が分かった気がいたしました。


弾き語り屋はいくつもの短編を休むことなく語りました。とある村にある祠の話、空から降る光の粒の話、森に棲む龍の話。そのどれもは統一性はなく、まさしく「拾い掻き集めた」物語にございました。だからでしょうか、酒場の中の雰囲気もまちまちです。聞きたい人だけが聞き、その物語に興味のない人はぼそりぼそりと会話をしながら酒を呑み、次の話を待っています。


岩の中で飼われる魚の話が終わったとき、一際大きく弦がはじかれました。誰もがつられて弾き語り屋を見ます。



「さてさて次で終幕です。これは世に類なき美しさを持つとある姫君の物語!黒檀のような艶やかな髪、美しい血のように赤い唇、桃のように染まる頬、そして雪のような白い肌をもった姫!この世でもっとも美しいと称された姫君!」



強い、既視感を覚えました。


ラクスボルンの図書館の風景が脳裏を過ります。


彼女は、語ってみせました。わたくしが聞いたこともない不思議で、心躍るような物語を。

窓から指す暖かな光の下、わたくしと彼女は並んで座っておりました。


「今日はどんなお話をしてくださるのですか?」

「ふふ、じゃあ今日はとっても美人なお姫様の話。黒髪に赤い唇と頬、それから雪みたいに白い肌のお姫様。」


楽しそうに、彼女は微笑みました。



「『白雪姫』の物語にございます!」


「『白雪姫』のお話ね。」



彼女だけが知っている世にも不思議な物語。

悪が倒され、ヒロインが王子と結ばれる物語。


カンナ様は悪役令嬢わたくしが去って一年、楽しくやっているようでございました。

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[一言] やっぱり異世界転生者か
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